思考の効率化、
言葉の合理化の弊害

 思考の効率化に関連して「言葉の合理化」についても言及され、その典型である数字の使い方に関して、「過度に数字に頼るのはよくない」と釘を刺されています。

「これからはもっと頑張ります」と宣言するより、「売上げを前年比1・5倍に伸ばします」と申告したほうが合理的で説得力が増し、聞く側にしても納得しやすいはずです。さらに「どのように」まで示されれば言うことなしでしょう。とはいえ、当人の意欲や本気度は前者のほうが伝わるかもしれません。

 ビジネスの世界はお金が絡み、お金は数字で表現されるので、「数字イコールわかりやすい、具体的である」というのが常識です。しかし、その常識を疑ってみたい。すると、数字は必ずしも万能ではなく、頼りすぎると落とし穴にはまることが少なからずあるのです。たとえば、おもてなしや愛情や感謝を数値化して、相手に見せたらどうでしょう。たいてい、数字という「余白のない説明」はムードぶち壊しです。

 ビジネスの場合、客観的な「尺度」──いわゆる評価基準と同義です──がつきまといます。ただし、尺度と一口に言っても、大小や多少、長短、比率(比例尺度)、温度や湿度、西暦や日付、知能指数(間隔尺度)など数値化できる尺度の一方、ランキングやアンケート(順序尺度)、氏名、性別や血液型、星座(名義尺度)などの尺度は数値化できません。

 数字で説明すると、客観性があり、それっぽく聞こえるのですが、実は簡単でお手軽な尺度を使って物事を測定しているだけであるとわきまえておくべきです。困ったことに、「科学的証拠イコール100%確かなもの」を装う人たちがいます。そして、こうした科学的証拠なるものを「思考なし」に信じてしまう人もいます。たとえばアンケート結果や広告比較など、無理やり数値化している「なんちゃって定量化」の類は、いざ「その数字は本当の姿を表しているのか」と突っ込むと、とたんに勢いが弱まるものです。

 しかし現実は、客観的(に見える)な数字を手っ取り早く示すために、たとえばグループインタビューを実施して「モニター100人のうち70人が当社の商品に満足しています」といった証拠集めに走ってしまう。

 そのうち、数字という確からしいフィクションに惑わされ、たとえば最終的には結果が伴わない「会議を通すため」だけのアイデアや企画が生み出されていく──。このことは、とりわけ数字を追いかけていくと陥りやすいので、くれぐれも注意が必要です。

 しかも、「主観的だがユニークな答え」を探して、そこから深く考えるという面倒臭い作業はすっかり脇に置かれてしまいます。しかし、こうした非効率で非合理な作業からこそ、価値ある何かを生み出すヒントやひらめきが得られやすいのです。

 かつてフォードモーターが、徹底的な市場調査と当時のマーケティング科学の粋を尽くして「エドセル」という自動車を開発しましたが、外的要因もあったとはいえ、歴史に残る大失敗に終わりました。

 数字もそうですが、専門用語や業界用語なども言葉の合理化の一例です。特に学術界ではその傾向が顕著です。想像にかたくないと思いますが、ある分野の研究発表会では使われる言葉が同じになりがちです。自分の主張を仲間に伝えるには、その中で流通している符丁を使うのが合理的で効率的だからです。

 しかし、こうした言葉の合理化を続けていると、ボキャブラリーが偏り、その数も種類も減っていきます。言葉は思考そのものですから、言葉が貧しくなれば思考も貧しくなる。

 効率や合理性よりも深い思考へと誘うコミュニケーション手段として、「わざ言語」について再評価されています。

 まず、わざ言語とは何か、理解を共有しておきましょう。一般に、名人や師範といわれる人たちに宿っている身体的な知識や感覚は万人に伝わるような表現が難しいため、比喩を用いて伝えられます。

 たとえば、弓道の世界では、弓に矢をつがう方法を教える場合、通常であれば「両腕を上げて、肩甲骨を前に出して」とでも言うところ、「大木を抱えるように」と表現します。また、舞踊でよくいわれる「舞い散る雪を拾うように扇を動かしなさい」とかもそうです。

 わざ言語では、完璧な再現性が求められるわけではないという点が重要です。そして、教える人と教わる人が互いに了解して、より具体的には、双方の間で共通する身体的な経験があって初めて成立する情報伝達手段であることを承知しておく必要があります。

 ですから、不便なコミュニケーション手段とはいえ、教わる側にすれば、独自に解釈する余地があり、創造性が広がる可能性が与えられます。それは、まさしく深く考える訓練でもあります。

*つづき(後編)はこちらです


  1. ●聞き手|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部) ●構成・まとめ|荻野進介、岩崎卓也
  2. ●撮影|大島拓也 ●イラスト|ネモト円筆