不良債権が膨れ上がったことで経営危機を招き、3兆円を超える公的資金の注入を受けて“実質国有化”されたりそなホールディングスは「公的資金の返済ができず、いずれ破綻するだろう」と銀行関係者の間でもささやかれていた。りそなグループの前身は大和銀行とあさひ銀行で、いずれも都市銀行の下位に甘んじており、それだけに体力以上の無理を重ね、財務内容を悪化させていた。

 実質国有化と同時に、りそなホールディングス会長に就任した細谷英二氏は旧国鉄で改革を推進した一人だが、金融業界は未経験。周囲が反対する中、不退転の決意を固め火中の栗を拾う道を選んだ。素人の目、一般の利用者の目で、銀行のおかしな実態、内輪の論理にメスを入れ、銀行界の横並び意識、内向きの体質に切り込んでいく。

 細谷氏は病魔に襲われ、道半ばで斃れた。だが、「細谷改革のDNA」はりそなグループに根付き、銀行業界、金融界初のサービスを次々と開発し、業務改革、新サービスの導入など、チャレンジを続けている。

 IT企業、ネット企業の金融ビジネスへの参入が相次いでいるが、りそなグループは何を目指しているのか。細谷氏の下で財務改革の陣頭指揮を執り、細谷イズムを身近で体験してきた東和浩氏を直撃し、りそな改革の全容、金融ビジネスの展望について聞いた。

銀行がこれから闘う相手は
IT企業や小売業など異業種

東 和浩 KAZUHIRO HIGASHI
1957年4月25日生まれ、福岡県出身。上智大学経済学部を卒業し、1982年4月埼玉銀行に入社。1998年あさひ銀行鶴ヶ島支店長、1999年企画部副部長、2003年10月りそなホールディングス執行役財務部長およびりそな銀行執行役企画部(財務)となり、資本市場、海外勤務、出向、支店、企画、財務などを経験する。2007年6月りそな銀行常務執行役員経営管理室担当、2009年6月りそなホールディングス取締役兼執行役副社長などを経て、2013年4月りそなホールディングス取締役兼代表執行役社長(現任)、りそな銀行代表取締役社長兼執行役員(現任)に就任。座右の書は野中郁次郎ほかが著した『失敗の本質』(ダイヤモンド社、文庫版は中央公論新社)で、座右の銘は「人間到る処青山あり」。ぶれずに、泰然自若の構えで物事に向き合うことを信条とする。

編集部(以下青文字):今年(2017年)3月に発行した『ダイヤモンドクォータリー』の表紙に、国産乗用車の開発に執念を燃やした豊田喜一郎さんのイラストを掲載しており、今年11月に創業80周年を迎えるトヨタ自動車の黎明期をモデルにしたドラマも人気を博しています。

 第二次大戦後、不況と労働争議に見舞われ、トヨタが経営危機に直面した時、一部の銀行は融資に冷たい態度を取りました。こうした経験から「自分の城は自分で守れ」「無借金経営」といったトヨタ独自の経営スタイルが誕生したが、企業を支援・育成する立場の銀行の中には、雨が降った時に傘を貸さない、傘を取り上げるといったことがありました。

 バブルの崩壊、金融の自由化を経て、時代は大きく変わっていますが、銀行、金融機関を取り巻く昨今の経営環境について、どう見ていますか。

東(以下略):銀行は雨が降ると傘を貸さないとか、傘を取り上げるといわれた時代は、銀行が産業構造の中で主要な役割を担っていました。当時は期待も込めてこうした表現で揶揄されましたが、いまは超金融緩和の状態が続いています。

 金融業界は変革の時代を迎え、銀行のビジネスモデルそのものが問われており、こういう表現をすると、社内も業界もひっくり返ってしまうかもしれませんが、銀行の位置付けが様変わりしてしまったというのが私の現状認識です。

 社内がひっくり返ってしまうという銀行論を聞かせてください。

 ビジネスモデルの変革期にいる現在、銀行が闘っているのは銀行だけではない。JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOが「我々は、グーグルやフェイスブック、その他の企業と競合することになるだろう」と3年ほど前に発言していますが、私は以前から、ネット銀行を展開するIT企業や小売業など、異業種との闘いになると話してきました。

 銀行業を経営するには、巨額の資金、大規模な情報システム、信頼性の高い与信システムやリスクマネジメントが不可欠であり、それゆえ参入障壁が極めて高かった。しかし、全国にネットワークを有する小売業や運輸業などのプレーヤー、ビットコインやブロックチェーンといったフィンテックの登場によって、新規参入が相次いでおり、その競争地図は変わりつつあります。

 このような環境にあるにもかかわらず、銀行同士で競争して勝ったとか、負けたとか言っているから、護送船団の中にいると揶揄されるわけです。護送船団方式というのは、最も速度の遅い船に速度を合わせて、船団の統制を図ることになぞらえたもので、金融界ではこのような考え方が顕著でした。

 護送船団って、どういうことかわかるかと、社員に問いかけています。同じスピードで船が進んでいると、相手は止まったように見える。もしかしたら自分たちは他の銀行よりも進んでいると思っているかもしれないが、それは大きな間違いで、周囲を見渡すと小さくても高速艇のような船がビューンと追い抜いていっているのが現実です。

3兆円超の公的資金が注入され
実質国有化されたりそな

 2003年、公的資金の注入でりそなホールディングスは実質国有化され、その年の6月、東日本旅客鉄道の副社長だった細谷英二さんがりそなHD会長に就任し、大胆な改革に取り組みました。銀行初など、新しいサービス、施策を積極的に推し進めましたが、りそなの変革はさらに加速しますか。

 カネ余りの時代、資金を提供するビジネスだけでは付加価値を生みません。銀行を並ばせて、低い金利を出したところと取引をする、お客様と銀行はそれだけの関係になってしまう。いま、付加価値を提供できるビジネスモデルかどうか、本当の実力が試されています。我々がお金を貸すこと以外に、何を提供できるかが問われているのです。

 細谷がりそなにやってきて、自分たちの業務を定義し直しました。みずからを銀行と呼ばず、金融サービス業と呼び、サービス業という観点で、発想を変えないと生き残れないと。まだまだ道半ばですが、お客様の要望、期待がすべてのベースになっています。

 細谷改革がどういうものであったのか、変革を志す企業の参考になるので、2000年初頭のりそな銀行の経営危機とその後の対応についてお伺いしたい。2003年、1兆9600億円の公的資金の注入で実質国有化されましたが、その原因は何ですか。

 いくつか要因があったと思いますが、体力以上の大口の融資を行い、バブル崩壊で不良債権化してしまった。それにガバナンスの問題があり、チェック機能が甘くなっていた。

大企業取引などホールセールでの過剰な融資、与信の機能不全による不良債権の増大といった反省から、個人や中小企業を中心としたリテール重視に舵を切り、ガバナンスも2003年6月、指名委員会等設置会社に移行しました。取締役10人のうち6人が社外取締役で、それも銀行業界と関係のないメーカーや流通業などの経営者に就任してもらい、いまでもマジョリティを社外取締役が占めています。

 銀行は社内の論理に陥ってしまいがちですが、銀行の論理を知らない人の意見を聞くと、正気に戻る。一般常識から見て、その判断が妥当なのか、大丈夫なのかと問いかけられ、チェックされます。以前はそこまで厳しいチェック、議論は行われていなかったのではと思います。

 経営危機に直面した2003年当時、東さんはどのような立場でしたか。

 火中のど真ん中にいました。企画部副部長という立場で対応に追われており、多忙で記憶が飛んでいる部分もあります。5月30日の新経営陣を発表する記者会見当日の朝まで、経営トップに細谷が就任することを知らなかった。記者会見用の想定問答集を準備し企画部長が持っていくと、細谷はいらないと断ったそうです。自分の思いや覚悟を自分の言葉で話そうとしたのだと思います。会見場で新経営陣の後ろにいましたが、細谷が第一声を発した瞬間そのアクセントで、この人は九州人だなと思ったことを記憶しています。ちなみに細谷は熊本、私は福岡出身です。

 公的資金の額が想像以上だったので、国の本気度を感じました。銀行の経営が不安定になると取引先企業や個人のお客様に甚大な影響を与えてしまうことを痛感しました。巨額な公的資金を投入したのは、我々を救済するのではなく、お客様を助けるためなのだと強く意識しました。

 7月に財務部長に任ぜられましたが、前身の大和銀行とあさひ銀行(埼玉銀行と協和銀行が統合)に投入されていた公的資金と合わせ、3兆1280億円をどう返済していけばいいのか、「人間(じんかん)到る処青山あり」というのが私のモットーですが、途方に暮れました。だが、どう立て直すかに全力を注ぎ、諦めることは考えませんでした。 

頑固一徹の「肥後もっこす」と
見解の相違で対立

 細谷さんの近くに接しておられて、どのような影響を受けましたか。

 後で聞いた話ですが、白羽の矢を立てられ、牛尾治朗さん(経済同友会代表幹事などを歴任)に説得されたが、りそなの経営者になることを相当悩んだそうです。新たに2兆円の公的資金が必要な銀行で、自分の経験値が通用するのか、わからないわけですよね。周囲の反対もあったようです。

 チームを引き連れて銀行に乗り込んでくると思いましたが、連れてきたのは秘書一人だけ。大変な覚悟だったと思います。細谷は肥後もっこすで、頑固一徹なんです。

 これが正しいと思ったら突き進んでいくし、絶対に変更しない。私もよくぶつかりました。財務部長という立場で目の前の状況を見ていましたが、細谷はどうすべきか、中長期的にどう変えていくかという視点で考えていました。純粋な方でしたので、みんなついていったのだと思います。

 どのような問題でぶつかったのですか。

 営業時間を午後3時から5時まで延長するテーマに取り組み始めた時、事務処理の関係で、当初は、午後3時に一度店を閉めていました。だが、「継続的に営業しないで、何でシャッターを閉めるのか」と激怒しましてね。

 店頭での待ち時間ゼロ運動をやると言うのですが、そんなことできるわけないと思い、「やれないことを支店長に宣言させると、彼らが追い詰められてしまいます」と食い下がったら、逆鱗に触れました。「高い目標を掲げて取り組まないと、大きく舵を切れない」というのです。

 たとえばコストダウンに取り組む場合、5%、10%の削減ならできるけど、一気に半分にすることは難しいかもしれません。しかし、高い目標だからこそ、真剣に考え、組織が大きく揺れる。実務的にどうこうするというのは、目標を掲げる際には関係ない話で、高い目標を掲げることが重要だと、後になってわかりました。

「事務処理上、無理です」と従業員が言っているので、お待たせ時間5分以内という目標で我慢するか、となってしまうのではなくて、トップが覚悟を示し、うまくいかなかった時、トップみずから恥をかく覚悟が大事になってきます。

 りそな再生プロジェクトチームを発足させて、改革を進めました。

 変化を恐れる人間が多いことも事実ですが、みんながみんな抵抗勢力だというわけではありません。改革が必要だと危機感を持つ社員、秘かにプランを温めていた社員が声を出し始めました。700人の社員が自主的に参加して、2003年9月、経営トップに218項目の提言を行いましたが、これも細谷改革を推進する大きな力になりました。

 2年間でV字回復しましたね。

 処理すべきものはすべて処理せよと発破がかかり、2003年3月期、すでに8376億円の当期損失を出しましたが、2003年9月中間期に1兆7696億円という巨額の赤字を計上しました。決算発表直前は、寝ることができませんでした。

 短時間で損失処理を終わらせるスピードが大事だと、細谷は考えていました。最初の100日間でバランスシート改革を実行すると宣言し、「厳格に、嘘をつかない、先送りしない」を再生の基本方針に掲げました。

 トップが本気を見せたから、社員は一致団結し、同じ方向を向けたと思います。最初の100日が組織の1000日後を決めると、細谷は語っており、このスピード感と透明性は、いまの経営にも活かしています。

一日分の支店の伝票を
会議室のテーブルに山積み

 改革に反対する人はいるものですが、抵抗勢力とどう対峙したのですか。

 抵抗というか、銀行の常識にメスを入れたという点で、面白い事例があります。「改革をいろいろやって、伝票を減らしました」と報告があったが、それは5%減、10%減の改革でした。

 花王の副社長だった社外取締役の渡辺正太郎さんが「銀行の実務は手続きばかりで、文書が多すぎる」と顔を紅潮させ、支店の現場に行って、一日の伝票をすべて会議室のテーブルの上に並べさせました。山積みになっている文書を指さして「この書類を見て、少ないと思うのか」と一喝され、ぐうの根も出ませんでした。

 細谷は「りそなの常識は世間の非常識」と常に話していました。社外取締役も現場に足を運び、「君たちのやっていることが、いかに現実離れしているか」と、実務の領域に入って銀行界の非常識をわかりやすく説明する。実態をリアルに見せられて、少しずつ理解していきました。財務部長だった私もいろいろ指摘され、血祭りに上げられた一人です。

 大変だったですよ。管理会計ができていないと怒られる。この事業の収益性はどうなっているのかと問われて、きちんと説明できない。銀行は現金と帳簿の1円の違いにも厳密ですが、収益面ではどんぶり勘定なところが多い。巨大なITシステムで業務が動いているので、コストが、この事業、この商品にどれだけかかっているのか、わかりづらい。

 コストと収益をハッキリさせよ、という指摘は社外取締役からですか。

 鉄道事業出身の細谷も、銀行業のコストと収益を明確にできない事情を理解して、同情してくれまして。鉄道でも、常磐線のコストと収益を明確に出せと言われても、線路はつながっているし、運用も常磐線だけでやっているわけではないので、簡単には出せない。

だけど、社外取締役の指摘は立ち止まって考えさせることにつながり、大いに役に立ちました。しつこく、こだわるという姿勢が、経営者には重要だと学びました。どうしてこうなるのか、どうしてこうなるのか、どうしてこうなるのか。トヨタの「なぜ」を5回繰り返せという手法がありますよね。

 トヨタ自動車工業の副社長だった大野耐一さんは『トヨタ生産方式』(ダイヤモンド社)という著書で、「一つの事象に対して、5回の『なぜ』を自問自答することによって、ものごとの因果関係とか、その裏にひそむ本当の原因を突きとめることができる」と書いています。

 生産現場で発生した問題の原因を究明するため、「なぜ」を何度も繰り返して問題の真因に迫ろうという手法ですが、あらゆる職場、経営の現場で適用できる考え方です。トヨタ出身の社外取締役、井上輝一さんからの質問は、まさにトヨタのファイブ・ホワイでした。

 こうした改革により、りそなの財務状況はどのように変わったのですか。

 2003年9月末の不良債権残高は3兆2190億円、不良債権比率は11・9%でしたが、2005年3月末は9188億円、3・4%に減少しました。

 ノンバンク事業からの撤退、証券子会社の売却など、国内関連会社は2003年3月期の50社から、2年で11社に整理しました。また持ち合いなどの株式も売却して、保有株式残高は1兆3970億円から3978億円へ、約1兆円圧縮しました。

 年収の3割カット、4600人の人員整理、システム開発費の削減、店舗の統廃合などのリストラで、2003年3月期に66・3%だった営業経費率は2年後、50%に下がりました。営業経費は人件費、店舗、広告、システム関連などの物件費など、銀行が業務活動を行ううえで必要な経費で、これを業務粗利益で割ったものが営業経費率です。

*つづき(第2回)はこちらです


●聞き手|前原利行/岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)
●構成・まとめ|前原利行(ダイヤモンドクォータリー編集部) ●撮影|中川道夫