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ひらめきの瞬間
「これは絶対イケる!」

 ソラコムのアイデアを思い付いたのは、ともにAWSの事業に携わり、のちにソラコムの共同創業者となる安川健太氏(現ソラコムCTO〈最高技術責任者〉)との何気ない会話からだったと聞きました。
 2014年春、安川と一緒にシアトルにあるアマゾン本社に出張した時のことでした。一仕事を終え、ホテルでビールを飲んでいて、「クラウド上で、たとえば交通機関や金融機関などの基幹システムみたいなミッションクリティカルな(停止や誤作動がない信頼性の高い)仕組みがつくれないだろうか」という話になりました。
 当時はまだ、クラウド上ではリスクが高すぎるというのが常識でした。しかし私たちは、すでに前時代的な考え方ではないかと思っていました。「ミッションクリティカルな仕組みだったら、絶対クラウドのほうが向いている。モバイル通信の基幹システムだってつくれるはずだ」と、2人で大いに盛り上がりました。
 その夜は興奮したせいか、部屋に戻ってからもなかなか眠れませんでした。そこで、「クラウド上での通信システムの構築に成功した」という仮想のプレスリリースを酔狂で書いてみました。翌朝、冷めた頭で読み返してみると、「あ、これは絶対イケる」と。これが始まりでした。

 まさしく「エウレーカ」(ひらめきの瞬間)ですね。
 クラウド上に通信プラットフォームをつくって、AWSと同じように提供すれば、みんな助かるんじゃないか。なぜなら、IoTには通信が絶対必要なのです。しかし当時は、十分な機能を備えたSIMカードを1枚単位で提供する会社など、どこにもありませんでした。つまり、IoT業界は、AWSが登場する前のネットビジネス業界と同じだったのです。
 そこで、IoTシステムの構築という面倒な部分は私たちが引き受けよう、IoT専用のSIMカードをつくって1枚単位で買って便利に使えるようにしよう、と。そうすれば、誰でもIoTの世界に入ることができる。そう考えました。
 つまるところ、AWSのモデルを別の領域でやっているだけなんですけれど、やはり民主的だからこそ広がりがあるし、新しいビジネスやイノベーションも生まれてきやすいんです。

 AWSやソラコムと違って、大企業のプラットフォームビジネスには、「規模の経済」とか「一人勝ち」といった動機が強く働いています。
 それはそれで、一つの考え方です。ただし、どのような価値を提供したいのかという議論から出発したうえで、どのような技術、どのようなサービス、どのような戦略が必要なのかを考えるべきではないでしょうか。手前味噌になりますが、ソラコムには、通信のプラットフォームを民主化することで、できるだけ広く、できるだけ多くの人たちに提供したいというメンバーが集まっています。

あえて日本発で
グローバルに打って出る

 初めからグローバルを目指していたにもかかわらず、なぜアメリカではなく、日本で起業したのですか。
 ソフトウェアの世界で戦う以上、日本だけを見ていては長期的にはじり貧になるので、初めからグローバルを意識していたのは確かです。
 ソフトウェアは一度つくってしまえばコピーするのは無料なので、製造業と違って製造コストはタダ同然ですが、日本だけで売っている会社と世界を相手にしている会社とでは、利益がおよそ20倍は違ってきます。しかも後者は、優秀なエンジニアを集め、新しいソフトウェアを次々と開発し、競争力をますます強化することができる。しかし前者は、後者のような好循環をつくれないので、早晩尻すぼんでいく。
 にもかかわらず、なぜ日本を選んだのか。正直、アメリカで始めるか、日本で始めるか、相当悩みました。実は、アメリカにも会社をつくったんです。ですが、その時に「起業家には、何らかの『アンフェア・アドバンテージ』(自分たちに都合のよい優位性)がないと戦えないのではないか」と思ったのです。これが決め手になりました。
 私も含めた創業チームは、メンバー全員が日本人です。そして、私や安川のように、日本でクラウド事業の立ち上げを経験した人間がいる。日本市場のことはわかっているし、協力してくれる会社、お客様になってくれそうな会社もある。これこそがアンフェア・アドバンテージであり、海外のライバルにはない強力な武器だ、と。もしアメリカでビジネスを始めたら、アンフェア・アドバンテージがなくなってしまう。そう考えたのです。
 最終的に、この判断は正解でした。サービスを提供し始めてまだ2年半ですが、すでに9000以上のユーザーとのお付き合いがあります。また、欧米市場への進出も2016年から本格化させています。おかげさまで、2000のユーザーを超え、日本ほどのスピードではないですが、順調に伸びています。

 資金調達の面はどうでしょう。日本のベンチャーキャピタルは比較的シビアだといわれています。
 アメリカの投資規模は日本の数十倍で、日本とは比べものになりません。ただし日本の場合、まだ起業家の絶対数が少ないこともあり、人気のあるベンチャーや、誰が見ても将来有望なベンチャーに資金が集中しやすい、という傾向があります。私たちの場合、それが有利に働きました。
 まったく苦労がなかったわけではありませんが、「マネジメントチームには経験と実績のある人間が揃っており、ターゲットの市場規模も大きく、しっかりした技術も持っている」という評価をもらえたことで、2015年春に7億円強、2016年夏には30億円といった具合に調達することができました。

 2017年8月には、創業して2年半足らずにもかかわらず、KDDIによる買収が決まりました。日本でも、大企業のコーポレート・ベンチャー・キャピタルが増えていくことが期待されていますが、どのようなボトルネックがあると思われますか。
 昔と比べると、日本の起業環境もかなり改善されていると感じます。実際、日本の大企業もかなりベンチャー企業への出資や協業に前向きですし、ご指摘のコーポレート・ベンチャー・キャピタルも増加傾向にあります。
しかし統計的には、大企業に買収されるケースはまだまだ少ない。繰り返しになりますが、ベンチャー企業の数そのものが少ないという原因もあるでしょう。

 『会社はだれのものか』(平凡社)の著者、岩井克人氏は、学生ベンチャーを否定するわけではないが、会社勤めを経験してきた人のほうが起業の成功率は高く、彼らの数が増えていくことが、日本経済の復活には不可欠であると述べています。
 その通りだと思う面と、気をつけたほうがいいと思う面と、両方あります。大企業の中で新規事業を立ち上げたり、子会社を経営したりといった経験の持ち主が起業するのであれば、岩井先生のおっしゃる通りです。しかし、どんなに有名企業に籍を置いていたとしても、リスクを取った経験もなく、敷かれたレールの上で働いていた人が起業したとしても、まずうまくいかないでしょう。
 ちなみに、シリコンバレーの起業家の多くは40歳前後で、IT企業で新規事業を経験した人たちです。また、経営陣との折り合いが悪くて、もっと魅力的なチャンスを探してといった理由から、外に飛び出る人も少なくありません。
 つまり、飼い慣らされていないとか、好奇心が旺盛であるとか、リスクを承知しているといった人材であることが何より重要です。その点を履き違えてはいけないと思います。

 ベンチャー企業は、「成長に伴う痛み(グロース・ペイン)」といわれる、さまざまな課題に直面します。成長を志向しながら、なおかつ進取の精神を維持していくために、どのようなことを実践されていますか。
 創業と同時に、ソラコムのビジョンとミッションを作成するとともに、これを実現していくにはどのようなリーダーシップが必要なのかを膝詰めで話し合った結果、「リーダーシップ・ステートメント」にまとめました(図表2「ソラコムの企業文化」を参照)。最初は14項目、現在は1つ増えて15項目あります。また、3カ月に一度は見直して、ブラッシュアップを図っています。

 それから、外部の方がびっくりされるのが「階層がない」ことですね。現在の企業規模や成熟度だからできるのかもしれませんが、いわゆる管理職はいなくて、完全にフラットであり、それに基づいた組織にしています。そもそも経験者ばかりが集まっているので、あれこれ指示する必要がないのです。
 また、お互いのことはニックネームで呼ぶようにしています。対等かつ自由に意見を出し合い、忌憚のない議論をするためです。社長とか部長とか肩書きがあると、ついつい忖度してしまいますから(笑)。私たちの事業領域はまだ新しく、技術も市場も進化していますから、誰も正解などわかりません。
 スタートアップは、言わば〝漂流船〟だと思うんです。食料は限られており、人が増えたら、すぐに底を突いてしまう。生き延びるには、いまいるメンバーで何とか宝の島にたどり着くしかない。こうしたギリギリの状況の中で、たとえば一番の若手が海水から水をつくる方法を知っているのに、遠慮したり忖度したりして黙っていたら、全滅してしまいますよね。生き延びるには、誰もが自由に意見が言えるフラットな環境であること。忖度せずにみずからの意見を出し、ビジネスの観点から公平に判断する必要があるのです。

イノベーションを続ける限り
「創業」は続いていく

 実は、デジタルの現場も極めて労働集約的ですが、ソラコムの場合、「ブラックな会社にするつもりはない」という玉川さんの信念から、創業当初からメンバーの労働環境や健康管理にとても気を使っていると仄聞しています。
 みんなを満員電車には乗せたくないので、フルフレックスで、テレワークもOKです。
 これは余談ですが、どうしても運動不足になりがちなので、起業した後にトライアスロンを始めたのですが、「自分もやってみたい」と手を挙げる人が増えて、いまでは社内唯一のクラブ活動になっています。
 エンジニアの仕事は、たしかに労働集約的な部分もありますが、実際は違います。けっして珍しくない話ですが、たとえば、新しいシステムを開発している最中に、これまで遭遇したことのない難問が立ちふさがったとしましょう。時間をかければ解けるわけでも、100人集めれば何とかなるわけでもない。つまり、知識集約的でクリエイティブなアプローチが求められる。ペイパル創業者のピーター・ティール氏の言う「ゼロ・トゥ・ワン」(無から有を生み出す)の仕事なのです。
 日本では、ツルハシとスコップでひたすら穴を掘るみたいな定型的なシステム開発が多かったせいで、労働集約的というイメージが定着しているのかもしれません。しかし本来は、イノベーションがたえず要求される世界なのです。
 ソラコムでは、競争力のあるグローバルなプラットフォームに取り組んでいますから、15年以上の経験の持ち主で、サーバーにもアプリケーションにも精通している、いわゆる「フルスタック」と呼ばれる稀少な人材を集めてきました。ですから、労働環境には十分すぎるほど配慮し、彼らを大切にしなければいけません。

 エンジニアを「開発」担当者と「運用」担当者に分けていないそうですね。こうしたことも、みんなで知恵を出し合うための仕組みの一つなのでしょうか。
 開発と運用を分けるという考え方は、ソフトウェアをCDに焼いて売っていた時代のものです。つまり、プログラミングは開発担当者の仕事、それ以降のプロセスは運用担当者の仕事、というわけです。
 一方、私たちがやっているのは、むしろサービス開発であり、ソリューション開発です。私たちの開発したソフトウェアはクラウド上で動いており、お客様がそれに接するのもウェブ上です。そのウェブ上で動いている「SORACOM」の仕組みは、日々進化しています。今日がバージョン1だとしたら、次の日にはもうバージョン1・98くらいに進んでいて、色もきれいになったり、ボタンが1個増えていたりします。
 このように、あたかも生物のように進化していくシステムの場合、開発と運用を分けていたらうまくいきません。
また、開発と運用を分けてしまうと、つくった時にきちんと解決しておかなかった問題が、後々重荷になることがあります。これは「技術的負債」と呼ばれるもので、その結果、問い合わせも殺到するし、障害も起きてしまいます。
 私たちのように開発も運用も同じ人間がやっていると、何か問題が起こった時、そのツケは必ず自分に返ってくることになります。だからこそ、最初からきちんとつくっておこうという意識が高まる。これはサービスの質に大きく影響します。

「5G」(第5世代移動通信システム)、「ソサエティ5・0」(イノベーションで生み出す第5の新たな社会)など、新しい技術や構想が登場していますが、これについてはどのように見ていますか。
 ありがちなのが、「こういう技術ができました。さて、何に使いましょうか」というパターンです。これはよくない。5Gはたしかに素晴らしいですが、技術先行、スペック先行だと、「通信スピードは速くなりました。で、何をしましょうか」みたいな感じになってしまう。
 まず、「こういうことがやりたい」「こういうことができるかもしれない」といった目的や思いがあって、それに新しい技術が使えるのかどうかを考えるべきです。ソラコムではサービスを考える際、「お客様不在のサービスにならないようにしよう」と肝に銘じています。
 私たちは、物理的な設備を持たないMVNO(仮想移動体通信事業者)ですが、今後も「イノベーターに翼を与える」サービスの開発に専念していくつもりです。IPO(新規株式公開)ではなくKDDIの傘下に入ったのは、ここによりフォーカスするためでもあります。
 インターネットと同じく、IoTも早晩一般化し、モノとモノをつなげること以上のニーズ、たとえば他のサービスとのインテグレーションとか、コンサルテーションなどが生まれてくるはずです。当然、ソラコム1社だけでは対応できないものもたくさん出てくるでしょう。
 私たちが世界有数のIoTプラットフォーマーへと進化していくには、こうした業界や市場の変化に適応できなければなりません。その時、KDDIグループのリソースや組織力を利用できるのは大きい。
 先ほど挙げたピーター・ティール氏の著書の中に「新しいものをつくり続けている限り『創業』は続き、それが止まると『創業』は終わる」と書かれているように、ソラコムも新しいもの、イノベーションを生み出し続け、第2、第3と創業を繰り返し続けていきたいと考えています。【完】


●聞き手|岩崎卓也、宮田和美(ダイヤモンドクォータリー編集部)
●構成・まとめ|木原洋美 ●撮影|佐藤元一