便利害は、有形無形を問わず、既存の人工システムの多くで生じているのではないでしょうか。たとえば、日本企業の人事制度は、農村から供給される未熟な労働者に統制を与え、管理するにはまさに便利なものでした。ところが、個を尊重し、人間性や多様性が重視される時代にあっては、会社にすればいまだ便利かもしれないけれども、従業員には不便であり、まさしく便利害が生じています。

 便利か不便かは、状況や受益者に依存します。つまり、同じものでも、目的やタスクによって便利と不便が反転するわけです。

 組織の人事制度のことはよく知らないのですが、似たような話で言うと、法制度でも為政者や統治者、権力者にとって都合よく設計されている国があると聞きます。その支配なり管理なりを受ける人たちにすれば──管理されたほうが楽だという人もいるかもしれません──あまり愉快ではないでしょう。また、時代が変われば、正義や価値観も変わりますから、当然便利だったものが不便なものに変わるのは必然です。

 ただし、不便益をデザイン論に展開する時、「あなたの不便が私の益」はご法度です。不便を被るのは受益者本人でなければなりません。ですから、先ほどの「管理者の便利が従業員の害」は、不便益の文脈では「つくってはならない状態」になります。

 私は以前AIを研究していましたが、第2次ブームの頃から、ニューラルネットワークに基づくAIにも便利害と呼べるものが指摘されています。「ブラックボックス」です。ブラックボックスのわかりやすい弊害の一つは、「何だか知らないがうまくやってくれる」AIを信じるしかなく、故障した時、手の施しようがないことです。

 また、システムや仕組み、最近だとプラットフォームでしょうか。こういう類のものに乗っかると、スピーディで効率的で、しかも便利です。しかし、ひとたびそこからはみ出そうとすると、とんでもなく面倒で時間がかかるようにできているものです。

不便益から得られる
8種類の効用

 不便益がもたらす効用を8つに分類されています。

 先ほどビブリオバトルについて説明した際、不便益は動機付けにも役立つと申し上げましたが、これは第1の効用である「主体性が持てる」に相当します。自分事として考える、取り組むことも同様です。

 2つ目は「工夫できる」ことです。車の変速機はマニュアルよりオートマのほうが便利ですが、工夫や試行錯誤を繰り返しながら運転技術が向上するという意味では、操作が多くて不便なマニュアルに軍配が上がります。

 その工夫の前段階として、「発見できる」ことも不便益の効用の一つです。先ほど、紙の辞書についてはお話ししましたが、電子辞書に比べて重たいし、調べる時間もかかります。ですが、皆さん、調べようとした単語とは違う単語を見つけたり、電子辞書に書かれている以上の情報に遭遇したりしたことが少なからずあるはずです。

 もしもドラえもんの「どこでもドア」が実現したら、それは究極の移動手段でしょう。移動時間が短縮すればするほど便利ですが、その一方で、移動の途中に認知されるものは減っていきます。のんびり歩く小旅行が人気になっているのは、手軽さや健康増進だけでなく、何か発見できるかもしれないという期待があるからではないでしょうか。

 4つ目は「対象が理解できる」ことです。紙の辞書のほうが、物理空間上の広がりという基盤の上に、高い一覧性を備えています。また英語の場合、語尾の変化で品詞の種類が変わる傾向がありますから、単語の配置からそうした変化も一目瞭然です。

 対象が理解できると、第5の効用「安心・信頼できる」が得られます。たとえば、自動車のリモコンキーは、鍵穴に挿してひねる方式より便利ですが、その場合、ハザードランプが光っても、本当にロックされているという保証はありません。ランプが誤作動している可能性があるからです。一方で、挿してひねる方式だと、自分の指先にその反作用が残りますし、ドアから返ってくる機械の作動音や手応えはドアがロックされたことを伝えてくれます。