視覚と聴覚の両方を使ったほうが脳はより刺激され、記憶に残りやすいそうです。このビブリオバトルの不便益は、ハッカソンやアイデアソン、セミナーや勉強会といったリアルイベント、あるいは最近流行りのオープンイノベーションにも共通します。

 たしかにそうですね。わざわざ出かけるという不便さをより強く打ち出すことで、ビジネスとして成功させている例があります。星野リゾートが2009年にオープンした「星のや京都」は嵐山にあり、陸路ではアクセスできない場所に建てられています。では、どうやって行くのかというと、ちょっと離れたところに桟橋があって、そこから小舟に乗っていくのです。

 同じような例は世界各地にありますが、アクセスの難しさという不便をあえて導入することで、隠れ家や秘境のような特別な場所を演出し、好奇心や非日常感をくすぐっているわけです。

 不便益についてより理解を深めていただくために、「便利/不便」を横軸に、「益/害」を縦軸に取ったマトリックスをつくりました(図表「2次元で考える」を参照)。

 (1)便利益:便利がもたらす益。一般に、便利と益は同一視されてきた。
 (2)不便益:不便がもたらす益。うまく活用すれば、深い思考へと導かれていく。なぜなら、不便とは「思考できる余地がある」ことを意味しているから。
 (3)不便害:不便がもたらす害。改善やイノベーション、新規事業のシーズやトリガーになる可能性がある。
 (4)便利害:便利がもたらす害。手間がかからず頭も使わなくてよいという便利さがむしろ害をもたらす。便利に甘んじていると、知らずしらずのうちに浅い思考へと流れていくことなど。

 

 星のや京都の例は、不便害(左下)を不便益(左上)に転換させたものといえます。

 また、便利益を不便益に変えた例もあります。京都大学生協の定番土産となった「素数ものさし」がまさにそうです。これは、2012年の京都大学サマーデザインスクールで実施したワークショップから生まれたもので、目盛りが素数のところ、つまり2、3、5、7、9、11、13、17しかありません。一見素数しか測れないようになっていますが、たとえば1=3‐2、4=7‐3といったように、素数の差を用いて測定することができます。

「物差しをかざせば長さが測れるというのは便利すぎるのではないか」という問題意識から、「測る時には計算しなければならないようにすれば不便になる」と考えて、目盛りを素数だけにしたのです。

 この素数ものさしの不便益は、測定する時は素数を組み合わせて考えなければならないという一種のパズル性であり、「もしかしたらあらゆる自然数は素数の差で表現できるのはないか」という数への好奇心です。

 便利害を不便益に転換させた例はありませんか。

 バリアフリーではなく、あえてバリアを設ける「バリアアリー」(バリアあり)を実践している「夢のみずうみ村」という社会福祉法人をご存じですか。山口県などに、高齢者向けのデイサービスセンターを複数運営しています。

 夢のみずうみ村では、段差や階段、坂道など、ちょっとしたバリアをあえて各所に設けています。なぜなら、段差がなく手すりが完備されている安全なバリアフリーの環境は、高齢者がみずから頑張って体を動かすチャンスを奪ってしまい、かえって身体能力を衰えさせてしまうからです。この場合、バリアフリーは便利害であり、バリアアリーは不便益というわけです。

 また、大阪府池田市に「むつみ庵」というグループホームがあります。グループホームとは、病気や障害によって自力で生活する能力が衰えた高齢者が、専門スタッフのサポートを受けながら共同生活する介護福祉施設の一形態です。このむつみ庵では、昔ながらの古民家、つまりバリアアリーの住居を利用しています。

 認知症の中核症状は生理的なものであるため、進行を止めることは難しいですが、むつみ庵では、中核症状に伴う周辺症状、たとえば妄想や徘徊などがあまり起こらないばかりか、生活能力の低下も緩やかだそうです。