他の格闘や戦闘同様、空中戦でも背後を取った者が圧倒的な優位を得る。ACM(空中戦闘機動)の力量が問われる1対1のドッグファイトゲーム(戦闘訓練)も当然、訓練であろうと実戦であろうと、背後の取り合いが繰り広げられる。このドッグファイトゲームで6年間、時間にして3000時間、無敗を誇ったのが、アメリカ空軍大佐のジョン・ボイドである。追いかけられる位置から必ず40秒以内に相手の背後を取ることから、「40秒ボイド」という二つ名が与えられた。

 このボイドこそ、最近にわかに注目を集めている「OODA」の提唱者である。朝鮮戦争において、アメリカ軍のF-86戦闘機は、ソ連軍と中国軍のMiG-15戦闘機に比べて、加速、上昇、旋回等いずれの性能でも劣っていたものの、実戦ではF-86のほうが高い戦果を上げた。ボイドは、この成果は、状況認識と意思決定、そして反応の違いと結論付け、OODAという理論を導き出した。

 このように、そもそもは戦闘パイロットのためのフレームワークだったが、その後機動戦における戦術や戦略でも利用されるようになり、いまではビジネスや政治などにも応用されている。

 VUCAといわれる予測の難しい環境では、臨機応変さやスピードといった機動力が求められるが、多くの企業では、過去の前例や流行りの分析手法などから演繹的に導き出されるPDCAアプローチが染み付いており、スタートアップやニッチ企業との競争では明らかに不利である。

 かたやOODAは、状況の不確実性や不透明性を前提に、機敏な意思決定と行動によって優位性や高いパフォーマンスを実現しうるスキルであるといわれる。それゆえ、OODAへの関心が高まっている。このフレームワークは、次の4つの行動から成る。 

 ●状況の観察(Observe) ●状況の判断(Orient) ●意思決定(Decide) ●行動(Act)

 これら一連の振る舞いだけを見ると、人間を含めた生物全般の日常的な行為にすぎない。では、その核心とは何か。その効用とは。

『OODA LOOP』(東洋経済新報社)の著者チェット・リチャードによれば、「PDCAの『チェック』のプロセス、すなわち結果を観察し、必要ならば状況を変えるという行動にOODAは相当する」という。

 また、OODA理論の構築に当たり、ボイドは、宮本武蔵をはじめ、大野耐一や新郷重夫などの著作を参考にしていることから、剣豪の臨機応変な闘い方、トヨタ生産方式の現場主義や三現主義などと通底している、という見解もある。さらには、OODAを導入することで、事業や経営に改革がもたらされ、組織やメンバーがこれまで以上に付加価値の創造に邁進するという。実際、OODAに関する書籍や記事を読むと、大企業病を乗り越えて、改革やイノベーションを促す「魔法の杖」かのように扱われているが、過去を振り返れば、このような触れ込みのビジネスジャーゴンは枚挙に暇がない。

 軍事戦略の研究家でもある野中郁次郎氏、そして現在軍事戦略に関する野中氏の共同研究者であり、元陸上自衛隊陸将補の三原光明氏に、OODAの正しい理解の仕方、OODAを知識や価値の創造へとつなげる方法論について聞く。

批判的考察から
OODAを理解する

編集部(以下青文字):ここ数年、日本でもOODAというコンセプトが注目され始めています。物の本によると、意思決定が速く、機敏に行動できる組織へと変わり、新しい付加価値、新規事業やイノベーションなどが創造されるとのことです。

左│三原氏 右│野中氏
IKUJIRO NONAKA
一橋大学名誉教授。一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール ゼロックス名誉ファカルティ・スカラー。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校にて経営学博士号(Ph. D)を取得。2002年紫綬褒章、2010年瑞宝中綬章受章。著作に、『組織と市場』(千倉書房、1974年/第17回日経・経済図書文化賞受賞)、『企業進化論』(日本経済新聞社、1985年)、『アメリカ海兵隊』(中公新書、1995年)、『知的機動力の本質』(中央公論新社、2017年)が、また主要な共著に、『失敗の本質』(ダイヤモンド社、1984年)、The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation, Oxford University Press, 1995.(邦訳『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年)、『知識創造の方法論』(東洋経済新報社、2003年)、『流れを経営する』(東洋経済新報社、2010年)、『国家経営の本質』(日本経済新聞出版社、2014年)、『史上最大の決断』(ダイヤモンド社、2014年)、『全員経営』(東洋経済新報社、2015年)、『直観の経営』(KADOKAWA、2019年)など多数。 2017年11月、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールより、史上5人目、学術研究者としては初めてとなるLifetime Achievement Award(生涯功労賞)を授与される。
KOMEI MIHARA
一橋ビジネススクール研究員。元陸上自衛隊陸将補。1981年に防衛大学校卒業(25期/野中郁次郎ゼミ)、2002年アジア太平洋安全保障カレッジ(APCSS)エグゼクティブコース卒業。2004年第一普通科連隊長(東京23区防衛警備担当)、2006年第5旅団幕僚長、2010年陸上自衛隊高等工科学校副校長兼企画室長(初代)、2013年退官(陸将補)。退官後、横浜市総務局危機管理室緊急対策担当課長を経て、2018年より現職。

野中:結論から申し上げると、OODAはあくまで個人の「状況適応能力」を開発するツールであって、経営の質を高める、ビジネスモデルを改革する、新規事業を開発する、イノベーションを生み出すなど、組織の知識創造を導き出す理論ではありません。

 すでにご承知かもしれませんが、OODAは、アメリカ空軍大佐のジョン・ボイド大佐が朝鮮戦争で戦闘機パイロットとしてソ連や中国の戦闘機と戦った直接体験から導き出した考え方です。

 この時、アメリカ軍はF-86セイバージェットという戦闘機を操り、ソ連軍のMiG-15と対峙しました。MiGは性能に優れ、上昇、加速、火力、旋回力など、あらゆる点でF-86を圧倒していました。しかし、最終的にアメリカ軍は何と10倍という桁違いの撃墜率で圧勝したのです。

 ボイドがその要因を分析したところ、パイロットの意思決定スピードが勝負を決したことを突き止めます。言われてみれば当たり前のことですが、敵が反応する前に行動できれば、相手がいくら強くても勝利できるというわけです。

 これは余談ですが、コックピットの構造の違いも大きかった。F-86のコックピットは水滴型風防という技術を採用したことで360度の視野を確保できていたのに対して、MiGのそれはもっと狭かった。また、F-86がフルパワーの油圧制御方式を採用していたこともあります。このおかげで操縦桿が軽くなり、優れた操作性を獲得しました。


 軍事組織では、敗北は死を意味するので、何より戦闘や戦争に勝利することを考えます。本来、組織というものは、適応と革新の両方に取り組むべきなのですが、軍事組織では、適応が優先されがちです。

 しかし、適応と革新をみごと両立させたのが、第二次世界大戦で日本軍を打ち破ったアメリカ海兵隊の「水陸両用作戦」です。この作戦は、陸地に向けて水上や海上から軍事力を準備・輸送・展開して攻撃することで、日米開戦の20年も前に「日本は将来我々の敵になる」と見越したうえで考案・実施されたものでした。

 私が思うに、この水陸両用作戦のように状況適応的でありながら革新的な作戦が、はたしてOODAから生まれてくるでしょうか。まず無理でしょう。なぜならOODAでは、適応から革新や創造へと発展させる、また個人から組織へと拡大させるための方法や仕組みが理論化されていないからです。結局のところ、OODAは目の前の戦いで確実に勝利を収めるための状況適応モデルにほかならない、と。

三原:敵より素早く意思決定して行動に移し、戦況の支配権を握り、戦いを有利に進めていく。野中先生が喝破されたように、これはあくまで状況への適応であって、何か新しいものを創造するプロセスとはいえません。

 ただし、やるかやられるかという戦いの場では、これは至し方ないことでもあります。目の前の状況にとにかく適応し、相手を倒し、生き抜かなければならないからです。こうした有事においては、ユニークな何か、新しい何かといった創造性の発揮を求めるのはそもそも難しい。

 前例や前年度といった過去を起点に始まるPDCAでは、状況や環境変化への適応に遅れ、競争で後手に回りかねない、だからこそOODAが効果的である、という意見についてはいかがでしょう。

野中:置かれている状況や環境にもよりますが、昨今なおざりにされている人間の身体知や主観に基づく直接体験を前提としている点は評価できます。

 PDCAが分析や計画に基づく演繹的なモデルであるのに対して、OODAの場合、まず観察という直接体験から始まる帰納的な行動です。前者が「計画ありき」のアプローチとすれば、後者は人間の身体知を駆使する「実践ありき」のアプローチといえるでしょう。それゆえ、OODAはより実践的で機動的です。

 ただし、戦争が消耗戦と機動戦に区別されるように、ビジネスも変化の穏やかな市場と変化の激しい市場があります。前者にはPDCAが、後者にはOODAが適しています。あれかこれかの二元論では見誤ってしまうでしょう。

 アメリカ海兵隊も、ベトナム戦争の後にOODAを採用しました。しかし、組織の隅々まで浸透することはありませんでした。そして現在も、海兵隊が将校向けに発行している月刊誌『マリーン・コー・ガゼット』では、OODAへの疑問も含め、さまざまな議論が交わされています。海兵隊第29代総司令官アルフレッド・グレイも、最初はOODAを評価していましたが、その後「単純すぎる」と言って、考えを翻しています。

 結局のところ、海兵隊がボイドから学習したのは、OODAそのものではなく、機動戦に関する知見でした。それは、敵が予測できない行動を素早く取って混乱に陥れ、それに乗じて敵の最も脆弱な点に兵力を集中させて圧倒するという「賢い戦い方」です。

三原:OODAを語る際、PDCAの欠点をあげつらい、もはや時代遅れかのようにうそぶく論調がありますが、それは間違っていると思います。

 平時にあっては、PDCAが立派に使えます。たとえば、交戦状態に入った戦闘機パイロットにはOODAが有効でしょうが、戦場までたどり着くまでの運航計画等は、同じ戦闘機であってもPDCAで問題ないでしょう。ましてや、旅客機のパイロットには、限られた非常時以外、OODAが必要になるとは思えません。

 野中先生がおっしゃるように、OODAは消耗戦より機動戦との相性がいい。逆にPDCAは消耗戦に必須であることも容易に想像がつくでしょう。かと言って、これら2つを別物として扱うことはできません。なぜなら、完全な消耗戦も完全な機動戦も存在しないからです。

 現実としてはこれら2つが交互に続くことが大半です。ある戦局では武器・弾薬の量などで相手を圧倒する消耗戦、別の戦局では相手の裏をかいて撹乱する機動戦というわけです。ビジネスの世界も同じはずです。つまり、状況に応じて使い分ける必要があるのです。

アジャイル開発とは別物

 機動性や俊敏性を高める効果があることから、こちらも最近注目度の高い「アジャイル開発」は、OODAと共通するところが多い、あるいはOODAとほぼ同義であるともいわれます。

野中:そうした主張についても、私は眉に唾しています。アジャイルとは「俊敏な」「敏捷な」という意味です。自動車メーカーを含め、多くの製造業では、短期間でプロトタイプを開発するや否や、ユーザーからフィードバックを集めて、すぐさまそれを反映・改良していくというアジャイル開発を採用し始めていますが、もともとは日本企業のソフトウェア開発の手法のことです。

 この手法について、竹内弘高氏と私は1986年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌で発表したのですが注)、その冒頭、アメフト用語を交え“Moving the scrum down field”(スクラムを組んで相手の陣地へ攻め込む)という見出しを立てました。
注)Ikujiro Nonaka and Hirotaka Takeuchi, “The New New Product Development Game,” Harvard Business Review, January-February 1986.

 そして、この我々の論文にヒントを得て、「アジャイル・スクラム」という製品開発手法へと発展させたのが、アメリカ人のジェフ・サザーランドです。ちなみに、彼はベトナム戦争の時、パイロットとして従軍した経験の持ち主です。

 OODAとの違いを理解していただくために、アジャイル開発について簡単に説明すると、まず、分析、設計、実装、テストの各工程のエンジニアがチームを組みます。この部門横断チームが開発を推進していきます。そして、実現すべき機能について優先順位をつけたリストを作成する一方、短期間でベータ版を用意する。これを顧客やユーザーに試してもらい、そのフィードバックに基づいて修正を施す。各機能についてこのプロセスを同時並行で実施し、完成させていく。このように複数のプロセスを同時進行させるアジャイル開発は、従来のウォーターフォール型に比べて、2倍の業務量を2分の1の時間で処理できるといわれています。

 アジャイル開発にもOODAにも俊敏性や臨機応変さが求められるとはいえ、同じ文脈で語ったり同等に扱ったりするのは、まったく牽強付会というものです。ソフトウェア開発というのは創造的行為です。しかし、先ほども申し上げたように、OODAには創造を生み出す仕組みが入っていません。

 ちなみに、サザーランドも戦闘機パイロットだったこともあり、アジャイル・スクラムを考案するに当たり、OODAを参照したそうです。しかし、その理論体系に疑問を感じ、のちほどお話ししますが、我々のSECIモデルを参考にしています。

OODAには、改革やイノベーションといった「創造の産物」が生まれてくる理屈がきちんと説明されていない、ということでしょうか。

野中:そうです。OODAの中で理論的に脆弱であり、さまざまな誤解や拡大解釈を招いている原因こそ、「ビッグO」と呼ばれる2番目のO、すなわち“Orientation”(状況の判断)です。

 それを構成する5つの要素、「文化的伝統」「受け継がれた特質」「新しい情報」「過去の経験」「分析・統合」が示されていますが、その具体的な中身も、それぞれの関係性も定義されておらず、まったく曖昧模糊としています(図表「OODAループ」を参照)。

 我々のボキャブラリーで言えば、ここは「暗黙知」です。ボイド自身、暗黙知という概念を唱えた科学哲学者マイケル・ポランニーの著作を読んでいたそうですが、正しい理解には至らなかったのかもしれません。

 OODAはやはり未完成なモデルと言わざるをえません。実際、ボイドはOODAの概要をパワーポイントにまとめただけで、ちゃんとした理論書を著すことなく、1997年に亡くなりました。いま上梓されている解説書は、ボイドの周辺にいた関係者たちが残された資料や生前の講演などを頼りに、独自の視点や問題意識から書き上げたものであって、ボイド本人の考えとは隔たりがある可能性が大きいと思います。

陸上自衛隊は
カスタマイズして導入

三原:実は、日本の陸上自衛隊も、OODAの導入を試みました。そのプロセスに、私も深く関わっていましたが、実際の導入を検討するに当たり、やはり暗黙知に相当するビッグO(状況の判断)が具体的に定義できませんでした。

 侃々諤々の議論の末、最終的に最初のO(観察)と合わせて「I」(information)として大きく括り、OODAを「IDA」というものにつくり変えました。すなわち、敵に関する情報をいち早く把握し、その分析に基づいて対応を考え、次の行動を決定し、実践する、というサイクルです。このIDAは、迅速な意思決定に向けた行動指針として、いまでも陸上自衛隊の戦術作戦・戦闘教範『野外令』に記載されています。

 陸上自衛隊では、なぜOODAを、いやIDAを導入したのですか。

三原:その最大の理由は、戦闘の性格が大きく変わったこと、より具体的に申し上げれば、市街戦が避けられなくなったことにあります。そこでは、狭くて入り組んだ市街地に敵と味方が混在し、どれが敵なのか味方なのか、市民なのか暴徒なのか、正しく見分けるのが極めて難しい。しかも、ベトナム戦争のようなゲリラ戦同様、市街地は規模が相対的に小さいとはいえ、死角が多く複雑です。そこでは、隊員一人ひとりが適宜、適切な判断を下せなければなりません。ですから、OODAを学ぶ必要があるのです。

 陸自時代の私の経験をお話しすると、東京の練馬駐屯地で連隊長を務めていたことがあります。連隊では演習が付き物です。演習にはいくつかの種類があり、大まかに言えば、実技とコンピュータ・シミュレーションに分かれます。後者のシミュレーションにも3種類あるのですが、その一つに「コンストラクティブ・シミュレーション」という、連隊と連隊を地図上で戦わせる「兵棋演習」があります。

 戦うといっても隊員相互の戦いではなくて、連隊を率いる司令部と司令部の頭脳戦です。その際、作戦を地図に落とした「作戦図」と、戦況を表す「状況図」をつくります。またこれら2つの図のほかに、私が連隊長の時には、陸上自衛隊では通常つくらない、自分たちはこうなるべきだという未来を描く、未来図を独自に作成しました。

 こうした対抗兵棋演習では、隊を動かすと、状況図が刻々と変わっていきます。どちらが優勢かは本部にあるコンピュータが判断します。『信長の野望』など戦国時代を舞台にしたシミュレーションゲームを思い浮かべていただければよろしいかと思います。

 ある時、この演習でIDAサイクルを意識的に試してみました。それまでは、未来図にたどり着くまでの計画をつくり、それに従って隊員を動かし、相手の動きを確認しながら、次の打ち手を考えるという戦い方をしてきました。おわかりのようにPDCAです。

 この時は、計画の部分を飛ばして、未来図に近づくための行動だけを次々に実施してみました。言い換えると、IDAサイクルを回転させ、敵を我々のIDAサイクルに陥れることを企てたのです。効果はてきめんでした。敵を混乱させ、引っかき回すことに難なく成功しました。言い換えれば、我々の思うように敵を動かすことができたのです。

 また、敵もIDAを使ってきた場合でも、こちらが敵よりもIDAサイクルを多く回せれば、敵がいくら必死に食らいついてきても、我々はさらにその先を行っているわけですから、結局のところ、敵は引きずられ、首尾よく勝利を収めることができました。このIDAサイクルは、陸上自衛隊では、指揮官だけではなく、それこそ最下層の2等陸士にも教え込まれています。

 では、OODAの特長とは何か。私の理解では、O・O・D・Aという個々の動作を一連のループとして回転させるところです。このループを何度も何度も回すことで相手をこの回転に巻き込み撹乱しマヒさせる、というのが何より重要なメッセージだと思います。

 この回転の中で、たしかに「機を見るに敏」という能力が涵養されていくでしょう。ただし、そのような能力を備えた個人を多数揃えたからといって、それが戦闘や競争に勝利することを保証するわけではありません。

 私の経験で申し上げると、OODAがうまく機能するのは、どんなに頑張っても20人程度の小隊まででしょう。100~200人規模の中隊では難しい。1万人を超える師団ではまず無理です。このような大部隊に瞬時の対応は難しく、OODAはやはり個人が戦う戦闘機パイロットのためのフレームワークなのです。

 ボイドはOODAを考案するに当たり、無敗の剣術家、宮本武蔵の『五輪書』を研究したといわれています。剣士もパイロットも「1人で戦う」という意味で同じですから、ボイドにすれば得るところがたくさんあったことでしょう。そういえば、無敵の武蔵も、兵を率いて臨んだ島原の乱では手痛い敗北を食らっています。組織を指揮して勝つ武将ではなかったのです。

すべては「共感」から始まる

野中:もう一つ指摘しておきたいことがあります。ボイドも「敵の身になって考えるべきだ」と言っていますが、OODAの最初のOである“observe”(観察)という表現では、相手の立場で考える必要性は伝わりません。たとえば、“encounter”(遭遇)と表現すれば、もう少し伝わるかもしれません。私ならば、さしずめ“empathy”(共感)という語彙を使います。

 敵に共感するとは、敵の立場になって考えるということですか。

野中:アメリカ海兵隊のドクトリン(哲学)を記した『ウォーファイティング』の「敵情判断」という項に、こんな一節があります。

「敵の思考プロセスに入り込み、敵が自分自身を見るように、敵を見る努力をすべきである。そうすることで敵を敗北に陥れることが可能になる。つまり、敵の立場に我が身を置いて敵を理解することが重要である。どの敵も我々と同じように考え、同じように戦い、あるいは同じ価値や目的を持っていると決めてかかるべきではない」

 加えて、現象学が教えるところでは、他者との出会いを通じて、相手と向き合い、そこで共感が生まれて、初めて人間は物事への意味付けや価値付けを行うことが可能になる。翻せば、完全に他者から孤立した個人から、新たな意味や価値は生まれてこないのです。

 敵であっても共感することがいかに重要かを物語る2つのエピソードをご紹介します。国防長官として、ジョン・F・ケネディとリンドン・ジョンソンの2人の大統領に仕え、キューバ危機への対応をはじめ、ベトナム戦争では政治面でも軍事面でも参謀であったロバート・マクナマラという人物はご記憶でしょうか。

 ハーバード・ビジネス・スクールに学び、フォード・モーターの社長を務めた人ですね。ピューリッツアー賞を受賞した『覇者の奢り』(日本放送出版協会)では、MBAホルダーで固められた「マクナマラの使徒たち」の分析主義が批判されました。

野中:そのマクナマラがみずからの過去を振り返った『フォッグ・オブ・ウォー:マクナマラ元米国防長官の告白』というドキュメンタリー映画があります。2003年のアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、日本では2004年に公開されました。

 1962年、ソ連のキューバへの弾道ミサイルの搬入をめぐって、アメリカとソ連が対立します。いわゆるキューバ危機です。この時、ケネディはソ連のニキータ・フルシチョフ首相と書簡をやり取りするなど、相手の真意がどこにあるのかを徹底的に探りました。その結果、フルシチョフにとって最高のシナリオは「フィデル・カストロの危機を救ったのは自分である」とソ連の国民に示すことだとわかったのです。

 キューバ海域を海上封鎖するという強行策に傾いていたケネディも、それを知ったことで態度を軟化させ、「アメリカがキューバに侵攻しないと約束すればミサイルを撤去する」というソ連の提案を受け入れ、これをソ連側に伝えました。こうして約束通り、キューバからミサイルが撤去され、あわや核戦争の勃発という最悪の事態を免れることができたのです。

 ところが、その後のベトナム戦争では、アメリカは対応を見誤ります。対ソ連のように、相手に共感し、その立場に立つという視点を、ベトナム戦争ではなおざりにしてしまった。ジョンソンやマクナマラをはじめ、アメリカの政治家や軍関係者の頭を支配していたのは、戦略上重要な国が共産主義化すれば、その周辺諸国も早晩共産主義化してしまうという「ドミノ理論」でした。

 なぜアジアの小国が何ら臆することなく世界一の強国に挑んでくるのか、疑問を抱くことができなかった。言い換えれば、ベトナム国民の身になって彼らの行動を考えることができなかったのです。

 ベトナムはアメリカを旧宗主国のフランスと同視していました。母国を植民地化し、支配しようとしていると見たのです。アメリカにすれば、ベトナム戦争はソ連との冷戦の一環だったわけですが、ベトナムにすれば、民族の誇りを賭けた独立戦争だったのです。マクナマラはベトナム戦争を振り返って、こう述べています。「敵に感情移入せよ」と。

OODAは
知識創造モデルではない

野中:先ほど申し上げたように、計画よりも実践ありきという点で、OODAは我々のSECI(知識創造)モデルと共通するところがあります。だからなのか、ビッグOを創造の起点と考えている人が少なくありません。

 ただし、人間が外界の何かに意識や注意を向ける能力、すなわち「志向性」(intentionality)を鍛えるならば、OODAはその一助となるでしょう。志向性が強化されることで、ダイナミックな主観的現実、すなわち「アクチュアリティ」(actuality)――リアリティ(reality)はスタティックな客観的現実です――を直観的に感じ取る力もおのずと高まっていきます。

 それは、知識創造のカギを握る「本質直観」へとつながっていきます。本質直観とは、たえず変化する状況や環境のただ中にあって、多くの類似性や差異性から「これとしか言いようがない」という唯一の同一性に綜合するプロセスです。SECIモデルでいえば、状況に応じて部分と全体をダイナミックかつ暗黙的に統合する作業、あるいは最も適切に説明しうる仮説を導き出すアブダクション(仮説推論)に相当します。

三原:戦闘機の空中戦や宮本武蔵と吉岡一門との決闘などの例えで、OODAがいかに効果的で、組織の知識創造能力やイノベーション能力が向上すると語るのは、かなり無理があるように思います。

 陸上自衛隊がOODAをIDA、つまり情報という言葉に置き換えた意味を一度考えてみてください。それは、野中先生がOODAは個人の状況適応モデルと指摘されたように、観察して目に入ってきた状況に関する情報に対処・適応するということなのです。それは、あくまでも情報処理であって知識創造ではありません。たしかに、状況の情報から独自の対応や戦術が思い浮かぶ優秀な兵士もいるかもしれませんが、それはOODAがもたらしたものではなく、あくまで属人的な能力なのです。

野中:ここで一度、SECIモデルを簡単におさらいすると、まず他者との共感から始まります。つまり「共同化」(Socialization)です。ここで、個人の思い、直感、ひらめき、ノウハウといった暗黙知を共有し、新たな暗黙知が生まれます。

 このように相手の視点に入り込み、互いの主観に基づく対話を通じて、概念やチャート、仮説などにつくり上げ、形式知へと変換します。これが「表出化」(Externalization)です。

 こうした形式知を組み合わせ、組織レベルの物語や理論に体系化させるのが「連結化」(Combination)で、このプロセスを経て、「内面化」(Internalization)へと移ります。ここでは、連結化で生まれた物語や理論を実践し、新たな価値を創造するとともに、その過程で新たな暗黙知が生まれ、個人や集団、組織の中に取り込まれていきます。そして、SECIを回転させることで、組織の知識創造活動はスパイラルアップで向上していく。

 以上のように、SECIには創造の仕組みがビルトインされています。端的に申し上げれば、暗黙知と形式知の相互変換が知識創造の本質です。その相互転換のスパイラルを回していくのがリーダーの役割であり、そのためのリーダーシップを、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが唱えたフロネシス(賢慮、実践知)の考え方に基づいて、次のような6条件に落とし込みました。

   ●「善い」目的をつくる能力(何が善いことかがわかる)
   ●ありのままの現実を直観する能力(現実の背景や事象のつながりなど、物事の本質的要因を察知できる)
   ●場をタイムリーにつくる能力(他者と文脈を共有し、共通感覚を醸成できる)
   ●直観の本質を物語る能力(直観によって察知した物事の本質を概念化したり物語化できる)
   ●物語を実現する政治力(善に向かって、概念や物語を実現できる)
   ●実践知を組織化する能力(賢慮が備わった人材を育成できる)

 現実の問題は複雑かつダイナミックで、およそハウツーでは解決できません。そこで、リベラルアーツを学んだり、デザイン思考を身につけたりすべきだといわれています。しかし、学ぶこと自体が目的になっている人が少なくありません。それでは、つまるところハウツーに回収されていくだけです。OODAの場合、誤解や拡大解釈が横行していますから、なおさらその危険性がある。

 そうならないためにも、「知識を創造するとは何か」について徹底的に考え抜き、またどのように実践するかについても試行錯誤していただきたい。


  1. ●聞き手|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部) ●構成・まとめ|荻野進介、岩崎卓也
  2. ●撮影|朝倉祐三子 ●イラスト|モトムラタツヒコ