経営哲学「京セラフィロソフィ」と独自の「アメーバ経営」をベースに事業を拡大し、一度も赤字に転落したことがない優良企業・京セラ。だが2010年代半ばには、2期連続の減収という成長屈折点に至った。
 技術力が向上した中国や台湾メーカーなどの価格攻勢や、変化の激しいデジタル時代のグローバル競争に勝ち残るには、これまでとは違う新しい闘い方と、時代に向き合うチャレンジ精神をもう一度鼓舞することが必要だった。
 2017年に社長に就任した谷本秀夫氏は、「謙虚にして驕らず」を信条とするが、みずからのミッションを担い、スピーディに施策を打ち出している。いち早く取り組んできたAIやロボティクスを本格的に展開することで「生産性倍増」に大きな手応えを得ると同時に、オープンな「協働開発」で、自社の枠に囚われない“新生アメーバ経営”を展開しつつある。
 2018年度は、売上げ1兆6000億円と、過去最高を2期連続で更新する見通しだ。懸案のソーラー(太陽光発電)事業についても、過去に結んだ材料の長期購入契約を見直し、損失を一挙に処理して構造改革に目処をつけた。こうして新たな成長ステージへと舵を切り、「2020年度に売上げ2兆円、税引前利益率15%」という高い目標に向けて、柔軟にして強靱な経営体制へと脱皮を図っている。
 現代の“経営の神様”とも称される稲盛和夫氏が創業した会社が、成長屈折点を越えて、「VUCAワールド」といわれる先の見えない不確実な時代において、新たな存在価値をどう見出し、社内外にどのような変化を起こしていきたいのか──。その実現プロセスに不可欠な意思決定(経営者としての覚悟や判断基準)についても、谷本氏は穏やかな口調で、簡潔ながらも明瞭に、自信を持って語ってくれた。

人間を大事にする経営を
肌身に染み込ませる

編集部(以下青文字):人前に出ることが苦手だったそうですね。ファインセラミックスの生産技術畑一筋というキャリアの下、執行役員になったのが2015年。それからわずか2年で、社長のバトンを託されました。「社長に」と言われた時は、どのようなお気持ちでしたか。

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1960年生まれ。1982年上智大学理工学部卒業後、京都セラミック(現京セラ)に入社。以降30年以上、セラミックの生産技術に携わる。30歳の時にはセラミック基板の新たな生産ライン構築のプロジェクトのリーダーに抜擢。その後も、携帯端末の重要部品、LEDの実装基板など、多くの事業立ち上げを担当。2014年ファインセラミック事業本部長、2015年執行役員、2016年取締役を経て、2017年4月に代表取締役社長に就任。就任早々、「2020年度に売上げ2兆円、税引前利益率15%」という高い目標を掲げ、AIやロボティクスによる生産性倍増、他企業との協働開発など次々と施策を打っている。

谷本(以下略):そんなことになるとは夢にも思っていませんでした。ただただ驚いて、最初は冗談かと思いました。でも、社長の山口(山口悟郎・現会長)がどうも真顔で言っていて(笑)、これは冗談ではないのだと気づきました。

 なぜ谷本さんが選ばれたのか、ご自身ではどのように理解されましたか。
 若い時から新しいことに挑戦するのが好きで、実際、生産ラインの立ち上げなど、新たなことをいくつもやってきました。今後はそういう積極性が必要な時代になる、と見られたのではないでしょうか。
 正直、人前に出るのはあまり好きではありませんでしたが、仲間と飲みながら語り合うのは大好きでした(笑)。事業間の連携が求められる中で、そういう部分も大事だと思われたのかもしれません。

 社長就任に当たって、稲盛和夫さん(現名誉会長)からは、どんなアドバイスがありましたか。
 「経営者として一番大切なのは人間性です。ひたすら人間性を高めなさい」と言われました。あれだけ有名で、京セラ、KDDI、JALの経営を通じて尊敬も集めているのに、とにかく「謙虚にして驕らず」を実践している。その足元にも及びませんが、私もそれを信条としています。
 我々京セラグループの社員は、入社した時からずっと創業者の稲盛がつくり上げた「京セラフィロソフィ(注1)」を、社内の研修をはじめ、書籍や稲盛の言葉をまとめた手帳などの教材で学んできました。人の意見に耳を傾け、人間を大事にする経営を肌身に染み込ませたいと思っています。

 7万人を超える巨大企業の社長は、肩にかかる重みが違います。見える景色はどう変わりましたか。
 当然、見える景色の幅は、本部長時代とは大きく違います。けれど、プレッシャーばかり感じていても仕方がありません。
 数多くある事業の実態をつかむためにできるだけ現場に行くことと、毎月1回、4日ほどかけて行う「幹部会」で集中的に各事業の状況や課題をヒアリングすること。これらを徹底したことで、全社のことを一通り理解できるようになりました。
 もちろん、問題のある事業もありますから、そこをどうするかも早急に対処しなければなりません。それぞれの事業部の責任者と議論をしながら前向きにやっていくことで、プレッシャーを跳ね除けて進んでいきたいと思います。

注1)「人間として何が正しいか」という判断基準をベースとした経営哲学。

 現在につながる大きな結節点はやはり、谷本さんが30歳の時にプロジェクトリーダーとして挑戦した「製造プロセスのイノベーション」だったかと思います。いまあらためてこの経験を振り返ると、どのような意味を持っていましたか。
 当時は、セラミック基板に大量の有機溶剤を使ってシート成形をし、それを金型で抜いて40時間ほどかけて焼成する──という工程がありました。ただ、焼成の過程でどうしても反ったりするので、そのひねりを戻すために再度焼き直しが必要でした。そのため、採算が非常に悪かったのです。
 そこで、溶剤を使わずに乾式でシート成形をするという新しい方法を考え、焼成を10分の1くらいの短時間でできるようにしました。また、それと合わせて、反りが出ることなく焼成も1回で済むという、効率的な量産ラインも構想しました。立ち上げには1年ほどかかったと思います。
 しかし、ラインを立ち上げたものの、お客様から製品に対する認定がなかなかもらえない。お客様に叱られるばかりで、半年間くらい注文がなくて困りました。何億円も投資したのに量産ラインが稼働できないのですから、本当につらかったです。
 ところがその後、さらに困ったことが起きました。製品認定を受けた途端、注文が一挙に来てしまったのです。今度は生産が追い付かなくなってしまい、またお客様に叱られました(笑)。私は技術屋ですから、技術的問題についての苦労はいといませんでしたが、この時初めて、お客様から注文をいただくことの難しさ、信頼関係を構築することの大切さを学びました。
 こうした苦労を経て、赤字だったセラミック基板事業を黒字化できたのです。

 そこでは、リーダーとしてもブレイクされたわけですね。
 技術の基礎的な部分はR&D部門と一緒に行いましたが、ライン化するに当たっては30歳の私がリーダーとなり、若手の技術者7人ほどで設備のレイアウトを検討しました。その後の製造段階では、50人くらいのメンバーを取りまとめる形で立ち上げまで持っていきました。
 技術的な苦労を乗り越え、外部との折衝から、受注、量産ライン立ち上げと、一連のプロセスすべてを経験できたことが、私にとって大きな学びになりました。当時の副社長から、「製造方法を変えることを考えろ」と言われたのが発端でしたが、若い発想に期待して思い切って任せてくれたことが、とてもありがたかったです。

 これ以降も、携帯端末の重要部品、LEDの実装基板など、多くの事業を立ち上げられています。それらを次々と可能にしたものは何ですか。
 先ほどお話ししたセラミック基板事業では、生産ラインをゼロからつくったので大変でした。もちろんその際もアメーバ経営を入れていくので、事前に生産計画をつくり、月末になると、実績との差が出た理由や背景を分析しなければなりません。ですが、最初はそれどころじゃなくて、まず人が足りるのか、設備が揃っているのかといった、基本的な計画の部分でよく失敗しました。
 計画通りにいかないことはしょっちゅうで、頭では理解しているつもりでも、実行となるとうまくいかないのです。あちこちに細かく気を配らなければ物事がうまく運ばない、それを身をもって体験していたので、新しいことを始める時には、こういうことに気をつけなければいけないとか、ここにはタフな人間を配置しようとか、そういった勘というか、コツみたいなものがだんだんわかるようになってきたのです。

アメーバ経営に不可欠な
「利他の心」

 谷本さんご自身が実感された「アメーバ経営」の利点は何でしょうか。
 アメーバ経営自体は一種の経営手法ですから、そんなに難しい理屈があるわけではありません。ただし、とにかく相当細かく見ないと、計画通りにはいかないのです。「経営を細かく見る」──これで当社は機能しているのだと思います(コラム「アメーバ経営──その経営管理システム」を参照)。
 たとえば、一つの製品において、前工程と後工程でアメーバ組織をつくるとします。最終の売り値は受注金額をベースに決まりますが、前工程と後工程がそれぞれいくらでやり取りするか、つまり、アメーバ間の売り値と買い値を決めなければなりません。アメーバは互いに独立採算型ですから、どうしても自分の利益を多くしたいというエゴが出てきます。そのエゴがぶつかると、なかなかうまくいきません。手法だけ採用しても、ダメなのです。
 そこで大事になってくるのが、稲盛がよく言う「利他の心」。つまり「京セラフィロソフィ」の大切な教えの一つです。アメーバ経営は、それがないと成り立たない仕組みになっています。

「利他の心」といっても、それを持てない人もいるのでは。
 現実は、アメーバのリーダー同士が侃々諤々と意見をぶつけて互いに説得し合うのですが、そうすることで最後は「相手のことも考えよう」となり、いいあんばいで落ち着くことになります。
 もちろん、それができずにエゴを押し通そうという人は、責任者として上に上がっていくことができません。

 アメーバ経営のよさはわかっても、実際導入するに当たってはいくつかの課題があるといわれています。先ほど谷本さんがおっしゃった通り、まず挙げられるのは「利他の心をはじめとするフィロソフィの浸透が不可欠であること」です。
 先ほど申し上げた通り、アメーバ経営は、利他の心がなければ成り立たない仕組みです。もともと京セラのフィロソフィは、「人間として何が正しいか」という考え方ですから、周囲を見渡したうえで自分を見つめ直し、常に自分に厳しくあることが求められます。その意味で、人間形成につながるといえるでしょう。

 もちろん、そうした「フィロソフィの浸透」は、京セラ本体ならば徹底できるでしょう。しかし、M&Aで傘下入りした海外グループ会社など、組織風土が異なる企業に徹底することは簡単ではありません。それをどう克服されていますか。
 まずいえるのは、企業風土が合わない会社は買収しないということです。企業風土が近い会社を選ぶ、それが大原則としてあります。
 そうは言っても、実際には多少違っていたということはあるでしょう。そういう場合に備え、新たな会社にアメーバ経営を入れる際には、京セラフィロソフィの教育を徹底的に行うのです。
 当社には、経営管理部というアメーバ経営の統括部門があって、アメーバ経営導入に際しては、そこのスタッフが必ず送り込まれることになっています。アメーバ経営の基本となる「時間当り採算表」のつくり方はもちろん、それを徹底する意味をきちんと理解してもらいます。半年ないし1年で、アメーバ経営を移植していきます。
 その一方で、京セラフィロソフィの教育は継続的に実施します。「フィロソフィ手帳」を買収先の従業員一人ひとりに配布するために、中国、英語、ベトナムなど各国語版も用意しています。
 ちなみに会長の山口は、いまも京セラフィロソフィ教育のために、国内だけでなく、海外のグループ会社へ定期的に出かけ、講話をしていますね。

 稲盛さんがつくり上げた「京セラフィロソフィ」は、海外のグループ会社でも受け入れられていますか。
 特に中国では、教えてほしいという要望がとても強いです。もしかすると稲盛は、日本より中国のほうが、人気があるかもしれません(笑)。
 中国では一時期、お金さえ儲かればいいという風潮がありましたが、やっぱりそれではダメだという認識が広がってきているようです。我々が掲げる「利他の心」とか、「人間としての正しさ」といった考えが、現地の人たちの間でも実感をもって受け止められるようになってきました。

それはアメリカでも同様です。日本と同じように、世界各地で京セラフィロソフィは受け入れられています。

【コラム】アメーバ経営──その経営管理システム

「アメーバ経営」は、京セラ創業者の稲盛和夫氏が「企業が健全に発展していくためには、誰が見ても正しい『経営哲学』と、それに基づく『経営管理システム』を確立することが不可欠である」と、みずからの実体験に基づく“統覚”(多様な経験を統合してはっきりと知覚すること)によって生まれた独自の方法論である。
「ともに苦楽を分かち合い、経営の重責を担う共同経営者がほしい」と心の底から願うようになった稲盛氏は、会社の組織を「アメーバ」と呼ばれる小さな集団(数人~数十人)に分け、それぞれ独立採算で経営を任せることで、経営者意識を持つリーダーを多数育成するだけでなく、「全従業員の力を結集する『全員参加経営』」を実現するための仕組みを編み出した。
 アメーバリーダーは、各ユニットの経営計画、実績管理、労務管理、資材発注を行い、「売上最大、経費最小」という経営の原則を追求する。その際、原価を積み上げて製品の売値を決める「原価+利益=売値」ではなく、市場価格をダイレクトに反映させるために「売値─原価=利益」という考え方をもとに、「市場に直結した部門別採算制度」を採用している。これは、生産方式の違いによって次の2つに分かれている。

(1)受注生産方式の場合(B2B)
 市場価格の変動が製造部門のアメーバの収入に直接連動するように、「顧客への売上金額=製造部門の生産金額」ととらえ、「製造部門の利益=生産金額─製造原価─営業口銭」となる。
営業部門は、生産金額に対する一定率を「営業口銭」として、製造部門から受け取り、これが「営業収入」となる。つまり、「営業部門の利益=営業収入─営業経費」となる。
製造部門を主体にしながらも、常に市場を意識させることで、製販一体となる経営を実現する狙いがある。

 

(2)汎用品販売方式の場合(B2C)
市場価格をもとに、営業と製造部門との間で決められた社内売買価格が、「製造収入」となる。したがって、「製造部門の利益=製造収入─製造原価」となる。
営業部門は市場動向を的確に把握し、販売と価格予測を行って、必要な数量を製造へ社内発注する。このため、在庫は営業が責任を負い、評価減が発生した場合は営業の負担となる。
「営業部門の利益=顧客への売上金額─売上原価─営業経費」となる。

 

 なお、アメーバ間の取引(社内売りと社内買い)も市場価格を基本に値決めされている。
 こうして、それぞれのアメーバの利益(総付加価値)が生み出されるわけだが、その収支状況をとらえるために、事業活動に要したチームメンバー全員の総労働時間で割った「時間当り採算表」が算出され、経営の効率と実態が精度高く把握できるようになっている。
 詳しくは、稲盛和夫氏の著書『アメーバ経営』(日本経済新聞社)や、京セラコミュニケーションシステムのホームページなどを参照いただきたい。

*つづき(後篇)はこちらです