デジタル・トランスフォーメーション(DX)を、IT化に留めることなく、ビジネスモデルの再構築、ビジネスプロセスの全体最適化、新規事業開発やイノベーションといった、非連続的な変革へと発展させる。また、自前主義や縦割りなど「閉ざされた」経営から抜け出し、さまざまなプレーヤーと共創し、新しい価値や競争優位を創出していく。いま日本企業には、こうした「開かれた」経営が求められている。そのためにはDXが必要十分条件である。「大企業こそDXの牽引役となるべき」と唱える東京大学大学院教授の森川博之氏と、KDDIでDXを推進してきたソリューション事業企画本部長の藤井彰人氏が、日本のDX論について意見を交わす。

大企業こそDXの牽引役

編集部(以下青文字):ピーター・ドラッカーは、「大企業には、国や政府以上に社会を変革する力がある」と考え、会社のあり方、経営者の使命について提言してきました。森川先生も、「大企業こそデジタル・トランスフォーメーション(DX)の牽引役になるべきである」と主張されています。

HIROYUKI MORIKAWA
東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻教授。東京大学工学部電子工学科卒業。1992年同大学院博士課程修了。工学博士。同大学先端科学技術研究センター教授を経て、2017年より現職。IoTやM2M(Machine to Ma-chine)、ビッグデータ、センサーネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどを研究。主な著書に『データ・ドリブン・エコノミー』(ダイヤモンド社、2019年)がある。

森川:DXを通じて、モノやサービス、社内外のリソース、従業員や顧客といったステークホルダーがつながっていく。そうして新規事業やイノベーションが生まれ、社会にダイナミズムをもたらし、既存事業も変革され、そこからまた新しい何かが萌芽する――。こうした好循環の形成には、大企業の存在が欠かせません。
 また、社会を変革・進化させるには、スタートアップの意欲や創造性だけでは足りません。やはり、全国津々浦々に広がる流通網や営業網、通信ネットワーク、多種多様な特許や知財、大規模なR&D、規制対応のノウハウ、幅広い人脈など、大企業ならではの有形無形のリソースが必要なのです。
 大企業とスタートアップ、あるいは大企業同士がより広範かつ緊密につながり、フラットに共創していくことがDXの早道であり、大企業のDXに期待しています。 
 また私は、これから「大企業によるイノベーションの時代」がやってくると考えています。イノベーションの主体は、おおよそ50年単位で変わってきました。1870年代は、トーマス・エジソンやグラハム・ベルといった個人によるイノベーションの時代。1920年代は、デュポンやゼネラルモーターズなど企業主導のイノベーション。1970年代は、主にベンチャーキャピタルによってマイクロソフトを代表とするIT企業が世界中に生まれました。そして2020年代は、大企業が主導になるだろう、と。

AKIHITO FUJII
KDDI理事、ならびにソリューション事業本部ソリューション事業企画本部長。名古屋大学工学部情報工学科卒業後、富士通に入社。その後、サン・マイクロシステムズ、グーグルを経て、2013年にKDDI入社。2018年4月より現職。2009年より情報処理推進機構(IPA)の未踏IT人材発掘・育成事業のプロジェクトマネジャーを務め、若い世代のチャレンジも支援している。

藤井:DXの目的は、単なるデジタル化やIT化を超えて、ビジネスモデルの再構築、ビジネスプロセスの全体最適化、新たな競争優位の確立など、非連続的な変化を推進・実現することにあります。
 おっしゃるように、大企業は有形無形のリソースをさまざまに抱えています。その多くはまだ内部に閉ざされていますが、事業提携や協業、オープンイノベーションなどを通じて、次第に解放されつつあります。日本の産業界にDXが広がれば、さらに加速され、共有や結合が進み、その結果として新しいビジネスモデルやイノベーションがそこかしこで生まれてくる――。期待を込めて、こう申し上げたい。

森川:私はいま地方を応援しており、自治体をはじめ、地域の商工会議所や経営者団体からお声がかかると、できる限り足を運ぶようにしています。地方の中小企業の方々とお話しすると、デジタル化やDXに興味があるものの、何をすればいいのかわからないと言うのです。大企業が地方に深く入り込み、隠れたニーズをすくい上げながらDXに取り組めば、地方でもDXが促され、ユニークな共創やイノベーションが生まれてくるのではないでしょうか。

 ドイツのインダストリー4・0では、中小企業のDXによって弾みがついたそうです。

藤井:KDDIは長年にわたって、通信プラットフォームを日本の隅々に提供する中で、さまざまな地方の中小企業とお付き合いしてきました。その経験から申し上げると、中小企業がDXに取り組むと、大きな成果が生まれやすい。
 これは弊社の営業担当者の提案から始まったのですが、節水装置メーカーと協業して、ビジネスモデルを大きく変革したケースがあります。トイレ内にセンサーを設置し、利用者が着座している時間を計測し、それに応じて水量を流し分けることにより無駄な洗浄水を削減するソリューションを開発し、月額サービスとしたのです。その結果、製品の販売だけで稼ぐ「フロー型ビジネス」から、ユーザーから定期的に対価をいただく「ストック型ビジネス」へと、みごと転換を果たしました。実は、地方には優れた技術や伸び代の大きい事業がたくさんあり、ここにデジタル技術やビジネスパートナーを加えると、一気に花開く可能性があります。

DXを推進するための
リーダーシップ

 DXは、文字通り「変革」です。その時に求められるリーダーシップは、通常のそれとは異なるはずですが、どうあるべきでしょう。

藤井:会社の業種や規模、歴史や文化などによって変わってくるでしょうから、一概に「こうあるべきだ」とは言えません。
 私もよく参考にしているのですが、INSEAD教授のエリン・メイヤー氏が開発した、組織構造と意思決定スタイルから「リーダーシップカルチャー」を類型化するマトリックスは、変革のリーダーシップを考えるうえでヒントを与えてくれるかもしれません。
 これは、縦軸に「トップダウンか、コンセンサス重視か」という意思決定スタイル、横軸に「階層型か、フラット型か」という組織構造の2軸から成っています。
 それによると、アメリカは「トップダウンでフラット」、中国は「トップダウンで階層的」、日本は「コンセンサス重視で階層的」となります。ちなみに、幸福度やジェンダーレスで高い評価を得ている北欧諸国は「コンセンサス重視でフラット」だそうです。
 いずれも一長一短あると思いますが、DXに取り組む際には、海外の成功事例をそのまま真似るのでなく、日本企業固有の組織文化や特性を踏まえたリーダーシップが効果的ではないでしょうか。

森川:DXを推進する部門には、言わば「海兵隊のような機動力」が求められるのではないでしょうか。つまり変革というリスクの高いチャレンジにも、フットワーク軽く、臨機応変に行動できる能力です。経営陣は、DXチームがそのように動けるように支援・庇護してあげなければいけません。
 加えて、DXチームには「人間力」が求められます。デジタル化が進めば進むほど、人間力というアナログの力が重要になる。特に会社の境界を超えて共創し、何か新しいものを生み出すには、対等で水平的な関係が欠かせません。大企業だから、サービスを受ける側だからといった上から目線や態度は御法度です。

藤井:価値観やバックグラウンドの異なる人たちが集まり、互いに尊重し、協力して、新たな価値を創造することが、多くの日本企業に求められています。その際、互いに対等な立場、同じ目線で取り組むことが重要ですが、そのためには、円滑で建設的なコミュニケーションが不可欠であり、そうした環境を整えるのもリーダーの仕事です。

森川:もう一つ、課題の多くは現場にあるわけですが、その解決には「カタリスト」という役割が必要です。具体的には、他部門との仲介や調整、社外のパートナーの探索や調整、社内外のリソースのマッチング、第三者の視点からのアドバイスなどを通じて、顧客価値を生み出し、ビジネスを創出する存在です。
 マサチューセッツ工科大学(MIT)と東京工業大学を比較すると、学部生、大学院生、教授の数は大差がありません。しかし、スタッフの数がまったく違うのです。MITは約1万人抱えており、まさにカタリストの役割を果たしています。教授たちが発見・開発した知見や技術、人脈などを巧みに組み合わせ、新しい価値へと落とし込んでいます。
 また、カタリストの役割を担うのは、人や組織に限りません。いろいろな人々が集まって議論したり、協働したりできる、そう、御社のKDDI DIGITAL GATEのような「場」でもいいのです。

藤井:我々も、さまざまなDXプロジェクトに取り組んできましたが、その中で得られた知見の一つに、事業や業務に関する理解と技術に関する理解の両方が要求される、というものがあります。ですが、多くの日本企業では、どちらかに偏っており、両方を理解しているところは少ない。ここを補うのが、ご指摘のカタリストかもしれません。
 手前味噌になりますが、我々には、その役割を果たしうる「KDDI本業貢献チーム」をはじめ、スタートアップと大企業をつなぐ「KDDI∞(ムゲン)Labo」、DXやアジャイル企画開発を一緒に推進する「KDDI DIGITAL GATE」といった共創の場があります。

 デジタル技術にそれほど詳しくなくても、IoTならば、小さく始めて、大きな失敗なく、早くに成果が出せる、またDXに取り組むきっかけにもなる、といわれます。

藤井:その通りです。IoTは、いままでつながっていなかったものをつなげることで、既存事業を比較的容易かつ短期間で変革し、新たな価値を生み出せます。また、クラウドや通信基盤の低コスト化、廉価なIoTデバイスなどのおかげで、リーンスタートアップのようなアプローチも可能です。
 もちろん、ここからDXへと本格的に発展させることもできます。実際、我々も、IoTプラットフォームを通じて、さまざまな企業のDXを支援したり、共創に取り組んだりしています。

森川:IoT活用では、こんなユニークな事例もあります。スペインのお笑い劇場では、入場料を無料にして、笑った回数に対して課金するというシステムに変えたのです。笑った回数のカウントには、前席に埋め込んだタブレット端末のカメラの笑顔認識機能を使いました。その結果、売上げは3割アップし、顧客満足度も向上したそうです。

「アジャイル」が
DXを加速する

 DXを実装する手法として、「アジャイル企画開発」が注目されています。

藤井:DXでは、必然的に既存事業の再構築、時には新規事業の開発を伴います。その際、「アジャイル企画開発」が効果的です。
 そもそもはソフトウェア開発の手法ですが、いまでは製品や事業、業務プロセスなどの見直しや新規開発にも使われています。仕様や設計を途中で変更したり、やり方を見直したりと、まさしく臨機応変に対処しながら進められる機動性に優れたアプローチです。
 またアジャイル企画開発は、ご存じの通り、小さく始めて、早い成功あるいは早い失敗を繰り返しながら、改善を重ねていく現場重視のアプローチです。その中で、時には非連続的な変革やイノベーションが派生する可能性もあります。
 KDDIも以前は、企画、開発、運用の各チームに分かれて、ソリューションサービスの開発・提供を行っていましたが、チーム間で齟齬が生じても、そのまま企画、開発、運営のサイクルを回していくため、お客さまのニーズを反映したサービスの開発には時間がかかっていました。
 これを少人数の合同チームにまとめ、一緒に一つのゴールを目指すのが、アジャイル企画開発です。言うまでもなく、市場はグローバルに変化しており、不確実性がいっそう高まっています。そこで、状況の変化に応じて、しかもスピーディに製品開発に取り組む必要があります。
 アジャイル企画開発は、こうした現実に応えたアプローチで、必要最小限のものから実装し、実際にユーザーの使い勝手を確かめながら、改善を重ねていくことによって、お客さまにとって本当に有益なサービスを提供することが可能になりました。
 大企業であればあるほど、組織を大きく変えることは難しいでしょう。そこで、各チームの担当者を一つの部屋に集めて、自律的な開発を促すのです。組織から切り離された小さなスタートアップを社内につくるといったイメージでしょうか。

森川:アジャイル企画開発に取り組む際、最近はPDCAサイクルではなく、「OODAループ」――Observe(観察)、Orient(状況判断、方向付け)、Decide(意思決定)、Act(行動)――が注目を集めていますね。
 OODAループは、アメリカの軍事戦略家、ジョン・ボイド氏が発明したもので、先の読めない状況で成果を出すためのツールです。もともとは軍事行動における指揮官の意思決定を対象としていましたが、製品やサービス、新規事業の開発スピードを上げるには、PDCAサイクルよりも、とにかくやってみながらOODAループを何度も回し、どんどん改善していく、と。

藤井:そのため、OODAはアジャイル企画開発と非常に相性がいい。ここに、デザインシンキングが加わると、DXのスピードと効果はいっそう高まります。

データこそ
次なる競争優位の源泉

 あらためて“Data is the new oil”(データは新しい石油)といわれているように、欧米企業は、DXを通じて利益率の高いデータドリブンなビジネスモデルへと転換を果たし、高収益経営を実現しました。

森川:私は、かねてから「リアルデータ」の重要性を指摘してきました。リアルデータとは、現場で収集された価値創造の源泉となるデータのことです。残念ながら、まだまだリアルデータが絶対的に不足しています。
 最近、インフラデータについて議論されることも多いのですが、たとえば、橋梁の老朽化を判断するのに、十分なリアルデータが揃っていないのです。山梨県の笹子トンネルで天井板落下事故があった時にも、データの重要性が認識されましたが、有識者会議で安全対策に向けたデータの利活用について提案したものの、データがなかったため、かないませんでした。
 ですから、まだデータを収集・蓄積するフェーズにあると思います。医療の世界では、コホート研究といって、現時点において病気にかかっていない人を集めて長期間観察することで、ある要因の有無が病気の発生や予防に関係しているかどうかを調査します。これと同様に、インフラについても将来にわたってデータを収集・蓄積していくべきです。なお、そのためには国や自治体の支援が必要でしょう。
 大企業も、自社事業に関するリアルデータの収集に本気で取り組むことで、次なる成長への道筋が見えてくるのではないでしょうか。その際、最初から「このデータはこのように活用する」と決め付けてしまうと、貴重な活用の機会が損なわれかねません。特にリアルデータには、思いも寄らない形で成果へとつながる可能性があります。

 自分たちしか知りえないデータの価値は、先覚的な企業ではすでに認識されています。

藤井:データの重要性については、多くの人が認識するようになりました。ただし、一口にデータの収集と言っても、企業の現場では一筋縄ではいきません。
 多くの企業では、計画があって初めて予算がもらえます。データの価値や使い道がはなからわかっていれば問題ありませんが、収集して分析してみないとはっきりしないということが少なくありません。ですから、とにかく何でも収集するというわけにはいかないのです。
 また、自分たちにとっては無価値でも、他部門や他社にとってはお宝かもしれません。あるいは、別のデータとつながることで価値が生まれてくることも考えられます。要するに、データ収集の意義やその可能性をあらかじめ予見することは難しいのです。
 しかし、こうした制約を超えて、あえて一歩踏み出すことができれば、DXはより実りあるものになり、まさしく次なる競争優位の源泉を獲得できると思います。

 DXに限らず、変革の成功には、階層や部門の壁を超えた取り組みが必要だといわれてきました。また驚いたことに、「DXを買う」という考え方のシニアマネジャーもいるようです。経営トップがDXの必要性を本気で理解しない限り、担当者だけではおのずと限界があります。

森川:DXで既存事業が変わる、新規事業やイノベーションを生み出せるといった期待の一方で、それなりに順調な既存事業も壊されてしまうのではないかといった危機感を抱いている経営者は、少なくありません。
 既存事業の成長が「知の深化」ならば、DXによる新たな事業領域の開拓は「知の探索」です。経営者の皆さんには、機会あるごとに、特に後者のチャレンジが求められていると申し上げています。そのためには、現場の人たちを動機付け、DXへと組織全体の舵を切らなければいけないわけですが、トップの本気のコミットメントが不可欠です。
 日本企業の強さは、いわゆる「現場力」にあります。現場の人たちのやる気と実行力をDXに向かわせることができれば、グローバル競争において、まだまだ日本企業に勝機はあるはずです。

藤井:DXに限らず、変革プロジェクトの大半は、概して部門横断的なため、他人事になったり、他部門について理解不足だったりするものです。また昔から、ミドルマネジャーは変革のボトルネックといわれますが、実は「チェンジエージェント」(変革の代理人)でもあります。先生のご指摘のように、DXの成功は、現場がその知的機動力を発揮できるかどうかにかかっています。ミドルマネジャーがチェンジエージェントとして機能すれば、誠に心強い存在であり、DXの成功確率は飛躍的に高まるに違いありません。
 かつて一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は、日本企業の特長として「ミドルアップ・アンド・ダウン」を指摘しました。ミドルマネジャーの方々には、DXでもトップのコミットメントを引き出す一方で、現場に変革を動機付けるという、まさに縦横無尽な行動が期待されています。このミドルアップ・アンド・ダウンを再発見することで、日本企業らしいDXが生まれてくるかもしれません。


  1. ●企画・制作:ダイヤモンド クォータリー編集部
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