創業家への異論をも恐れない
強い信念と勇気

 作田さんがオムロンで実践された「経営者としての仕事」で、3つ印象に残っています。まず1つ目は、ITバブル崩壊後に実施した「大規模な人員削減」です。
 1990年代から業績不調が続いていたオムロンは、2001年度にITバブル崩壊で大幅な赤字に転落、株価も急落しました。この時、社長の立石義雄氏と執行役員専務の作田さんは、リストラをめぐって大げんかをしたと聞きます。「早期退職者募集が急務だ」とする作田さんに対し、「俺のポリシーは雇用を守ることだ」と主張する義雄社長。
 そこで作田さんは、「仕事がないのに給料を払うのは飼い殺しで、一番やってはいけないことだ」と、信念に基づいて義雄社長を説得されたそうですね。創業家社長のポリシーに異を唱えるのは、強い信念と勇気がなければできないことです。この時の作田さんの思いを教えてください。

 私はどちらかというと鈍感なのです。義雄社長は創業家の三男坊で、その人の意に反することを言えばどうなるか。冷静に考えればわかることです。ですが、私はそういうことに無頓着な人間でした。相手が誰であっても、自分が思ったことを言うのを我慢できないタイプ。まったく忖度しないわけではありませんが、その度合いが低いのでしょうね。
 でも当時の状況を考えれば、私は忖度なんかしていられなかった。というのも、1991年のバブル崩壊以降、多くの日本企業が一気に業績が悪化し、オムロンも例外ではなかったからです。少しでも売上げを上げようと、さまざまな模索をしました。新日鐵(現日本製鉄)がうなぎの養殖に乗り出したり、我々オムロンもトマト栽培を始めたりしました。しかし、どれもうまくいかなかった。そこへさらに追い打ちをかけたのが、2001年のITバブル崩壊。それにより、再び危機に陥ったわけです。
 だから、リストラは急務でした。実際、2002年には約1800人の早期退職を実施しました。ただ、オムロンは財務的には小金持ちの会社でしたから、そのまま社員を雇用し続けることもできました。でも、私はそれは絶対にすべきではないと考えたのです。
 なぜなら、私には「仕事とお金はリンクしなければいけない」という信念があります。人は仕事を通じて成長するもの。社員一人ひとりは会社という舞台の役者であり、それぞれが演じるべき役割(仕事)があります。その役割を演じ切る中で成長するものなのです。ですから、役割がない人に給料を与えることは、飼い殺しになります。その後の長い人生を考えれば、ほかの舞台に移ってもらったほうが絶対にいい。そう信じていました。
 だから、「無理をして社員を残すことは、会社にとっても社員個人にとっても、けっしてプラスにはならない」と義雄社長に言い続けたのです。私の思いが通じ、義雄社長も早期退職者募集の方針を固めてくれました。そして、退職者には通常の退職金に3年程度の年収分を加算しました。そうすることで、自己実現のための新たな舞台を見つけるチャレンジを、会社として支援したかったからです。
 2002年4月に義雄社長は記者発表の席で、早期退職をはじめとする再生計画とともに、「来年6月に退任する」とみずからの進退を表明しました。そして、大方の予想に反して私にお鉢が回ってきました。次期社長を引き受けることになったのです。
 この一連の出来事は、昨日のことのように覚えています。あれから20年近くが経ちましたが、経営者としていまでも肝に銘じているのは、「企業は人を成長させなければならない」ということ。その成長の糧となる仕事を社員に与えられない状態は、経営者として最も恥ずべきことだと自分を戒めています。

 2003年にオムロン初となる創業家以外からのサラリーマン出身社長に就任し、会社復活という重大なミッションを背負いました。何をすべきかは見えていましたか。
 経営者がやるべきことは「企業価値を高める」ことです。そして、そのために採るべき戦略は次の2つあります。

 ①事業ドメイン拡大
 ②運営改革

 さまざまな人に舞台と役割を与え続けるためにも、会社は大きくなる必要があります。かつての私のように「海外で働きたい」と考えている社員がいれば、当然ながら海外に仕事がなければならない。外国人を含めていろんな人材が集まってきますから、できるだけ彼らのやりたいことを実現できる、多様な舞台を用意する力が経営者に問われます。それゆえ、事業ドメインを広げながら会社を大きくする必要があるのです。
 ちなみに私は、どちらかというと②の運営改革のほうにエネルギーを費やしたいタイプです。もちろん①の事業ドメイン拡大に無関心ではありませんが、そこには顧客も競争相手もおり、そう簡単に新たなマーケットを開拓できるわけではありません。
 一方、運営改革は基本的に社内で済みますからスピードが速いし、やればやっただけの成果も出ます。企業価値を高めるという意味では、運営改革による効果のほうが大きいのではないか。私はそう考えています。
 ただし、社内改革は経営者だけではできません。だからこそ重要なのは、与えられた舞台と役割の中で、社員一人ひとりをいかにその気にさせるかということ。「あなたにしてほしいこと」と「自分がやりたいこと」を会社という舞台で整合する必要がありますが、我々経営者が舞台と役割を明確に示すことができれば、たいていの社員は納得し、その気になってくれます。
 もちろん一部には、与えられた舞台と役割が自分のやりたいことと整合せず、文句を言う社員もいます。その場合は、残念ながら舞台を変えてもらうしかありません。クビを切るという話ではなくて、「自分のやりたいことにマッチする舞台に立たないと、あなた自身がつらいでしょう」ということ。
 それだけ社内改革に際しては、社員一人ひとりの「ロール・アンド・レスポンシビリティ」が求められます。それができなければ、「企業価値を高める」ことはもちろん、その最たるものである「人材価値を高める」ことはできないのです。