極論や
ステレオタイプを疑う

 ビッグデータの収集・分析能力に長けたプレーヤー、グローバルなプラットフォームを構築し、ビジネス・エコシステムを形成・支配できるプレーヤーこそ高収益と持続的成長を享受し、最終的な勝者になれる、といった主張があります。

 重さのない上空の世界では、この四半世紀の間で、オープン・アーキテクチャ化が全世界に広がったことはご承知の通りです。そして現在、上空のICT層を制したアメリカのプラットフォーム・リーダーたちが圧倒的な存在感を誇っています。

 彼らのビジネスモデルは、こんな具合です。クローズド・アーキテクチャのコア技術を開発し、それを不断に強化すると同時に、その分野の世界標準を設計・提案し、その技術情報を積極的に開示することでオープン・アーキテクチャの産業システムを用意し、ここに多種多様な補完財企業を集めてビジネス・エコシステムを形成し、ネットワーク外部性(補完財企業やユーザーの集積によって副次的に収益がもたらされること)を享受する、というものです。これを、我々は「内クローズド・外オープン」と呼んでいます。

 アメリカの経営学は、こうしたプラットフォーム・リーダーやビジネス・エコシステムの研究に没頭し、そのビジネスモデルの魅力を世界に喧伝してきました。これは、これからの経営戦略を考えるうえで、日本企業はもとより、他国企業にとっても貴重な洞察となりました。

 その半面、こうした一人勝ちの物語は一方的に、しかも誇張されて伝えられたせいで、経営層やそのスタッフたちに、「あらゆる業界がオープン・アーキテクチャの世界になる。そこでは、プラットフォーム・リーダーになるしか繁栄の道はない」といった、一種の強迫観念を植え付ける結果となりました。

 しかし、特にアメリカの研究は、一握りのプラットフォーム企業の成功譚に集中しており、プラットフォーム企業になれなかった大多数の企業がどうすればオープン・アーキテクチャの世界で生きていけるのかに関する議論は、意外に少なかったように思います。ですから、現場から見上げる実証社会科学者の立場からすると、ややアメリカ好みの英雄談に偏った研究だったように思います。

 しかしながら、デジタル財などオープン・アーキテクチャの世界でも、高い製品技術力や生産技術力を備えた日本のものづくり企業が、もう一工夫して、自社の主力製品に対して自社発の業界標準インターフェースを設定し、それによって業界支配的なプラットフォーム企業とつながることにより、高い付加価値や利益率を確保することは不可能ではないと思います。それは、広大な砂漠の中に小さなオアシスをつくるといったイメージで、そうした企業が増えてくれば、徐々に砂漠を“緑化”していくことにもなるでしょう。

 おそらく日本から、一人勝ちのプラットフォーム・リーダー企業は当分現れないでしょうが、ものづくりの能力構築力とアーキテクチャ構築力を組み合わせることによって「強い補完財企業」として高収益を上げることは可能かもしれません。

 過去の例で言えば、日本のセラミックコンデンサー企業、たとえば村田製作所は、卓越した生産技術力、自前の生産設備、すり合わせ技術による差別化、高い品質管理能力といった伝統的なものづくり企業の強みに加え、たとえば「0306」「0204」といった製品の世界標準をみずから提案して世界に認めさせるなど、オープン・アーキテクチャの世界でも相応の高収益を上げる、中クローズド・外オープン型アーキテクチャ企業として君臨しています。

 一方、日本の半導体メーカーは、工程アーキテクチャが「中オープン」化してしまったために国際競争力を失い、ほぼ消滅してしまいましたが、これとは対照的です。戦略構想力に差があったと言わざるをえません。

 よく探せば、日本にも、けっして巨大ではないですが、オープン・アーキテクチャ領域でしたたかに戦う優良企業が存在します。新興国との賃金差が縮小した現在、そうした企業が堅実なグローバル企業として繁栄し、その企業の国内ものづくり現場が利益と雇用を両立できるチャンスは、1990年代に比べて格段に高まっているといえるでしょう。