たしかに3700も上場企業があれば、中にはおかしなことをするところもあるでしょう。しかし、あったとしてもほんの一部です。悪いことをした企業は罰せられるべきですし、猛省が求められます。ですが、そうしたごく一部の企業のために、他の多くの企業まで不合理なルールを強いられるのは、いかがなものでしょう。しかも、もともとチャレンジ精神に欠ける経営者にすれば、こうした制約は「何もしないことに安住できる盾」になっています。

 私の目には、最近のガバナンス議論はこうしたブレーキの整備に偏重しすぎているように映ります。現在、急速に整備されつつある監査体制中心のガバナンスでは、肝心の経営そのものの目的から離れていくおそれがあります。

 コーポレートガバナンスは企業の成長を後押しするためのものです。国から押し付けられ、おかしなことさえしなければよいといった風潮になることが心配です。本当にいまのような方向性でよいのか、経営者が率先して議論すべきではないでしょうか。

ガバナンスを
成長のアクセルとして活かす

 アメリカ会社法の影響を強く受けてきた日本のコーポレートガバナンスですが、一連の改革では、ヨーロッパの影響も見受けられます。たとえば、先ほど話に出た社外取締役を置かない場合の「遵守するか、さもなければ説明せよ」(comply or explain)は、ヨーロッパで採用されている「ソフトロー」(法的拘束力のない社会ルール)に基づくものです。コーポレートガバナンスにグローバルスタンダードはあるのか、であれば日本もそれに従うべきでしょうか。

 どれが正しいのかという議論はあまり意味がありません。アメリカもヨーロッパも、そして日本も、社会環境や経済状況の変化に応じてコーポレートガバナンスのあり方がどんどん変わっていますし、またそうあるべきです。その中には望ましい変化もあれば、注意を要する変化もある。時には極端に触れすぎて、揺り戻しが生じることもあります。

 アメリカでは2000年代以降、エンロンやワールドコムによる巨額の不正会計事件が発生し、ブレーキ機能を強化するガバナンス改革が断行されました。独立社外取締役による監査機能の強化、サーベンス=オクスリー(SOX)法による内部統制報告書の作成と提出などです。日本はそれに倣ってきたことで、ブレーキばかりがよく効くようになってしまいました。

 関西経済連合会は2019年3月、企業経営者や投資家の短期主義を助長するとして、四半期開示の義務付けの廃止、コーポレートガバナンス・コードの一律適用への反対、過度なROE(自己資本利益率)重視は不適切、といった意見を表明しています。

 このような反対意見が出てくることは、ある意味当然のことです。我々も、アメリカとそっくりのコーポレートガバナンスになることが望ましいなどとは、まったく思っていません。

 私は昔から、「日本的経営のいいところを残しながら、アメリカに向かって進め。ただし、けっして本土に上陸してはいけない。ハワイくらいがちょうどいい」と言ってきました。アメリカにしろヨーロッパにしろ、そのままそっくり真似るのではなく、いわゆる「中庸」を目指すべきでしょう。そうは言っても、取締役会の過半数を社外取締役が占めるというのは、もはや世界的なスタンダードではないでしょうか。

 いずれにしろ、日本のいいところと欧米のいいところをうまくミックスした「21世紀にふさわしい日本的経営」を再構築しなければいけない。それが日本企業の目指すべき道だと思います。

 これは私だけではなく、「欧米のコーポレートガバナンスを超えるものを日本発でつくり上げることで、日本産業界の活性化に貢献したい」という思いを抱いている経営者が、少なからず存在しています。

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