こうした良循環システムを設計するには、メカニズム解明法という思考法が要求されるというわけですね。メカニズム解明法の必要性だけでなく、多くの人がはまりやすい思考の罠についても言及されています。

 先ほど、時間展開、相互作用、ダイナミクス(力学)を解明する必要について指摘しましたが、これら3つの視点を踏まえながら、いくつかのテーマについて考えてみましょう。

 まず顧客について。「環境が変化する」こと、「長期的に考える」ことの重要性を強調している割には、顧客が時間の経過とともに変化していくことに注目し、明示的に取り込んだ戦略論は多くなく、しかも短期の積み上げが長期の環境適応に自然につながるかのような議論が少なくありません。それゆえ、浅い思考やステレオタイプに陥りやすいのです。

 顧客は学習することで、自社へのロイヤルティを高め、リレーションシップを深めていくといわれます。その一方、顧客が学習することで、市場の様相が変化し、どのように推移していくのか、予測が難しくなります。

 また、「顧客の声を聞く」ことはビジネスの常識の一つで、一般的に正しい。しかし、耳の傾け方、そのタイミング、組織のつくり方、かえって耳を傾けないほうがよい局面があることなどについて、深く考えている人はどれほどいるでしょうか。

 優良企業であればあるほど、上顧客の声を聞き、それに反応するような“自動機械”になりがちです。こうした既存顧客の声にファインチューニングされた自動機械は、いま目の前の顧客の声を聞くことに最適化されてしまい、将来の顧客の声を聞き取る能力が劣っている傾向があります。

「差別化せよ」も条件反射的な行動を引き起こしがちな命題です。日米を問わずビジネススクールや管理者研修では、「差別化せよ」というメッセージが繰り返し唱えられてきました。おかげで、ビジネスパーソンたちも日々「どうやって競争相手と差別化するか」を考えるようになりました。このこと自体は、ある意味喜ばしいことです。ですが、よく考えると、差別化は常に成功するわけではありません。

 たとえば、「チャレンジャーは差別化して、リーダー企業を攻撃し、それに対してリーダー企業は同質化(模倣)して防衛する」という戦略論の教科書の記述を思い浮かべてみてください。これはまさに最強の盾と最強の矛を同時に売り込むような議論です。

 チャレンジャーが差別化しても、リーダーが同質化したら、効果が薄れてしまいます。それなら、チャレンジャーは「リーダーが同質化できないような差別化をせよ」ということになりますが、今度は「どのようなチャレンジャーの差別化にも同質化できるような体制をリーダーは整えよ」というアドバイスが引き出されるはずです。

 こう考えていくと、チャレンジャーがいかに差別化を追求しても、結局のところ、体力や総合力で勝るリーダー企業には勝てないのではないか、という結論が妥当なようにも思われてきます。

 ですが、現実はチャレンジャーが勝利することが多々あります。それは、リーダー企業は長年の強力なポジションに安住してきたせいで、「敵を見て矢を矧(は)ぐ」、つまり対応が遅れたり、それが泥縄だったりすることがあるからです。長期的に優位なポジションにあるリーダー企業には、秀才や紳士が多く在籍しており、しかも一定の余裕があります。それゆえ競争相手への対応策を練り上げる際に、慎重な議論を重ね、組織内の合意形成を丁寧に行わなければなりません。

 そういう対応に慣れてきた組織は、徐々に競争相手にではなく、社内の主要な論客への対応に敏感になり、内向きの組織になっていきます。もしチャレンジャーが機敏な組織を持っているならば、リーダー企業はチャレンジャーの差別化に一手ずつ遅れた対応となり、最終的に逆転劇が起こるのです。

 マーケティング戦略の勝ち筋を考えるには、相手の組織の状況まで読み解かないといけないのです。やはり「チャレンジャーは差別化」というようなカテゴリー適用法的な思考ではなく、丁寧にメカニズムを解明する思考力が不可欠です。