事業環境が激減する中での
3つの大きなトレンド

 本田技研工業、パナソニック、味の素の各社の人材戦略についてお話を聞く前に、企業を取り巻く3つの大きなトレンドについて整理したいと思います。

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 特任教授
名和高司 Takashi Nawa

 1つ目のトレンドは、「ESG(環境、社会、企業統治)からCSV(環境問題や社会課題の解決と競争優位の同時実現)へ」です。企業がESGに取り組むことはもはや当然であり、投資家の関心は、社会価値を創出しながらどう利益を生み出すか、に移っています。

 CSVへの取り組みが企業価値を高める理由の一つは、人件費の低下です。通常の給与で社会貢献への意識が高い優秀な人財を集めることができる。しかも志と職務が一致しているため、自分事として仕事に取り組むため、生産性が非常に高いのです。

 2つ目は「デジタル・トランスフォーメーション」(DX)です。変革を起こすためにデジタル技術をどう活用するかがポイントであり、はじめに自社内を、次に顧客やサプライヤーを含むエコシステムを、そして事業モデルそのものを変えていく。こうした3段階のステップが考えられます。

 DX時代の人間の役割は5つあるとされ、なかでも「大局観による高度な判断」と「先を見通す」の2つが重要です。また、DX時代のリーダーには、IQ(理性的な力)、EQ(感性)、JQ(判断力・霊感)が求められ、特に「善」(goodness)を見分けられるJQを磨くことが肝要になります。その一つの方法が「U理論」です。五感を使って物事の本質に深く降り立ち、真理を見つけ、現実に戻って行動を起こす、というプロセスです。グーグルやアマゾンなどいわゆるGAFAでは、このU理論に基づく「マインドフルネス」活動を組織全体で実践しています。

 不確実なDX時代においては、中期計画は有効性に欠け、短期と長期の遠近両用のアプローチが重要になってきます。また、線形的に意思決定していくPDCA(計画・実行・評価・改善)も時代遅れであり、各人がその場で考え、その場で行動するOODA(観察・適応・意思決定・行動)が主流になりつつあります。

 3つ目のトレンドは「組織論の進化」です。最近注目されている「ティール」という組織モデルでは、組織の進化を「オオカミの群れ・軍隊・機械・家族・生命体」と分類しています。従来の一般的企業は機械的な組織、CSR(社会的責任)に力を入れている企業は家族的な組織、CSVを実現している企業はティール組織に該当します。すなわち、細部が発展し、全体が進化していく生命体のような組織なのです。

 こうした3つのトレンドが示すように、事業環境は激変しています。そこで、企業がどんな人財を求め、育成しようとしているのか、各企業の方々に伺います。

修羅場を体験できる育成機会を
よりいっそう増やす

 大転換期にある自動業業界にあって、Hondaは「移動」と「暮らし」の領域においてHondaらしい価値の提供を目指しています。

本田技研工業 執行役員  人事・コーポレートガバナンス本部長  コンプライアンスオフィサー
尾高和浩  Kazuhiro Odaka

 人づくりにおいては、既存事業の盤石化に向けた人材の最適配置や事業の価値転換に向けた専門性の転換により、現有人材を最大限に活用することを主眼に置いています。また新価値の創出に向け、他社と伍して戦える人材の育成とともに外部からも積極的に中核人材を獲得していく考えです。

 次世代経営人材の育成においては、複雑化する環境に対応できる感性と洞察力、決断力、突破力が重要と考えています。国内外約20万人の社員に機会を公平に付与し、若手の段階では現場経験と専門性の育成によって土台づくりを行います。中堅に対しては、他流試合(他社との議論の場)や階層別研修に加え、実力以上の職務を要求される修羅場や海外・異領域での経験を重ねることで自己成長を促します。そして各領域の中堅社員の中から優秀な社員を選抜し、グローバルリーダー育成プログラムや次世代経営者育成プログラムに参加させて育成しています。

 HR部門では人事的な固定観念にとらわれない取り組みに努め、今後はグローバルや修羅場を体験できる育成機会をよりいっそう増やしていきたいと考えています。

既存のビジネスモデルを変えられる
経営者候補人財づくり

 当社は現在、「家電」「住宅」「車載」「B2Bソリューション」という4領域での事業を展開していますが、100周年を迎えた2018年、私たちの事業を「くらしのアップデート業」と定義しました。これは時代変化に対し、「その時」に応じた更新を行い、一人ひとりの暮らしや価値観に応じて、我々の提供する“コト”を変化させていくということです。

パナソニック  代表取締役 専務執行役員 CSO,CHRO
佐藤基嗣  Mototsugu Sato

 その中で、デジタル革命などに起因する事業環境の変化を受け、既存事業と新規事業の相互補完による発展に注力しているところですが、現状では新たな事業機会を見つけ、既存のビジネスモデルや組織能力を変えられる経営者候補人財が不足しています。

 そこで、これらに対応できる経営人財づくりを重点課題に設定しました。社内外で複数の事業や新事業を多面的に経験すること、さらに社内人財と社外人財の混成の中から経営人財候補者を発掘・獲得していくことが重要だと考えています。一言でいえば、日本人中心の新卒一括採用を前提とした一律・階段型育成からの脱却です。

 今後は、グローバル成長のカギを握る中国・アメリカにおいて、現地トップ大学や他地域からの若手の採用、本社と地域の連携による経営人財候補の探索も進めていきます。

 会社経営は経営者だけでは成り立ちません。社員一人ひとりが経営を支えるという視点で「適材適所」に努めていきたいと考えています。

多様な人財の活躍を促す
2つの施策

味の素  理事 グローバル人事部長
髙倉千春  Chiharu Takakura

 少子化による国内市場の縮小を受け、弊社は海外でのビジネスの拡大に注力してきました。その結果、海外市場の売り上げは全体の5割超に達し、全社員3万4000人のうち、外国人が7割を占めるまでになっています。

 そうした多様な人財の活躍をいっそう促すため、2つの施策を実施しています。一つは、ASV(Ajinomoto Group Shared Value)の浸透・徹底です。弊社の製品によってどんな社会価値と経済価値を創造していくのか。そのストーリーを、全世界の従業員一人ひとりが考えていく。

 もう一つは、グローバル人財マネジメントプラットフォームの導入です。将来の戦略を担う職務要件を起点にした「ポジションマネジメント」と優秀な人財をグローバルに発掘・登用する「タレントマネジメント」の両輪により、グローバルな適財適所を推進しています。

 事業環境の変化に対応すべく、経営人財に求めるリーダーシップ要件の再定義も行いました。とりわけ重視しているのは「戦略的思考」「判断の質」「曖昧性・複雑性への対応」です。グローバルリーダー研修においても、将来を見通す洞察力を備え、自分らしいリーダーシップを発揮できる経営人財の育成に力を入れています。


  1. ●構成・まとめ|金田俢宏  ●撮影|阪巻正志

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