デジタル・AI時代における
「公器の経営」の姿

 昨2018年に改定されたコーポレートガバナンス・コードでは、取締役に女性や外国人の起用を促す規定が盛り込まれました。実際、取締役のみならず、管理職の男女比率で見ても、日本は他の先進諸国と比べて大きく見劣りします。何が女性の昇進を阻んでいるのでしょうか。

 グラスシーリング(ガラスの天井)を取り払わなければならないといわれてきましたが、そのようなものが存在しているとは思えません。女性を差別して成長できるなら、差別しようという経営者もいるかもしれませんが、そんなことはありえません。どこでも能力のある人材を何とか見つけようと必死になって探しています。これは性別だけでなく、国籍や年齢についても同じです。

 かつてのような男性優位の時代から、確実に変わりつつあります。むしろ現在は、女性にとってチャンスに満ちあふれているのではないでしょうか。

 スターバックスがプラスチック製ストローの廃止に踏み切った背景には、ESG(環境・社会・ガバナンス)アクティビストからの圧力があったとされます。同じ物申す投資家でも、こちらは財務業績ではなく、ESGの視点から投資先を判断し、企業に社会的責任を求める動きです。

 とはいえ、この分野の研究に長らく従事しているオックスフォード大学のロバート・エクレス氏は、「環境と社会とガバナンスを並列に扱うことに違和感を覚える」と主張しています。

 EとSはわかるけれども、そこになぜガバナンスが並ぶのか、私もまったく同じ疑問を持っています。環境にやさしい、社会に貢献するというスローガンは当然のことであって、そこに大きな成長機会があるのも確かでしょう。しかし、ガバナンスは企業が成長するための仕組みであって、目標にも事業領域にもなりえません。

 企業がどのような責任を果たすべきか、それは社会の変化につれて変わっていくものです。日本的経営の特徴の一つは、CSR(企業の社会的責任)といった言葉が登場するずっと前から、すべてのステークホルダーのことを考えていた点です。なかでも、従業員は特別な存在でした。社員をクビにするくらいなら自分が辞めると言った経営者もいたくらいです。

 日本の大企業はこれまで、社会的責任を強く認識し、社会の安寧に多大な貢献を果たしてきました。それは評価されるべきでしょう。ただしその結果、収益性や成長性が犠牲にされていたとすれば、ほめてばかりもいられません。その揺り戻しが、「ROEの引き上げ」「労働生産性の向上」といった大合唱を招いているのではないでしょうか。
 また、収益性や成長性を過剰に追い求めた反省から、環境にやさしい、社会に貢献しているといった視点で企業を評価するようになった欧米、とりわけアメリカとは、かなり事情が異なります。

 ロボットやAIは日進月歩で進歩しており、サービス業でも製造業でも、人間の仕事の大半が代替されてしまう時代がやってくるのは、そう遠くないかもしれません。したがって、雇用を何が何でも守るとか、大量の雇用を創造するといった社会的責任の果たし方は変化してくるでしょう。

 そうした環境変化の中、どのように社会的課題を解決して貢献するのか。それは各企業がずっと考え続けていかなければならないテーマでしょう。つまるところ、新たなフィロソフィーが求められているのです。

 最後に申し上げたいのは、私がコーポレートガバナンスの重要性を訴え続けているのは、それが企業を成長へと導き、ひいては国を発展させる大きな力となるからです。日本は欧米に比べて、挑戦し続ける野心的な経営者が圧倒的に少ない。日本の成長率が低いのはそのせいです。

 では、そのような経営者をどうすれば増やせるのか。やはり経営者が躊躇なくアクセルを踏める仕組み、すなわち成長志向のコーポレートガバナンスを整備することが急務です。ガバナンス改革において、こうした議論が活発化することを願っています。【完】


  1. ●聞き手|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)  ●構成・まとめ|相澤 摂、岩崎卓也 
  2. ●撮影|佐藤元一