目まぐるしく変化を続ける時代の中、企業においても、IoTやAIなど、ITを活用したデジタル・トランスフォーメーション(デジタル変革)の必要性が指摘されている。日本企業のデジタル・トランスフォーメーションの成功へのカギは何なのか。法人向けに自社独自のICTソリューションを提供し、企業のデジタル・トランスフォーメーションを推進しているKDDIで、ソリューション事業企画本部長とクラウドサービス企画部長を務める藤井彰人氏に話を伺った。

デジタル変革がビジネスを、
経営を変える

藤井彰人 AKIHITO FUJII
大学卒業後、富士通、Sun Microsystems、Googleを経て、2013年4月にKDDI入社。Sun MicrosystemsではSolaris/Java関連ソフトウェア、プロダクトマーケティング本部長や新規ビジネス開発を担当。Googleでは企業向け製品サービスのプロダクトマーケティングを統括。過去にMashup Award 1-4を主宰し、各種開発者向けイベントを支援。2009年より情報処理推進機構(IPA)の未踏IT人材発掘・育成事業のプロジェクトマネージャーも務め、若者の新たなチャレンジを支援している。

編集部(以下青文字):KDDIがデジタル・トランスフォーメーション(デジタル変革)を推進するに至った背景をお聞かせください。
藤井(以下略):デジタル・トランスフォーメーションというと、最近の流行り言葉に感じられるかもしれませんが、至極当然な流れで、新しいテクノロジーでビジネスを新たなステージに上げていく、一つの形だと思っています。これまでは、コミュニケーションを含めて、既存の定型的な業務の自動化に重きが置かれ、その手段としてITが活用されてきたわけです。それはあくまでコスト削減、効率化といった側面で機能してきました。それが、テクノロジーの進展によって、「新しいビジネスを創出する」ためのIT活用に関心が移ってきました。新たなテクノロジーによって、ビジネスを新たなステージへ上げていくこと……我々はそれを「ビジネスIT」と呼んでいますが、ITによるビジネスの大きな転換期が、訪れているということです。
 たとえば、世界の潮流に目を向けてみても、Airbnb(エアビーアンドビー)やUber(ウーバー)など、既存の資産をITによって活用するシェアリングエコノミー型ビジネスが席巻しています。かつてのような、製造業や資源産業のジャイアンツがナショナルフラッグとなるような状況とはまったく異なるものです。そして、これは何もシリコンバレーの専売特許ではありません。いまや、日本においても当たり前のように、ICT活用で新たなビジネスを創出すべきフェーズに来ているといえます。

 ICT活用の手法に、これまでとどういった違いが出てきているのでしょうか。
 これには2つの側面があると考えています。まず一つは、テクノロジー面。これには明らかにクラウドの浸透が大きく影響しています。最近ではPCだけでなく、IoT(Internet of Things)によって、ありとあらゆるデバイスがネットワークにつながっています。これには当然、通信コストの低価格化が影響しており、テック企業でなくてもIoTデバイスをうまく活用することによって、ビジネスをスケールさせることが可能となってきました。たとえば、サブスクリプション(定額制)動画配信サービスで世界的に成功しているネットフリックスは、もともとDVDレンタルサービスから事業を始め、クラウドを利用することによって拡大してきたわけです。ネットワークとしてはLPWA (Low Power Wide Area:消費電力を抑えて遠距離通信を実現する通信方式)や、IoT向けのLTEなど、IoTデバイスに適した無線技術が提供できるようになってきました。クラウドと低コストの通信基盤、IoTデバイスによるさまざまなソリューションが利用できるようになったことで、デジタル・トランスフォーメーションを進められる環境が整ってきたといえるでしょう。

 


 そして、もう一つはビジネス面です。これからIT活用の目的が「新たなビジネスを興す」へシフトしていくと、不確定要素の多い時代背景の中で、そもそも新たなビジネスが成功するかどうか、どれだけスケールするのか、やってみなければわかりません。そうなると、まずは小さな規模でスタートしてみて、失敗の中から学びを得て、いかに早くPDCAサイクルを回していけるかが、ビジネスの成功にかかってくるわけです。ですが、これまでは新規事業を行うとなると、「メーカーに新規サーバーを発注してエンジニアを手配して、予算は今年度で○億円」……などと、莫大な設備投資が必要となっていました。それがいまでは、10人単位のプロジェクトチームからスタートして、プロトタイプをつくって、シェアオフィスを借りて、クラウドサーバーを契約して、可能性が見えたら資本を投入する。そういった「リーンスタートアップ」的なアプローチが可能になっています。これが、まさしくデジタル・トランスフォーメーションなのです。
 スマートフォンに象徴されるように、ITの進化は私たちの暮らしをすっかり変えてしまいました。スマホには手帳もカレンダーもメモ帳も、辞書も百科事典も書籍も……あらゆるものが搭載されていて、デスクには何一つ置かなくても仕事ができるようになりました。ビジネスの世界も同様です。ラップトップを支給して、G Suite(グーグルのグループウェア)かOffice365(マイクロソフトのグループウェア)などを人数分だけ従量課金制で契約して、携帯電話さえ持たせればいい。固定電話はおろか、オフィスさえ持たなくても仕事ができるようになりました。これは、スタートアップ企業に限ったことではありません。大企業や中堅企業においても、デジタルを活用して、自分たちの本業たるビジネスをもう一ランク上のステージへ上げて、他社と差別化できるかどうかが、今後マーケットで生き残るためのカギとなるのです。

顧客志向のアジャイル企画開発で
新たな価値の提供を

 もはや世の中では待ったなしの機運が高まっているにもかかわらず、なぜ日本企業において、なかなかデジタル・トランスフォーメーションが進まないのでしょうか。
 これまで「正解がわかっている」中での意思決定しかしてこなかったため、「確実に正解にたどり着けるよう綿密に検討し、アプローチする」「正解に向かって正しく設計して、正しく実行する」といった従来型のやり方から脱却し切れていない面があるのだと思います。MITメディアラボ所長を務める伊藤穰一さんがおっしゃっていましたが、正解がわからない中では、地図通りに進んでいくのではなく、コンパスを持って、だいたいの方向を探りながら進んでいくことが必要です。IT業界の先端企業、いわゆるデジタル・ディスラプター(破壊的イノベーター)は、顧客から毎日毎時毎秒、フィードバックを受けながら、瞬時にそれを分析し、サービスへ反映させていく。そういったスピード感に太刀打ちしていかなければなりません。

 KDDIはどのような形で企業のデジタル・トランスフォーメーションをサポートしているのでしょうか。
 KDDIのアジャイル開発センターが主軸となって、これまで培ってきたネットワークとクラウド、IoTのノウハウをもとに、お客様の新たなビジネス創出を手助けするソリューションサービスを提供しています。そこでカギとなるのが、アジャイル開発手法の導入です。これには、当社の過去の開発手法への反省が反映されています。
 以前は、企画チームが顧客の要望をそのまま受け取って起案し、要件定義を行って、開発へ回す。開発チームは言われた通りのものをつくる。そして運用へ回す……といった一連の流れが、半年や1年といったスパンで行われていました。ですから、企画チームはなるべく機能を詰め込もうとするし、開発は「本当にこの機能は必要だろうか」と疑問を持ちながらも、その通りに開発する。運用に回して、顧客からの不満や要望が出てきた時に、それを反映させようと思っても、また企画から始めなければなりません。本来、企画と開発、運用の3分野が一体となって、新たなサービスや機能を構築していかなければならないのに、必ずしもそうなり切れていない部分がありました。担当分野でチームが分かれていたものを、少人数の合同チームにまとめ、一緒に一つのゴールを目指すのが、いわゆるアジャイル開発の手法です。これは、究極の顧客志向型の企画開発手法だと考えています。必要最小限のものから実装し、実際にユーザーの使い勝手を確かめながら、改善を重ねていくことによって、顧客にとって本当に価値のあるサービスを提供していくことが可能となるのです。

 実際にアジャイル企画開発によって実装、実現されたサービスとしてはどういったものがありますか。
 たとえば、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の統合サーバー基盤開発があります。それまでのオンプレミス(自社運用・構築)環境をクラウドへ移行し、個々に発注や運用、保守業務を行っていたシステムを統合し、ヘルプデスクを設置して業務システムの運営業務代行とデータ解析を行うことでワークスタイル変革を支援しています。
 また、ちょっと変わり種なのは、小田急電鉄にも採用していただいている「KDDI IoTクラウド 〜トイレ空室管理〜」というサービス。個室のドアにデバイスを取り付け、アプリと連動させて、トイレの空室状況を把握できるというものです。スムーズにトイレの空室を知ることができ、利用状況のデータを分析すれば、混雑時を避けて清掃するようなスケジュールを組むことができるなど、今後のデータ活用の可能性も広がります。
 それから、千葉県市原市の小湊鉄道と共同で、運転席にカメラを取り付け、サーバーと連動させてデータ解析をし、運転手のわき見運転や居眠り運転など危険運転を防ぐ実証実験を行いました。ほかにも、IoT活用による魚の養殖の効率化や、無線技術であるLPWA活用による自動水道検針など、さまざまなサービスや実証実験が始まっています。

 顧客や社会の課題を適切に解決するための手法として、アジャイル開発を採用しているのですね。
 これは日本特有の業界構造なのですが、アメリカではITエンジニアの7割が事業者側にいるのに対し、日本ではその比率は3割に留まり、残りの7割はSIerやITベンダー側に所属しています。そのため、必然的に企業におけるデジタル・トランスフォーメーションは、我々のようなIT事業者が顧客と対話し、顧客自身の強みや課題の本質を理解して、確度を確かめながら、ともに進めていく必要があります。
 そういう意味では、我々自身もこの数年で、大きくデジタル・トランスフォーメーションを成し遂げてきました。その拠点となるアジャイル開発センターは、私が2013年にKDDIへ入社してから立ち上げたものです。最初は5、6人のメンバーを集めて、使われていない会議室を急ごしらえでプロジェクトチームのオフィスにしました。アジャイル開発の手法の一つである「スクラム」を採用し、メンバー全員にスクラムマスターの認定資格研修を受けてもらいました。実際の開発を通して、2週間のサイクルでスプリント(開発)をするやり方を徹底的に身につけました。プロダクトバックログ(優先順位のつけられた要件リスト)を取り、スプリントゴール(実装すべき目標)を設定し、デイリースクラム(毎日同じ時間にメンバーが集まるミーティング)を行って振り返りを行い、フィードバックをもとに次のスプリントへつなげる。そういったサイクルを回していくことで、プロダクトやサービスの価値を高めていくのです。
 これまでとはまったく異なる開発手法でしたから、当初は苦心したのも確かです。けれども、2週間ごとに何らかの形でアウトプットを出すことで圧倒的に開発スピードは早くなり、企画・開発・運用チーム一丸となって開発することで、よりお客様本位のアイデアをクリエイティブに実装することができるようになってきました。「本当の意味でお客様のために仕事ができる」という実感を得ると、メンバーの顔つきが変わってくるんですよ。自律的に動けるチームをつくるだけでなく、それを承認する組織を構築する必要もありました。自嘲的に言えば、当社も「意思決定の遅い大企業」だった部分もあるかもしれません。けれどもそれが大きく変わりつつあるのです。いまでは、アジャイル開発センターもオフショア含めて200人規模の組織となり、さまざまな企業や行政との共創にも取り組んでいます。お客様ご自身にも変革の醍醐味を、ぜひ実感していただきたいのです。

デジタル・トランスフォーメーション
成功のカギ

 デジタル・トランスフォーメーションを進めるパートナーとして、KDDIの独自性はどんなところにあるのでしょうか。
 多くの方には、au携帯電話のイメージが強いかもしれませんが、もとをたどれば、固定電話や国際電話、移動電話事業に始まり、日本国内のみならず、海外との通信インフラを長年にわたって構築してきました。その過程で、さまざまな顧客企業のニーズに応え、最新鋭の技術に基づいたソリューションを提供してきたわけです。そのため、これまで培ってきた技術やノウハウ、そして独自のインフラネットワークには優位性があると考えています。2017年12月には「SD−WAN」(Software Defined Wide Area Network)サービスを開始し、固定電話やモバイル通信、インターネット、閉域網を組み合わせ、それぞれのメリットを活かしたネットワークを提供しています。必ずしも自社のサービスやプロダクトにこだわらず、AWS(アマゾン ウェブ サービス:アマゾンのクラウドサービス)やGCP(グーグルクラウドプラットフォーム:グーグルのクラウドサービス)など、顧客の予算やニーズに合わせて、ベストな組み合わせを提案しています。
 また、顧客の課題に応じて、グループ会社とのパートナーシップを活用し、より解像度の高いソリューションを提供しています。2017年8月にはIoTプラットフォーム「SORACOM」を提供するソラコムを子会社化し、2018年1月には野村総合研究所(NRI)とのジョイントベンチャーとしてKDDIデジタルデザインを設立しました。NRIの戦略コンサルティング力とSI力、そしてKDDIの次世代ネットワーク・IoTプラットフォームの構築力など、双方の持つ強みを活かして、ビジネスのより上流から課題をとらえ、戦略立案から事業化、システム構築までを一貫して提供することができます。一方、より明確にやりたいこと、実現したいことが見えている企業に対しては、ソラコムのプラットフォームを活用し、最適化されたIoT通信をリーズナブルかつ安全に提供できます。また、IoTによって蓄積された膨大なデータを活用するなら、アクセンチュアとのジョイントベンチャーであるARISE analytics(アライズ アナリティクス)が、データ解析においてプレゼンスを発揮できるでしょう。
 他にも、KDDIには先端技術開発やリサーチ、マーケティング、エンジニアリングなど各分野のグループ会社があり、さまざまなパートナー企業のサービスもあります。その中から最適な組み合わせを提供しています。

 これからの時代において、デジタル・トランスフォーメーションを成功させるカギは何でしょうか。
 まずは経営層など、経営の根幹を担う人が、どれほどの覚悟を持って推進していこうとしているかだと思います。これは当社の調査によるものですが、全国の社員数300人以上の企業の社員2440人に対して、「IoTによるデータ活用に取り組まなかった場合のリスク意識」を調査したところ、全体で約8割が「リスクがある」と回答し、なかでも本部長層では約9割が「非常にリスクがある」と答えています。また、トライアルも含めて実際にIoTによるデータ活用に取り組んでいる企業は全体のおよそ2割に留まっていますが、そのうち9割以上がマネタイズの効果を感じているのです。多くの企業が危機感を共有している中で、数少ないながらも実施に踏み切っている企業は、十分にその恩恵を感じています。すでに「やるか、やらないか」を決める瀬戸際に立っているといえます。

 


 そして、デジタル・トランスフォーメーション成功のカギを握るのは、アジャイルによるスピーディで自律的な開発環境と、それを承認して任せられる組織です。そもそもスクラムという手法は、日本企業の「ワイガヤ」的な企業文化がアメリカ企業で再構築され、瞬く間に世界へ広がったものです。昔ながらのモーレツ社員のような働き方はいまの時代には適合しないでしょうが、同じチームで役職や権益を超え、膝を突き合わせてよりよいものをつくるという気概は、いまこそイノベーションを生み出す原動力になるのではないかと思います。


  1. ●企画・制作:ダイヤモンド クォータリー編集部