日本のイノベーション能力低下が著しい。従来型のビジネスモデル起点の発想から、生活者視点に根差したライフモデル起点の事業構想への転換が、新たなビジネス創造性を喚起すると嶋本達嗣氏は説く。

イノベーション能力の低下
その背景にあるものは何か

 世界経済フォーラムが発表した2017年版のイノベーションランキング(注)では、日本は前年の5位から8位に後退した。なかでもサブ項目である「イノベーション能力」については、14位から21位へと大きく順位を下げる結果となった。背景には、何があるのか。

注)「国際競争力レポート」(2016-2017)の12項目の一つ。

嶋本達嗣 
TATSUSHI SHIMAMOTO
マーケティングプラナー、研究開発職を経て、2006年より博報堂生活総合研究所所長を務める。2015年より現職にて、イノベーションのための発想教育活動を統括。

 高度経済成長期以来、日本は欧米先進国へのキャッチアップを志向する中で、徹底的に効率や品質を追い求めてきた。1990年代前半のバブル崩壊後は、さらに無駄を省いてスピードを上げ、短期的な業績や成果を追求する姿勢を強めた。その結果、「過去にないことを独創したり、多少の無駄を承知で試行錯誤したりするような、創造性に不可欠な思考態度が後退してしまった」と、博報堂生活者アカデミー主宰の嶋本達嗣氏は指摘する。

 「目先の利益をめぐってビジネスモデル競争を続けていても、イノベーションは生まれません。これから必要とされるのは、ビジネスモデルではなく『ライフモデル』を起点とした事業目的の再創造です。ライフモデルとは人間の豊かさのために何が必要か、生活者にとって本来あるべき暮らしとは何かを業務を超えて考え抜き、一人ひとりの主観的な幸福観から仕事を創り出していく逆想の思考態度です」

 もちろん、経営層も現状を是認しているわけではない。ビジネスアイディエーションの教育機関である生活者アカデミーを率いる嶋本氏は、企業トップと接する機会も多い。その中で、「社員の同質性や組織のぬるま湯体質が気になる」「一回り大きな引き出しと教養が必要」「AIに代替できない人間力を涵養しなくては」といった、危機感のこもった言葉を何度も耳にしてきた。

 業績が過去最高であっても、「このままの路線でいい」と考えている経営者は、ほとんどいないはずだ。
 「いま多くの企業が求められているのは、生業の再定義です。その答えを出すうえでも、ビジネスモデル(=事業手段)ではなく、ライフモデル(=事業目的)を起点とする発想へシフトすることが最も有効だと、私たちは考えています」

 生業の再定義と同時に、多くの企業に求められているのが、デジタル・トランスフォーメーションへの対応だ。自前主義による変革は限界に直面しており、企業の内部知と外部知を新たに結合させるオープンイノベーションが盛んになっている。だが、異業種交流会の域を出ない取り組みから、イノベーションは生まれない。肝心なのは、なぜイノベーションを起こす必要があるのか、人間の豊かさや働きがいとは何かを、とことん自問自答し合うことである。
 「私たちのプログラムでは、生活者の立場で未来のビジネスを展望するトレーニングを徹底的に行います。異業種の人たちに混じり、ひとりの生活者として思考し、発言し合うのです」。そんなぶつかり稽古のようなトレーニングをしていると、参加者は「いかに自社の手続きでしか考えてこなかったか」ということに気づくという。「それは、創造的自己破壊の体験であり、そこをくぐり抜ける中で、創造性豊かな発想体質が養われるのです」

 定形のパターンやフォームを持った仕事は、やがてAIを中心としたテクノロジーが担ってゆくだろう。そうなった時、人間が深層学習すべきは、「すべての事業・製品・サービスの目的、つまり新しい豊かさ、幸せ、快適、感動」であり、「人間にとってあるべき暮らしとは何か」という根本的な問いを粘り強く考え抜く思考態度こそが、AI時代の人間に必要とされるナレッジである。そして、その本質は「人間が人間を慮ること」と、嶋本氏は断言する。

五感全体で反応する
発想体質をつくる

 博報堂生活者アカデミーは2018年1月、「ビジネスリーダー調査」を実施した。その中で「自分の会社・団体にとって、今後重要になるキーワード」を問うたところ、経営者と管理職ともに1位「生産性」、2位「発想」、3位「イノベーション」という回答数となった。対照的に、MBAなどの専門的なビジネススキルは低位に留まった。
これは、リーダー層が豊かな発想とイノベーションの必要性を認識していることの表れといえる。だが、創造性を獲得することは、従来型のスキルを習得するのとはわけが違う。

 「ゴルフのドライバーショットは、頭で理論を覚えただけでは飛距離は伸びない。何度もスイングを繰り返すこと以外に鍛える方法はありません。発想も同じことで、日常生活の中で何か違和感を覚えたら、その理由を考えてみる。面白いと思ったら、なぜ面白いのか考えてみる。その鍛錬の積み重ねによって、五感全体で反応するような『発想体質』がつくられていくのです」

 個人的体験や主観的な想い、自分の五感によって独創のヒントを見出し、粘り強く思考し続ける。一朝一夕にはいかないが、そんな発想を習慣化させることが、大胆でユニークな創造性を発揮する人材の育成につながる。


  1. ●制作:ダイヤモンド社クロスメディア事業局

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