そこで当時の泰隆社長の下、会社の内側から自発的に改革への動きが湧いてくるような企業風土をつくろうと考えたわけですね。具体的にはどのような手を打たれたのですか。

 2006年、CS(顧客への価値提供)とESを経営の最上位の価値観に置くことを宣言しました。

 ただ、「従業員のやりがいと成長」を掲げた時に気になったのは、圧倒的な対話不足です。経営陣同士もそうですが、上司と部下、同僚同士といったように、すべての階層のコミュニケーションが全然足りていない状態でした。それゆえ我々経営陣がいくら改革を呼びかけても、それがなかなか現場に伝わらない。そこで、まずはコミュニケーションが活性化するようなマネジメントスタイルに変えようと考えました。「指示・命令・統制・管理」というスタイルでは、みずから考えない従業員ばかりを生んでしまう。そこで、「認める・任せる・感謝する」という要素をもっと増やしていこうと発信しました。

 なぜ、CSとESを同時に追求することにしたのですか。

 先ほど申し上げた通り、それまでムラタは「顧客本位の会社を目指す」ことを掲げていたので、よりよい製品をつくるためにもまずCSが重要だと考えていました。でも改革に着手するうちに、「CS以上にESが大切だ」と思うようになりました。従業員が自分の仕事に誇りを持ち、充実した仕事ができなければ、素晴らしい製品は生まれないし、お客様を満足させることもできない。そんな当たり前なことに気づかされたのです。お客様が満足すれば、ムラタにより期待を寄せ、それに応える過程で従業員が成長し、より高い価値をお客様に提供できるようになります。その結果、従業員のやりがいもお客様の満足も向上する。これが、ムラタが描いたCSとESの関係性です。よってそれ以降の改革はすべて、CSとESをスパイラルに向上させることを重視して行いました。

 また先ほど、組織サーベイの結果で、役員や部門長と従業員の意識に大きな乖離があったと申し上げましたが、その乖離をなくしてESを向上させるためにも、まず変わらなければならないのは我々経営陣である、と気づきました。よって、経営陣の意識改革を率先して行うことにしたのです。モチベーションは高いものの、自分の持ち分だけしっかりやっていればいいという部分最適になりがちで、役員同士の交流はあまりなかったからです。

 そこで、そうしたマインドセットを変えるため、互いに関心を持ち、膝詰めで話し合えるような環境(役員合宿や研修会)をつくりました。回を重ねるうちに役員同士の対話が増えただけでなく、経営陣としてなくてはならない全社的視点も持てるようになりました。その効果は現場にも波及し、上司と部下の対話も広がっていったのです。

 もちろん、絵に描いたようにきれいに、一気に改革が進んだわけではありません。風土改革委員会のメンバーたちが相当の苦労を重ねながら、それぞれの事業所で試行錯誤によるさまざまな活動を諦めずに続けました。そのうち、こうした姿に影響されたのか、委員会メンバー以外にも、「自分たちの職場の風土を自分たちでよくしたい」と考えて行動する従業員が少しずつ増え始めました。その結果、徐々にゆっくりと会社全体が変わっていったのです。

 CSとESの両立に加え、「A・NEW」という社内活動も展開されたそうですね。

 このネーミングは、A=Agility(機敏性)、N=Next(次の)、E=Efficiency(効率性)、W=Will(意志)& Worldwide(世界的に)から来ています。当時は研究開発のスケジュール管理がなかなかうまくできなかったこともあり、技術者の進捗管理ツールとして導入しましたが、A・NEWという言葉の通り、「あっ!さすがムラタだね」と言われるような驚きのあるイノベーションにつなげたい、という思いが込められています。バックキャスティング型の手法を取り入れ、未来のあるべき姿に達するためにはどのようなロードマップが必要か、それを技術メンバー同士が自由闊達に意見を出し合いながらつくり上げてもらうことにしたのです。

 さらにそのロードマップ策定に当たっては、常に「2つの軸」で思考することにポイントを置きました。1つ目の軸は、事業にどうつなげるか。2つ目の軸は、そのために必要な組織基盤をどう向上させるか。この2軸が両立することを強く意識してもらいました。その結果、仕事の進め方が明確になったと同時に、事業のバックグラウンドをきちんと理解することで、自分が身につけなければならない能力への自覚も生まれました。
 いまではこのA・NEW活動は、技術者の進捗管理ツールとしての役割を越え、全社の人材育成に不可欠な考え方となり、さまざまな社内研修で採用されています。