このままでは、日本はデジタル後進国になりかねない——。そのような危機感から、まるで示し合わせたかのように、産官学揃って「デジタル・トランスフォーメーション」(DX)の必要性を訴え続けている。おかげでムーブメントにはなったが、真の目的である「変革」は、多くの組織で道半ばである。
 上場企業の執行役員2万人を読者に抱える『ダイヤモンドクォータリー』誌では、来たる9月20日に「日本企業のデジタル・トランスフォーメーションを考える」と題したカンファレンスを開催する。それに先立ち、同カンファレンスの前半に登壇される2人の変革プロフェッショナルに、DXを加速し、組織全体へと拡大し、トップの期待を上回る成果を実現するための心得、ノウハウやドゥハウについて聞く。

日本企業はかつての轍を踏んでしまうのか

 編集部(以下略):どの企業もDXに真剣に取り組んでいますが、なかなか思うように進んでいないようです。DXを軌道に乗せるには、何がポイントになりますか。

Nawa Takashi
一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻客員教授。東京大学法学部卒業。ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得、ならびに上位5%の成績優秀者に与えられるベーカーズスカラーを獲得。三菱商事を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社に入所。自動車・製造業分野におけるアジア地域ヘッド、ハイテク・通信分野における日本支社ヘッド等を歴任。同社ディレクター(シニアパートナー)を経て、2010年6月より現職。上場企業の社外取締役や外部委員を兼ねる。主な著書に、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社、2010年)、『日本企業をグローバル勝者にする経営戦略の授業』(PHP研究所、2012年)、『100社の成功法則 「X」経営の時代』(PHP研究所、2013年)、『CSV経営戦略』(東洋経済新報社、2015年)『成長企業の法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2016年)、『コンサルを超える問題解決と価値創造の全技法」(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2018年)、『企業変革の教科書」(東洋経済新報社、2018年)などがある。

名和:DXは、“D”すなわちデジタル化やデジタル技術の利活用よりも、“X”すなわち企業変革、ビジネスモデルの再構築、イノベーションこそ重要です。要するに、変革こそ目的であり、Dはそのための手段です。

 これまでも変革ブームが何度もありました。あらためて振り返ってみると、大半の企業が小規模でモザイク模様の結果に終わり、抜本的な改革に発展した事例は少ないと言わざるをえません。そして現在、各社で取り組まれているDXも同じ轍を踏んでしまうのではないかと危惧しています。DX黎明期――DX1.0とでも呼びましょうか――は、やれビッグデータだ、やれアナリティクスだ、ディープラーニングだと、目新しさゆえに、こうした“D”ばかりに注目が集まり、「実装」を伴う“X”には至りませんでした。

宮丸:まったく同感です。既存事業の優位性や独自性がどんどん短命化している中、新たな価値創造の仕組みをつくり出そうと、皆さん、DXに取り組んでいますが、大切な議論がなおざりにされています。すなわち、これからどこに向かうのか、どのような存在になりたいのか、言い換えると、自社の未来像は曖昧なままなのです。これでは、DXプロジェクトは早晩失速してしまうでしょう。

 DXは、単にアナログをデジタルに置き換えることではありません。“Digitalize or Die”はけっして大げさな表現ではなく、既存事業すら破壊の対象とする「第2の創業」に等しい企業変革プログラムと位置付けるべきだと思います。

名和:多くの場合、既存部門とは独立した“出島”を設けて、ここで実験したり、小さく始めたりしています。このアプローチは正攻法であり、けっして間違ってはいません。ただし、そこでの成果をコア事業やコア機能に実装できず、出島の中で尻すぼみになり、変革へと発展しないケースがあちこちで散見されます。

Miyamaru Masato 
アビームコンサルティング執行役員ならびに戦略ビジネスユニット長兼経営企画グループ長。上場金融会社の企画部門、戦略部門ヘッドを歴任した後、投資銀行の取締役(CFO)を経て、2012年にアビームコンサルティングに入社。上場企業の買収、中期戦略の策定、大型プロジェクトファイナンスの組成、企業投資など、事業会社と投資銀行双方で、さまざまなプロジェクトを推進。専門は、企業戦略と競争戦略、企業買収と企業再編、新規事業開発とイノベーションなど。

宮丸:ご承知の通り、ずいぶん前から競争地図やゲームルールの書き換えが始まっています。そして、VUCA——変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑さ(Complexity)、曖昧さ(Ambiguity)——と表現されるように、次はどうなるのか読めない時代、つまり転換期にあります。こうした転換期に求められる変革とは、先ほど申し上げた第2の創業に等しい未来思考のものになるはずです。

 時同じくして、欧米企業を中心に、自社の「パーパス」(purpose)とは何かを問う議論が活発化しています。これは、自社の存在意義や社会的使命を再発見・再定義し、未来像を描き出す作業にほかなりません。ここでも日本企業は出遅れていますが、DXを軌道に乗せるには、こうした未来思考の議論が不可避です。

 昔から、2年2期あるいは3期といった日本企業経営トップの任期という問題が変革を頓挫させるといわれてきましたが、具体的な未来像が描かれ、それを経営チームが共有していれば、創業経営者やオーナー経営者でなくとも、未来へのバトンは次のトップにも引き継がれていくはずです。

 かつての企業変革プログラムでは、いまおっしゃられたような、自社の源流を探り、存在意義を再検討し、自社の理想像を考えるといった、少々書生論的な作業が行われていましたが、最近ではあまり聞きません。

名和:いまのDXで言えば、デジタル技術については言うまでもなく、デジタルマーケティングとか、サブスクリプションとか、リカーリング(循環)モデルとか、フレームワークについても、皆さん、しっかり勉強されています。

 現実にDXを推進・拡大していくには、特に経営トップの皆さんにはデジタルへの理解と感度を高めてもらう必要がありますから、我々も事あるごとに“D”への関心を喚起しています。ただし、それは必要条件でしかありません。繰り返しますが、やはり忘れてならないのは“X”なのです。宮丸さんがいみじくも指摘されたように、“X”のパーパスについて深く考え、議論することが欠かせません。

 シリコンバレーでは、「MTP」(Massive Transformative Purpose)の持ち主でなければ経営トップの資格はないといわれています。こうした野心的なパーパスとは、「世の中を変えてみせる」といった、一種誇大妄想に近いものです。しかし、自社の未来像を考えるならば、それくらいビッグピクチャーを描く必要があるのです。

 その際、ぜひ合わせて考えてほしいのが、「スケール」と「スピード」についてです。いろいろなDXプログラムを拝見していますが、日本企業の場合、スケールとスピードが圧倒的に不足しています。この点を虚心坦懐に自覚しないと、「やってるつもり」という罠にはまります。たとえば、デジタル技術を積極的に導入していても、20世紀のやり方では、スケールとスピードが決定的に劣ります。

 どちらかと言えば、スケールが極めて重要です。一例を挙げれば、リクルートには、0を1にするだけではなく、1を10に、10を100にスケールアップする仕組みが埋め込まれています。「アイデアがユニークである」(独自性がある)、「リピータブルである」(再現できる)、「シェアラブルである」(共有できる)の3つが揃わないと事業化できないのですが、後者2つがスケールを担保しています。