自前主義の花王ですから、社内では相当の抵抗があったのではないですか。

 そうですね。技術は、製品と競争力の源ですから。また、技術を発表することで、その応用に関する特許を他社などに出されたら、ビジネスが苦しくなる場合も生じます。でも私はこう言いました。「仮に特許の抜け穴があったとしてもいいじゃないか。似たようなものが出て社会の役に立つならば、それでいい。懐深く、大きく考えていこうよ」と。社内には何とか納得してもらい、昨年の発表会で花王史上初めて、技術段階からオープンにしました。

 すると、これがまた想定以上に反響がありました。たとえばファインファイバーは、多くの方々からさまざまな提案があり、我々が想像もつかなかった協創アイデアがたくさん寄せられました。

 さらにその1年後の今年11月には、パナソニック株式会社アプライアンス社(以下パナソニック)(注5)とのオープンイノベーションも含めた応用事例を紹介する「ファインファイバーテクノロジー事業展開記者発表会」を開催し、同年12月より化粧品(スキンケア)領域から事業化していくことを発表しました。

注5)アプライアンス社は、家電・空調・食品流通・デバイス製品の開発から製造、販売までを担当するパナソニックの社内カンパニー。Panasonic Beautyという美容家電の技術をもとに、化粧品用ディフューザーを花王と共同開発した。

 具体的には、花王の「est」(エスト)、およびカネボウ化粧品の「SENSAI」(センサイ)の両ブランドにおいて、専用ディフューザーによってつくられる極薄膜と、専用の美容液を組み合わせた、まったく新しいナイトケア「FUTURE SKIN」を提案します。夜のスキンケアの最後に、美容液をつけてからディフューザーを使って極細繊維を吹き付けると、極薄膜が肌に馴染んで透明になり、まるで自分の肌のように一体化します。寝ている間も長時間密着するので、膜をはがす翌朝まで、一晩中肌を乾燥から守り、肌をうるおいで満たしてくれるというものです。いままでなかったスキンケアが体験いただけます。

 これはディフューザーを開発したパナソニックとのコラボレーションの賜物であり、「他社との協創」という、我々の新たな出口戦略の第一歩といえます。この協創を積み上げていくことで、そこから得る学びとシナジーが当社によりよい変化をもたらすに違いありません。

 「大企業からイノベーションは生まれない」というのが定説です。既成概念に囚われたり、組織が硬直化したりして、創造性が発揮できないといった問題があります。花王も、130年以上も歴史のある大企業です。にもかかわらず、いったいどうやって画期的な技術イノベーションが次々と生まれているのでしょうか。
 また、短期の成果を求める傾向が強い中で、花王のように基礎研究を長期にわたって続けられる企業はそう多くありません。他社とはいったい何が違うのでしょうか。

 私はいくつかの要因があると思います。一つは、絶対に基礎研究はやめないことです。普通はテーマをアップすると、いつまでにこのぐらいの予算でといったように、時間と予算の枠がはめられます。枠内で成果が得られなければ、このテーマはやめようとなりがちです。しかし花王は、そうした枠がいっさいない。始めるのも自由、時間や予算の枠も決めません。数年経って研究が停滞したとしても、誰もやめろとは言いません。仮に1人から始めて5人になり、10人に増え、研究が思うように進まず再び1人になったとしても、その人が諦めない限り、研究は続く。そういうスタイルを取っています。

 たとえばその象徴が、当社の大ヒット商品「毛穴すっきりパック」です。これは研究段階では〝塗る〟タイプでした。しかしこれだとなかなか乾燥しないうえに、はがしにくい。よって、すぐには商品化できないと判断され、研究者も1人に減ってしまった。でも誰もやめろとは言わない。その後、その研究者が不織布を使った〝貼る〟タイプを考案したことで、商品化が一気に進み、大ヒット商品になりました。これは毛穴に詰まった汚れはどうやれば取れるかという基本原理、つまり本質を突き詰めながら、それをうまく活かす工夫をしたことが成功の要因です。

 今回発表したファインファイバーも、開発当初は極細の繊維で羽毛のようにふわふわの状態でしたので、羽毛布団やダウンジャケットに使えるのではとの提案がありました。しかし、「うちは布団屋じゃないし、羽毛の代わりをつくってどうするのか」という意見が大半を占めました。でも研究者はけっして諦めなかった。長く研究を続け、本質を突き詰めていく中で、繊維を吹き付けるという発想が生まれ、噴射装置もコンパクトになった結果、化粧品領域での展開も可能になりました。

 このように花王は、研究者に自由にテーマアップさせて、周囲もやめろとは言わない。我々経営者もそれを意識して黙認しています。その代わり、たまに「あれはどうなった」と聞いたり、壁にぶち当たっているのであれば「もう一回、本質からやり直してみたら」と声をかけたりしています。

 でも、どうしても研究者が途中で諦めてしまうこともあるのでは。

 もちろんあります。その場合も「絶対に諦めるな」と激励します。「いまはイメージできなくても、続けていけば、変化する時代を先導できる可能性が見えてくるかもしれない。だから諦めるな」と。また、うちの研究所は研究員3000人近くの大所帯ながら部門交流も盛んなので、違う部門の人が面白さに気づくこともある。研究員をモチベートするかけ声運動のようなものも社内には根付いていて、研究所の中に社内ベンチャーがたくさんいるような風土があります。

 そうしたものが積み重なった結果、近年、画期的イノベーションが生まれているのかもしれません。

*つづき(後編)はこちらです