AIによる「自動化」が加速している。B2Cの世界では、自動走行、レジなし店舗、機械翻訳、B2Bでは、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)、自動倉庫、無人工場、チャットボット等――。

 情報工学の第一人者である喜連川優氏は、IT黎明期から、デジタル化の重要性、データやネットワークの価値や利活用を訴えてきた。自動化についても、推進するだけでなく、現時点におけるAIの限界、想定外への対処などについてもよくよく考える必要がある、と説く。

  そして、まだ未熟なAIをもっと賢くする必要があり、そのためにはデジタルデータという燃料をもっと与えなければならず、それが、自動化はもとより、デジタル・トランスフォーメーション(DX)やオープンな共創の必要条件だと言う。

自動化の時代に
考えなければならないこと

編集部(以下青文字):自動走行をはじめ、無人レジやアマゾンゴーのようなレジなし店舗、最近ではRPAなど、AIによる自動化への取り組みが日に日に高まっています。

MASARU KITSUREGAWA
国立情報学研究所(NII)所長、東京大学生産技術研究所教授。1983年東京大学大学院博士課程修了。情報処理学会会長(2013~2015年)、日本学術会議情報学委員長(2014~2016年)などを務める。データベース工学の研究 に従事。ACM SIGMOD E. F. Codd Innovations Award、電子情報通信学会業績賞、情報処理学会功績賞、全国 発明表彰「21世紀発明賞」、C&C賞などを受賞。2013年には紫綬褒章、2016年にはレジオン・ドヌール勲章を受章。ACM、IEEE、電子情報通信学会、情報処理学会フェロー。

喜連川(以下略):まず認識しておかなければならないのは、AIはまだヨチヨチ歩きの段階であることです。このことを踏まえて申し上げると、現在の自動化は、想定内で動いている場合は極めてハッピーなのですが、想定外のことが起こった場合、それが些細なことであっても人間が対処しなければなりません。つまり、自動化、自動化といっても、まだ道半ばなのです。

 人間とAIの間には、こうした理解や解釈の隔たり、いわゆる「セマンティック・ギャップ」がいまだ存在しており、これを埋めるには、AIにもっと勉強させなければなりません。ただし、想定外にきちんと対処できるようにするのは、口で言うほど簡単ではありません。火星探査時、予期せぬ失敗から奇跡の復活を果たしたわけですが、未知の世界での復旧に対して人間の英知を結集した事例といえましょう。それをAIができるにはまだまだずいぶんと時間がかかる、と同意される方は多いのではないでしょうか。

 また、AIや自動化について語られる時、いきおい負の側面にスポットライトが当てられがちですが、技術とは使い方次第であることも再認識していただきたい。

 記憶に新しい話で言えば、ケンブリッジ・アナリティカというデータ分析会社がSNSのデータを利用して、特定の人たちの行動や考え方に介入・誘導した、という疑惑が持ち上がりました。個人情報の流出という過失に留まらず、パーソナライゼーションという宣伝のためのコア技術が、宣伝までは許容範囲でしたが、選挙への利用には違和感を生んだといえます。

 先頃、フランスのCNIL(情報処理と自由に関する国家委員会)がグーグルに5000万ユーロ(約62億円)の制裁金を科した一件が示しているように、個人情報の取り扱い、その危険性に厳しい目が向けられています。

 一方で、この技術は行動変容を促す手法と見なすこともできます。だとしますと、生活習慣を改善し、健康寿命の延伸にも一役買う可能性があるといえましょう。また、依存の防止などにも使えるかもしれません。

 AIも含め、技術そのものに善悪はなく、それを使う人間の意思に左右される、と。

 そうです。常に光と影という二面性があり、光の側面に着目し、明るい未来を描き、影に流れないように努力することに尽きます。そもそもコンピュータは、弾道計算を主たる目的として生まれましたが、その後スーパーコンピュータは、地下核実験を置き換えるのに大きな役割を果たしました。

 ITの流れを見ますと、必ずしもきれいなストーリーだけでは語れません。とはいえ、ITが圧倒的な利便性を与えたことを否定する方はおられないでしょう。AIも同じだと思います。

 さて、IoTなどの発展により、これまで見えなかったものが観測できるようになったこと、つまり、「可観測性」が著しく向上したことが肝で、従来に比べて膨大なデータが利用可能な時代になりました。これら膨大なデータとAIを融合し、いかに温もりのある社会をつくっていくのかが重要です。

 私は“Societal benefit first, commercial profit afterwards”と、常々訴えています。つまり、まず社会が受容するような温かいサービスを考えるべきであって、その中で周辺にビジネスが自然と生まれてくる、という発想です。


 

デジタルデータは
AIの燃料

 最近「データ・イズ・ザ・ニュー・オイル」といわれています。

 ずっと前からです(笑)。我々は、コンピュータが30年間で100万倍という進化を遂げ、人類が生み出すデジタル情報量が急増した現象を「情報爆発」と名付け、総勢500人の研究者が参画する文部科学省のプロジェクトを立ち上げ、人類史上初めて遭遇するデータの爆発的急増を直視しければならないと訴えました。これが2005年の時点です。アメリカで2億ドルの予算をつけた「ビッグデータ施策」が発表されたのが2012年です。いち早くデジタルデータの重要性について指摘したにもかかわらず、我が国がリードしているとはいえない状況はとても残念に感じます。

 コンピュータの基本機能とは、大まかに言うと「計算」と「記憶」の2つです。これをIT用語に置き換えると、前者はサーバー、後者はストレージです。日本のサーバーの使用量は世界と比べておおむね妥当な水準ですが、ストレージのそれは相対的に低く、伸び率もかんばしくありません。データを貯めるためにはそもそもストレージが必須ですので、この統計には意味があります。

 その理由は、日本企業の多くがデータの価値を正しく認識できていないからではないか、と思うのです。
 最近は“Data fuels AI”あるいは“Data is oil that fuels AI”といわれています。要するに「データはAIの燃料である」ととらえることが自然な時代になりました。私も、機会があるたびに、そう申し上げています。実際、多くの場合、AIアルゴリズムの改善よりも、燃料であるデータの量を増やすほうがAIのパフォーマンスに大きく貢献しています。つまり、品質の高いデータという燃料をどんどんと与えることが必須で、けちけちせずに、データインフラをリッチにすべきです。日本はやや節約気味かもしれないと憂慮しております。あちこちで、人間の職が奪われると叫ばれています。とはいえ、その中で確実に増えるのは、こうしたデータ関連の仕事だと思います。

 こうしたデータに関する「新しい現実」に適応していくには、データの価値を心底理解している必要がありますが、データというものは、自分たちが考えている価値と、自分以外の人たちが評価する価値が異なることも少なくありません。

 データの価値というものは、おっしゃるように、わかりづらい側面があります。ある目的のためにデータを収集する場合、その目的に沿って価値が規定されます。一方、そのデータが当初の目的とは異なる価値を生み出すこともしばしばあります。また、他のデータと融合させると、新しい価値が生まれてくることもよくあります。要するに、やってみないとわからないのです。

 そこで、こんなモデルはどうでしょう。我々学術機関はデータが足りない。一方、企業はデータをたくさん持っていて、実のところどんな役に立つのかわからないものもある。ならば、学術機関にデータを預けてもらい、一緒に使い回しましょう、と。そうする中で、いろいろな使い道が見えてくる。

 言い換えると、学術機関という中立的な媒介を通じて、多種多様なデータを蓄積し、これをAIに食べさせて、そこから新しい連携、発明やイノベーションを生み出そうというモデルであり、そこから新しい価値を創出しようという考えです。

 たとえば、我々は、DIAS(データ統合・解析システム)という地球環境のデータプラットフォームを長らく構築・運用しています。また、国土交通省よりXRAIN(高性能レーダ雨量計ネットワーク)からのデータをリアルタイムで受けています。当然、雨への備えに使っているわけですが、国立研究開発法人土木研究所の小池俊雄先生は、ダム操作による洪水防止に利用して、大きな成果を上げつつある。

 早稲田大学理工学術院の関根正人教授は、東京23区の下水管の満管率を計算し、アンダーパスの不通をリアルタイムに予報するシステムを構築しました。この情報は、一刻を争う救急車にとって極めて重要です。

 さらには、海洋研究開発機構(JAMSTEC)からの長期降雨予測データも利用至便が高い。農産物の予想による市場推定という生々しい応用もなくはないですが、長崎大学熱帯医学研究所の皆川昇教授は、アフリカのマラリア発生率推定に利用しています。

 このように、データプラットフォームがあれば、多くの研究者が自分の「夢」を実現しようとこぞって集まってくるのです。おそらく企業データも同じでしょう。

「SINET」という
共考共創プラットフォーム

 そのためには、オープンで民主的なプラットフォームが必要です。

 国立情報学研究所(NII)が運用するSINET(学術情報ネットワーク)をご存じですか。これは、日本全国の大学や研究機関のための情報プラットフォームに必須な超高速通信バックボーンネットワークです。2019年2月現在で、906の学術機関が加入しています。

 少々手前味噌になりますが、民間を含めて、100ギガビット毎秒という高速接続ネットワークを全都道府県で展開しているのは、このSINETしかありません。また、ヨーロッパ、南北アメリカ、アジアなど、海外の研究ネットワークとも高速でつながっています。

 加入機関が900強あって、個別のプロジェクトも数え切れないほどあり、SINETはフル活用されています。高エネルギー、スーパーコンピュータ、核融合、天文、地震や津波などの大規模自然災害といった研究活動のほか、医療データの収集・解析においてCTのような巨大画像の転送にフルに活用され、大学や学会の枠を超えた共同研究が進んでいます。また3・11以降、大学病院間の相互バックアップでも大活躍しています。

 我々は「共考共創」と言っているのですが、大学とNIIが一緒に考えて、一緒に新しいサービスを機動的につくってゆこう! みんなを友だちに! もちろん、産学連携に企業の人たちも大歓迎です。そうすると、単独では解決できなかった問題を参加者の間で一緒に考え、その解決策を生み出したり、イノベーションが創発されたりします。要するに、SINETは、共考共創のプラットフォームでもあるわけです。

 従来の産学連携を大きく超えるコラボレーションの可能性がありますね。

 その通りです。Society5・0の根幹ともいえましょう。実際、ご承知かと思いますが、Society5・0のイラストを見ると、データが新しい未来を支える基盤になっており、ここがアメリカの当初のサイバーフィジカルシステムとの大きな違いで、日本の特徴でもあります。

 さて、最近、SINETは固定網だけではなく、「モバイルSINET」というサービスを開始しました。IoTにモバイルで接続するネットワークとして、スポーツ、農業、畜産、ヘルスケアなど、多種多様なデータの収集が可能となります。

 このモバイルSINETは、5Gになれば、理論上ありとあらゆるところから画像や映像などのデータも利活用できるようになります。その結果、AIの燃料であるデータはさらに増えていくわけです。そうなれば、画期的なソリューションやイノベーションがもっと生まれてくる確率が高まります。

 しかし、デジタル化が及んでいない分野もあることも認識すべきでしょう。

 本年1月下旬、日本学術会議で私が取りまとめている分科会で「AIによる法学へのアプローチ」というシンポジウムを開催したのですが、その場で法学者が指摘したことは、日本の裁判所では裁判に関する記録や情報はデジタル化されていないものが多いということでした。紙で保存されているものは写真を撮ることができず、手で写し書きをしなくてはならないという実態でした。

 アメリカでは、当然のことながらデジタル化されており、判例がAIの燃料となっているのに対し、そもそも日本では、最初の一歩も踏み出せない状況にあり、法学者もこの状況を何とか変えてほしいと訴えていました。おそらく、ほかにもこのような分野は多々残っていると類推されます。

 デジタル化は、AIのためだけではありません。ITの変革を長いスパンで見て、この流れがいかに大きな価値を生み出してきたかを理解し、その方向性を受け止めることが必須ではないかと感じる次第です。


  1. ●聞き手・構成・まとめ|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)
  2. ●写真提供|国立情報学研究所 ●イラスト|磯 良一