社長就任後に打ち出した
4つの経営方針

 ところで峰岸さんが社長に就任した2012年4月を前後して、リクルートは分社化と株式公開という2つの大きな決断をしましたが、これはどのような理由からだったのでしょうか。

 社長に就任後、経営方針として「分社化」「上場」「グローバル」という3つのキーワードを打ち出し、さらに翌年には「IT化」を加えました。これらを考えるきっかけとなったのは、私が経営企画担当の専務だった2010年に検討を始めた中長期の戦略プロジェクトです。その中で最も重要な議題は、海外展開をどうするかでした。

 社内で相当なエネルギーを費やして侃々諤々の議論をした結果、「国内だけに安住せずに海外も積極的に展開する」とし、マイルストーンとして「2020年程度には当社の人材領域サービスを通じて雇用決定者数で世界ナンバーワンになる」と決めました。ちなみに、ベンチマークを売上高ではなく雇用決定者数にしている理由は、雇用市場において最も影響力があるという観点が重要だと考えているからです。

 そして戦略ターゲットを達成していく一つの手段として株式公開をすることも決めたのです。目的は3つで、財務戦略の多様性、さらにグローバルでの信頼性、透明性の向上、です。

 リクルートは長らく非上場であり、同時に「社員皆経営者主義」を掲げてきました。「リクルートは社員の会社である」という当事者意識を高めることが、成長力を支える一つの要素だったはずです。それを変革することへの懸念はなかったのでしょうか。

 株式公開によって当社の成長力、もしくは競争力の源泉である起業家精神が低下してしまうのではないかという声は、メディアの方を中心によく聞かれました。しかし、我々は成長するための一つの手段として株式公開を選択したのです。さらなる成長のためにグローバルに展開していくので、株式公開によって成長力や起業家精神が低下すれば本末転倒でしょう。

 分社化の判断も、中長期の戦略プロジェクトを検討する中で、必然的に導かれた結論ということでしょうか。

 はい。海外展開と同時並行で議論したのは、国内事業をいかに強化するかでした。その結果、分社化の方針が決まり、2012年10月にはリクルートホールディングス傘下に、7つの事業会社と3つの機能会社を設立しました。

 事業会社については、従来からある人材派遣事業のリクルートスタッフィングとスタッフサービスに加えて、リクルート本体を販促メディア事業3社と人材メディア事業2社の計5事業会社に分社化したのです。分社化の狙いは、市場の変化に合わせた意思決定の迅速化です。分社化前のリクルート本体は従業員数で約4500人、売上高は約8000億円と規模がかなり大きくなっていましたから。

 とはいえ、規模が小さすぎても投下資本や人材育成などのコストが上がってしまい、経営の選択肢が限られることで柔軟性を欠くことになります。結局、売上高で1000億~2000億円前後、従業員数で1000~2000名規模の事業会社が5つできました。この規模はちょうど1980年代初頭のリクルートの水準です。結果として分社化以降これまでに毎年1桁台後半程度の成長が実現できています。

 また、事業部の部長クラスの社員たちが、分社化によって事業会社の社長や執行役員になり、それだけの権限と責任を与えられて試行錯誤することができるという意味で、分社化には「経営者を育てる」という効能もあると思っています。

*つづき(第3回)はこちらです


●聞き手|松本裕樹(ダイヤモンドクォータリー編集部)
●構成・まとめ|松本裕樹 ●撮影|中川道夫