過去には、コアコンピタンスをコア事業やコア製品と勘違いしたり、リエンジニアリングを制度改革と誤解したりしたせいで、現場をミスリードしてしまうケースが多々ありました。

 産業領域で言えば、上空のICT界やそれが駆動するインターネット系サービス業では、いまなお拡大しているeコマースのほか、Uber(ウーバー)の配車サービス、Airbnb(エアビーアンドビー)に代表される民泊など、既存企業を脅かす破壊的イノベーションの可能性を秘めたものが続出しています。そこを主導する企業の新陳代謝も速く、まさに破壊的イノベーションが続出する領域と言ってよいでしょう。残念ながら、そこは日本企業の存在感が小さい領域でもあります。

 他方、質量があり物理法則の働く地上界では、自動車にせよ工場にせよ、業界地図を書き換えてしまうような破壊的イノベーションは、そう簡単には起こりません。たとえば画期的次世代車の多くは、数十年あるいは100年以上の歴史を持つ既存のグローバル企業が開発しています。設計が複雑化し、大きな技術資源や技術人材を擁する大企業でないと、キーコンポーネント自体の開発が難しいという事情もあります。

 実は、このように、電子や論理で駆動する「重さのない世界」での爆発的な技術進歩、かたやエネルギーの投入を要する「重さのある世界」での地球的・社会的制約と設計の爆発的な複雑化、これら2つの潮流が同時に起こっているのが21世紀の根本的な特徴である、と私は考えています。そのどちらか一方を強調する論説は派手な内容になりがちですから、短期的にはウケはいいでしょうが、多くの場合、長期的には判断を誤る可能性が高いと思います。

 たとえば、質量のない電子や論理で動くICT系のデジタル財、ソフトウェア産業、情報サービス産業は、自然や物理法則の制約をあまり受けないため、企業が主体的に業界標準インターフェースを設定して仕掛けるのがやりやすく、その結果、オープン・アーキテクチャが支配的な産業になりやすい。

 こうしたオープン・アーキテクチャ型の産業に参入する企業にとって大切なのは、アーキテクチャの進化パターンを把握したうえで、能力構築、技術革新、ビジネスモデルとしてのアーキテクチャ革新、市場創造などについて能動的かつトータルに取り組む戦略構築力です。その取り組みを怠った企業はやがて周辺に追いやられ、衰退していくでしょう。

 しかし、あらゆる業界で、そうした革命的な変化が頻繁に起こっていたり、一握りのプラットフォーム・リーダーが支配していたりするわけではありません。こうした状況が常態化しているのは、重さのない世界に属するオープンでモジュラー型アーキテクチャのデジタル系、ICT系の産業です。

 他方、重さのある世界の産業、とりわけ自動車や発電所、工場の生産設備といった産業では、その製品の質量ゆえに、安全問題、環境問題、エネルギー問題などの制約条件は年々厳しくなり、それに対応する企業は最適設計によって対応せざるをえず、それゆえ部品間に業界標準インターフェースを設定することは容易ではありません。

 特に自動車の場合、電子制御系も含め、製品設計は爆発的に複雑化しており、これに対応し切れない企業による設計品質問題、不祥事、開発中止等、深刻な問題が頻発しています。フォルクスワーゲンなどヨーロッパ自動車企業が主導するクローズド型のモジュール化は、こうした爆発的な複雑化の影響を軽減する窮余の一策であり、言わば「受動的モジュール化」です。ICT界における企業側が仕掛ける「能動的モジュール化」とは特徴が大きく異なることを認識し、不用意に両者を混同しないことです。

 もちろん、こうした重さのある世界でも、時として破壊的イノベーションは起こりますが、相対的に見れば、現場の能力構築や製品開発の連続的な積み重ねによる進化のほうが重要性は高いといえるでしょう。たとえば工場の世界では、工場のインテリジェント化や自動化だけでなく、日本全国のものづくり現場で行われている「草の根イノベーション」の積み重ねが依然として重要です。

 いずれにせよ、グローバル能力構築競争の時代においては、アーキテクチャがオープンかクローズドか、モジュラー型かインテグラル型かにかかわらず、現場や企業には、能力構築と戦略構築力の地道な努力が必要です。ICTしかりAIしかりビッグデータしかり、こうした組織や人材の努力や能力を完全に代替することはできません。

 むしろ、こうした新しい技術は生産性向上と需要創造の手段と考えるべきでしょう。現場指向企業であれ、資本指向企業であれ、経済主体には目的があり、技術やイノベーションはあくまでその実現手段なのです。