AIによる経営の高度化や新ビジネスに関する記事をよく目にするが、投資額を見る限り、本気で取り組んでいる日本企業はそう多くはない。よそがやっているからうちも何もしないわけにはいかない──そんな本音も透けて見える。しかし、一時のブームととらえてやり過ごすには、この革新的技術の波はあまりにも高くて激しい。安易に乗れば地面に強く打ち付けられるし、タイミングをつかめずに見送ってばかりいれば先駆企業の後ろ姿さえ見えなくなってしまう。すでに到来したAI時代は、企業経営にどんなインパクトを与えるのだろうか。

業務の仕分けが進む
「AI経営前夜」

TSUTOMU OGAWA
1997年センチュリー監査法人国際部(現あずさ監査法人)入所。自動車をはじめとする製造業、小売り、および商社など幅広い業種のグローバル企業の財務諸表監査に従事。2015年7月より次世代監査技術研究室室長に就任。同研究室では、情報システムおよび情報処理技術の高度化に対応して、企業が有する膨大なデータ(仕訳、売上データ等)に対して、データ分析およびAIを活用した監査技法を研究、導入している。

小川:AIが経営をどう変えるのかが、いま盛んに議論されています。近い将来AIが経営判断を下すようになると言う人もいれば、当面はルーチン業務の代替によるコスト削減が主だと見る人もいる。評価や期待の大きさはまちまちですが、一つ言えるのは、誰も無関心ではいられないということでしょう。
 我々の監査業界でも、ビッグデータ解析や会計の異常値を検出するシステムの活用などの本格的な検討が進んでいて、業務の効率化や高度化につながることが期待されています。
後藤:その一方で、AIが人間を支配するおそれがあるとか、仕事が奪われるのではないかといった脅威論も、根強く見られます。まさしく誰もが無関心ではいられないということなのでしょう。後から振り返れば、この1~2年は空前のAIブームの年だったと位置付けられるはずです。情報が飛び交う中で危機感を募らせた経営陣から、「うちも何かできないか考えよう」と命じられた担当者が慌てて検討する。そんな動きがあちこちの組織で見られました。

MASASHI GOTO
ボストン コンサルティング グループ、ブーズ・アンド・カンパニーなどの戦略ファームにて、約20年にわたり戦略コンサルティングに従事。2017年4月より、上席所員として慶應義塾大学SFC研究所の「AI社会共創・ラボ」に参加し、AIが経営に与える影響を組織論の視点で研究している。著書に『グローバルで勝てる組織を作る7つの鍵』(東洋経済新報社、2012年)、『グローバル人事改革の挫折と再生: 制度論で捉える組織変革』(京都大学学術出版会、2018年)などがある。

 ただ、現実にはAIが経営全体に大きなインパクトを与えるところまではいっておらず、その前段階にあると言っていいのではないでしょうか。組織の視点で、現状かなり進んできたのは「業務の仕分け」です。従来ひとかたまりで曖昧だった「Aという職業」や「Bという役割」の業務を細分化して可視化することが、AIを何に使えるか考える前提となるからです。個々の業務は代替可能性によって何段階かに分かれます。たとえば代替しやすい定型業務、人間が必要な業務、その中間のグレーゾーンなど。こうした可視化を進める圧力が、あらゆる仕事で高まっています。
 またその結果、AI以外の打ち手が有効なこともあります。定型業務では、RPA(Robotic Process Automation)やコストの低いアウトソースで費用対効果が十分に出ることもある。つまり重要なのは、AIありきではなく、人間が本当にやるべき仕事を再定義し、それに集中するための選択肢を考えることです。
小川:監査業界でも、業務の仕分けがいままさに進行中です。理由の一つは、データ分析やAIなどのテクノロジーが監査の世界に入ってきたこと。テクノロジーを活用した監査を行ううえでは、会計士もデータ分析やシステムについてある程度は理解しなければなりませんが、当然ながら限界はあるので、それぞれの分野の専門家の力が欠かせません。AIエンジニアやデータアナリストなどに任せる、ロボットやシステムに代替する、オフショア・アウトソーシングを活用するなどの振り分けが進んでいます。その結果、公認会計士がやるべき仕事が以前より鮮明になってきたように思います。
 そして、監査業界で業務仕分けが進んでいるもう一つの理由は、監査対象企業の経営そのものが大きく変化していることです。経営のグローバル化やデジタル化に伴って、会計監査人にもかつてないほど幅広い知識や情報が求められるようになってきました。各国の会計基準や各種規制のほかにも、デジタルビジネスに対する理解や、AIやブロックチェーンなどの先進技術の知識などが必要とされる場面が増えています。これらを一人の会計士がすべてカバーすることは不可能で、ここでも他分野の専門家の知見や情報が欠かせなくなっています。
 従来の監査法人は、会計士が9割を占めていて、残り1割がアシスタントなどの補佐的な業務を担当する人たちで構成されていました。パートナーを頂点とする、言わばピラミッド型の組織です。それが、他分野の専門家などが加わったことで、プロジェクトごとにメンバーが集まり、有機的につながり合うネットワーク型の組織に変わりつつあります。監査法人に限らず多くの組織で、こうした専門性の分散や組織形態の変更が進行中ではないかと思います。
 その意味で現状は、AIによる学習と判断が経営をサポートする前段階、まさに「AI経営前夜」だといえるでしょう。

仕事や収入にも
ポートフォリオが必要な時代

後藤:業務の仕分けが進むと、「仕事のパッチワーク化」が起こります。つまり、仕事の一部がなくなったりシステムに代替されて、残った業務をつぎはぎした歯抜け状態になる。それが、仕事がなくなる不安と結び付いています。
 効率化して空いた時間で、人間はより付加価値の高い新しい仕事をすればいいのですが、そのような新しい仕事を自分で定義するのは簡単ではありません。さらに言えば、すべての人がそういう仕事にすぐシフトできるわけでもない。求められる能力やスキルと、本人のそれとのギャップが、今後大きな問題となるはずです。
 ギャップの解消には、逆説的ですがデータ分析と可視化を活用するのも一つの考え方です。その領域で高い付加価値を生む人材がどう仕事をし、それがどう成果につながるのか、具体的なプロセスを徹底分析する。それを誰にでも理解できて真似しやすい手法やツールに落とし、それに基づく人材育成を強化することは有効でしょう。もちろん、そもそも高い付加価値とは何なのか、どういう領域のハイパフォーマーを参考にすべきかなどは、人間が工夫する必要があります。それでも、従来は一部の人だけが実践していた思考や行動の技術を、普通の人が学んで実践することは、ある程度は可能なはずです。
小川:会計士の中にもスキルギャップに悩んだり、マインドチェンジが求められたりする人が出てくるのは避けられないように思います。もちろん経験を積んだ会計士は、会計知識や実践を通じて培った監査人としての能力では誰にも負けないという自負を持っています。プロフェッショナルである以上は当然のことですし、そうした矜持も持てないようでは監査の質は保てません。
 ただし、監査の高度化に伴い、他分野の専門家やさまざまな立場の人材とチームを組んで監査を行う場合、それだけでは不十分です。現在でも、大企業の監査となれば数十人規模の監査チームを組みますが、会計士だけのチームとそうでないチームとでは勝手が違うのは当然で、これまでとは別のスキルや考え方が必要となってきます。多様な人材をまとめて力を引き出すインクルージョンやリーダーシップのスキルも必要だし、複雑で広範なプロジェクトを完遂させるためにはプロジェクトマネジャーとしての役割も果たさなければなりません。
後藤:そうした変化に対する受け止め方は、人によって大きく異なります。学生を見ても、二極化しているように感じます。あと30年は食べられそうな仕事があれば教えてほしいという発想の学生と、そんなものはあるはずないのだから、とにかく自分で生き残る力をつけようと考えるタイプ。変化に前向きな後者の学生は、すでに起業しているなど、早いうちから行動しています。一生安泰な会社や仕事などはなく、一方で技術を使って個人が世界を変えられる余地が広がる中、自分で切り拓くのが当然と考えているようです。
 販売員や運転手など、機械に取って代わられる仕事がいろいろといわれていますが、どれが残ってどれが淘汰されるかを予測することにそれほど意味があるとは思えません。どんな仕事もどんなスキルも価値を失う可能性がある時代を、私たちは生きているからです。大切なのは変化に適応する力で、そのためには一つの会社や一つのやり方に依存するのではなく、仕事や収入のポートフォリオを持って、状況に応じて組み替えができるようにしておくことが重要でしょう。
小川:若い世代の意識の変化は、採用活動などを通じて私も感じているところです。会計士試験の合格者がみんな、大手監査法人を目指すような時代ではありません。
 『ライフ・シフト』(東洋経済新報社)の著者であるリンダ・グラットンは、かつて教育、仕事、引退の3つのステージに分けられていた人生のステージが、長寿化によってマルチ化すると述べていますが、いまの若者たちは誰に言われるでもなく、それを予感しているように思います。生涯にわたる学習と仕事、それに仕事から離れる期間などが混ざり合い、何度も働き方や生き方を再設計する──そういう人生を、好むと好まざるとにかかわらず歩むことになる。彼らは、そうした未来を見ているのではないでしょうか。
 そんな若者たちに、「監査法人に入ってパートナーや先輩会計士の下で20年も丁稚奉公のように働けば、一人前の公認会計士になれる」と言っても、心に響くとは考えられません。このまま手をこまねいて若者の会計士離れが深刻化すれば、資本市場を支える会計監査の危機につながるおそれさえあります。
 私たちの世代が、それこそ20年、30年かけて磨いてきた職業的な勘と経験を形式知化してAIに教え込み、そのAIが数年の経験しかない若い会計士の監査業務をサポートするといった将来は、それほど遠いものではないように思います。よくいわれる「取って代わられる」といった脅威論ではなく、人間とAIがお互いの強みを発揮して弱点を補う協働の世界が実現するのではないでしょうか。

アイデンティティを
再定義する

後藤:革新的技術の導入によって、公認会計士や弁護士などのプロフェッショナルだけでなく、あらゆる職業で「何のためにその仕事はあるのか」というアイデンティティが問い直されていると、私は見ています。
 たとえば企業法務の世界では、パートナー弁護士よりも、データベースを使いこなせるアソシエートのほうが、クライアントから頼りにされる現象が見られると聞きます。膨大なデータから関連する情報を取り出すのは機械が得意とするところで、いくら優秀で経験豊富な弁護士でもかないません。人間を相手にした弁論や交渉などはともかく、その前工程では、プロよりも機械のほうが力を発揮することがあっても不思議ではないでしょう。
 個人と同様、組織のアイデンティティも再定義されることになります。たとえば、世界最高レベルの頭脳集団の名をほしいままにしてきたNASA(アメリカ航空宇宙局)も、研究内製の割合を引き下げて、オープンイノベーションを取り入れた際に、アイデンティティの見直しを迫られました。それまでのみずからが答えを出すことにこだわる「ソリューション提供者」から、世界中から優れた技術やアイデアを見つけ出す「ソリューション発見者」へと変化したのです。この時、アイデンティティの変化にうまく順応した研究者だけが、変革後に活躍できたという研究もあります。
小川:それは面白い話ですね。再定義であると同時に、組織としてのNASAも研究者個人も、原点に立ち返る必要があったのではないかと。そもそも彼らの使命は人類の未来につながるソリューションを生み出すことですから、みずからの力で開発するのか、それともオープンイノベーションを選択するのかは、本来はどちらでもいいはずです。ともすれば権威的になりがちな大組織が、自前主義を克服して外部の技術やアイデアを広く取り入れるのは簡単なことではありません。NASAがそれに成功したのは、自分たちの原点に立ち返ることができたからでしょう。
 その意味では、会計監査にも原点回帰が求められているのかもしれません。監査の目的は監査基準に則って監査を行うことではなく、財務諸表の信頼性を確保することです。いくら正しい監査手続きをしても、結果として重要な不正や誤謬が見逃されてしまえば、「監査の失敗」といわれても仕方がありません。そうした事態を防ぐためには、AIをはじめとする革新的な技術もどんどん取り入れるし、会計以外の領域の専門家ともチームを組む。監査基準に書かれていないからといって、躊躇する理由はないはずです。情報に信頼を与え、健全な経済の発展のために監査を行う。それが監査法人の組織アイデンティティであり、会計士の使命だと考えています。
後藤:企業ではいま、経営のグローバル化や技術がもたらす変化に伴って、自社のあり方を再定義する動きが目立ちます。組織が信じる軸や目的をはっきりさせることは、これまでになく重要性を増しています。
 少し飛躍した話ですが、先ほどの「業務の仕分け」が進めば、仕事の単位はこれまで以上に「人」から「業務」に移ります。いまいる社員を前提に業務領域を丸ごと任せるという考え方から、必要な業務やプロジェクトを考え、そのためのAIや人材を確保するという方向です。これは副業や兼業の浸透を追い風に、いろいろな組織で案件を少しずつ掛け持つプロジェクト型のキャリアをより一般化させる可能性があります。その時、企業は仕事のパートナーとして選ばれるために、社内外や国内外を含む多様なメンバーを惹き付け、混成チームを一体にするような、独自の意義を示す必要があります。開放型の未来組織は、それに合った開放型の「志」を具体化して持つ必要があるということかもしれません。

変わり始めた
組織のパワーバランス

後藤:私がいま関心を持っているのが、新しい技術が導入されることで新たな役割の人たちが入ってくると、組織内のパワーバランスが変わってくるのではないかということです。
 先ほどのパートナー弁護士とアソシエートの関係もそうですが、技術進化の著しい医療機関でも同じような状況が見られます。たとえば手術支援ロボットが導入されたことで、従来の外科医と、ロボット操作を補助する技師や周囲の看護師との間で、依存関係や影響力に変化が生じたという研究もあります。監査法人でもそのような傾向が見られますか。
小川:変化の兆しはありますし、むしろもっと変わっていかなければならないと考えています。私が室長を務めているあずさ監査法人の次世代監査技術研究室は約60人のメンバーで構成されますが、その内訳は、公認会計士とIT専門家、そして新たに採用したデータアナリストがそれぞれ3分の1ずつ、といったところです。そこでいつも私が言っているのは、「新しいメンバーの意見を尊重・優遇する」ということ。つまり、データアナリスト、IT専門家、公認会計士の順番です。
 たとえば、会議や普段のちょっとした打ち合わせの時にも、会計の専門用語はできるだけ使わないようにしていますし、データアナリストが会計士の話を理解し切れない場合、会計士はそれをわかってもらえるまで説明しなければなりません。たとえ監査法人であっても、誰もがわかる言葉で説明し、みんなに理解してもらう責任は、前からいる会計士の側にあるからです。
 組織が持っていなかった知を取り入れて新たな価値を生み出したいと考えているのに、前からいた人の声ばかりが目立つようでは、既存の発想や行動スタイルから抜け出すことはできません。マイノリティに配慮し、マジョリティと混じり合うことで価値が生まれるのであって、単に多様な人材を集めただけでは、期待する効果は得られないはずです。

当事者意識が
経営を進化させる

後藤:組織のあり方や個人の生き方に変化を起こし始めているAIですが、現在のような過熱したブームがいつまでも続くとは考えられません。問題は沈静化した後です。私が懸念しているのは、「やったふり」のまま終わらせてしまうことです。
 いろいろな会社のトップがAIの活用に関する発言をしていますが、実態が伴っていないケースも珍しくありません。いわゆる本音と建前の使い分けです。対外的には先進的なテーマを進めていることになっていても、中身は大して変わっていない。それは、現場がそんなものはいらない、できないと思って、うまくやり過ごしてしまうからです。そしてトップもそこに無理には突っ込まず、微妙な平穏の中で時間が過ぎる。AIの場合は、経営層に正確な知識が足りない、という別の問題もあるかもしれませんが。
 しかし、「やったふり」から得られる学びは限定的です。こうした意図せざる不実行を放置しておけば、ゆでガエル状態に陥る危険性が高く、気づいた時には、AIビジネスもデジタル経営も周回遅れになっているかもしれません。
小川:誰よりも早く実行し、多く失敗すること、そしてそこから学習することが重要で、特にデータが価値を持つ世界では、失敗に関連するデータおよびデータ分析の経験でさえ、貴重な財産となります。だから私たちもいち早く「次世代監査」を掲げて、チャレンジしてきました。監査品質を落とすことは絶対にありませんが、すべてのケースで見込んでいた効率化が実現しているわけではありません。それでもとりあえず走り出してみる。そして、走りながら考えて、必要な修正を加える。このチャレンジが、監査はもちろん、経営にも貢献すると考えています。
後藤:そうですね。ダメだったらすぐに進路を変える勇気も必要だと思います。当然痛みも伴いますが、急カーブでも90度の直角でも曲がり切ると決断して、それを実行できる組織をつくること。それができれば、たとえすぐには成功しなくても、「やったふり」ではけっして得られない学びを手に入れることができるはずです。
小川:これはもうトップだけでなく、仕事をするすべての人に課されたチャレンジなのだと思います。業種や職種に関係なく、定型的な業務や、誰かに指示された通りにこなせばいいような仕事は、近い将来、機械かアウトソーサーに代替されるでしょう。
 その時、自分の居場所がどこにあるのか不安に感じるのなら、会社をよりよく、より強くするために自分がどう貢献できるかを、それぞれの持ち場で考えて、行動するしかありません。一億総経営者と言えば大げさに聞こえるかもしれませんが、ミドルから若手まで、あらゆる層に当事者意識が求められる時代なのです。


  1. ●企画・制作:ダイヤモンドクォータリー編集部