アジャイル開発とは別物

 機動性や俊敏性を高める効果があることから、こちらも最近注目度の高い「アジャイル開発」は、OODAと共通するところが多い、あるいはOODAとほぼ同義であるともいわれます。

野中:そうした主張についても、私は眉に唾しています。アジャイルとは「俊敏な」「敏捷な」という意味です。自動車メーカーを含め、多くの製造業では、短期間でプロトタイプを開発するや否や、ユーザーからフィードバックを集めて、すぐさまそれを反映・改良していくというアジャイル開発を採用し始めていますが、もともとは日本企業のソフトウェア開発の手法のことです。

 この手法について、竹内弘高氏と私は1986年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌で発表したのですが注)、その冒頭、アメフト用語を交え“Moving the scrum down field”(スクラムを組んで相手の陣地へ攻め込む)という見出しを立てました。
注)Ikujiro Nonaka and Hirotaka Takeuchi, “The New New Product Development Game,” Harvard Business Review, January-February 1986.

 そして、この我々の論文にヒントを得て、「アジャイル・スクラム」という製品開発手法へと発展させたのが、アメリカ人のジェフ・サザーランドです。ちなみに、彼はベトナム戦争の時、パイロットとして従軍した経験の持ち主です。

 OODAとの違いを理解していただくために、アジャイル開発について簡単に説明すると、まず、分析、設計、実装、テストの各工程のエンジニアがチームを組みます。この部門横断チームが開発を推進していきます。そして、実現すべき機能について優先順位をつけたリストを作成する一方、短期間でベータ版を用意する。これを顧客やユーザーに試してもらい、そのフィードバックに基づいて修正を施す。各機能についてこのプロセスを同時並行で実施し、完成させていく。このように複数のプロセスを同時進行させるアジャイル開発は、従来のウォーターフォール型に比べて、2倍の業務量を2分の1の時間で処理できるといわれています。

 アジャイル開発にもOODAにも俊敏性や臨機応変さが求められるとはいえ、同じ文脈で語ったり同等に扱ったりするのは、まったく牽強付会というものです。ソフトウェア開発というのは創造的行為です。しかし、先ほども申し上げたように、OODAには創造を生み出す仕組みが入っていません。

 ちなみに、サザーランドも戦闘機パイロットだったこともあり、アジャイル・スクラムを考案するに当たり、OODAを参照したそうです。しかし、その理論体系に疑問を感じ、のちほどお話ししますが、我々のSECIモデルを参考にしています。

OODAには、改革やイノベーションといった「創造の産物」が生まれてくる理屈がきちんと説明されていない、ということでしょうか。

野中:そうです。OODAの中で理論的に脆弱であり、さまざまな誤解や拡大解釈を招いている原因こそ、「ビッグO」と呼ばれる2番目のO、すなわち“Orientation”(状況の判断)です。

 それを構成する5つの要素、「文化的伝統」「受け継がれた特質」「新しい情報」「過去の経験」「分析・統合」が示されていますが、その具体的な中身も、それぞれの関係性も定義されておらず、まったく曖昧模糊としています(図表「OODAループ」を参照)。

 我々のボキャブラリーで言えば、ここは「暗黙知」です。ボイド自身、暗黙知という概念を唱えた科学哲学者マイケル・ポランニーの著作を読んでいたそうですが、正しい理解には至らなかったのかもしれません。

 OODAはやはり未完成なモデルと言わざるをえません。実際、ボイドはOODAの概要をパワーポイントにまとめただけで、ちゃんとした理論書を著すことなく、1997年に亡くなりました。いま上梓されている解説書は、ボイドの周辺にいた関係者たちが残された資料や生前の講演などを頼りに、独自の視点や問題意識から書き上げたものであって、ボイド本人の考えとは隔たりがある可能性が大きいと思います。