AIバブルの行く末を危惧する声は多いが、目的と手段を取り違えない限り、「使えるAI」は実現する。なかでもルールに基づき、秩序立ってロジカルに判断し処理する領域も多い会計監査は、AIやロボットとの相性がよい。

 では、AI監査の目的とは何か。あずさ監査法人では、「社会・経営に資するインサイトを導き出す」ことだととらえている。企業活動のすべてをカバーする会計監査だけに、その効果はガバナンス向上に留まらず、課題をいち早く解決して、強みに転換することにもつながる。

 それゆえ経営者には、AI監査に期待すると同時に、コミットして監査を活用していくという意識を持ってほしい。

プロフェッショナリズムの
原点に立ち戻る

編集部(以下青文字):「会社の存続に関わるような不正を見逃すならば、何のための監査か」というのが、監査法人に対する率直な世論です。社会の期待にどのように応えていきますか。

HIROYUKI TAKANAMI
あずさ監査法人理事長。1984年に入社。1992年より5年間、ニューヨークオフィスに赴任後、2008年に本部理事に。金融危機の時代には、大手メガバンクを中心に金融機関の監査責任者を務めた後、パブリックセクター所管の事業部長として郵政民営化に関与。その後、金融事業部長に就任。さらに、ファイナンシャルサービス担当専務理事、アドバイザリー担当専務理事を経て、2014年にはKPMGコンサルティングを設立し、初代社長を兼務。2017年に専務理事執行統轄兼東京事務所長を経て、2019年7月に理事長に就任。

髙波(以下略):最初に申し上げたいのは、我々も役割論に終始するつもりはないということです。たしかに長い間、財務諸表の適正性に関して意見を表明することが会計監査人の仕事であり、不正発見は副次的な役割にすぎないとされてきました。しかし、重大な不正が相次いで発覚したことで、監査法人に対する社会の信頼は大きく揺らぎ、存在意義が問われている。この事実から目を背けることは許されません。

 その意味で、我々はスペシャリストであることに満足せず、プロフェッショナルでなければならないと考えています。両者の最大の違いは、「現実に対峙する姿勢」でしょう。スペシャリストはルールに精通しており、それに則って物事を正しく処理することができます。

 ただし、ルールは現実に後れを取るものです。まず初めに新しい技術の誕生や普及、社会環境の変化があって、それに対応する法律や規制がつくられる。この構図はいつの時代も変わりません。事業規模の拡大や不正手口の高度化により、従来のルールや手続きでは追い付かなくなっている理由の一つも、ここにあります。

 しかし、我々はスペシャリストであると同時に、重要な仕事を社会から付託されたプロフェッショナルでもあります。そうである以上、必要であればルールで定められた職業上の義務を超えて、みずからの洞察と判断を持って現実に向き合わなければなりません。
 監査法人に厳しい目が向けられていることは、十分に承知しています。我々は、役割論を超えて、社会の期待に応えていく覚悟があります。

 デジタルテクノロジーには、知識や情報のコモディティ化を加速する側面があります。プロフェッショナルの集団である監査法人は、コモディティ化がさらに加速するAI時代にどのような価値をクライアントに提供していくことができますか。

 一つは「ガバナンスの高度化」です。たとえばAI監査を導入すれば、これまでは難しかった小さな不正も発見できる可能性が高まります。

 これまでの監査では、限られた監査リソースを有効活用するために、リスクが特に高い領域や、いったんリスクが顕在化すると重大な影響を及ぼす主要事業を、重点的にチェックするという手法を取ってきました。しかし実際には、本社から遠く離れた海外子会社やノンコア事業が、不正の舞台となるケースが少なくありません。

 特に頭が痛いのが、海外子会社のガバナンスの問題です。クロスボーダーM&Aなどで急速に経営のグローバル化が進んだ結果、本社の統制が利かず、大小さまざまな不正が頻発しています。

 たとえ一つひとつの損害額はそれほど大きくなくても、投資家は内部統制に不備があること自体を問題視するので、影響はけっして小さくありません。海外子会社を舞台にした不正会計事件が報道されるたびに、「うちは大丈夫か」と不安を覚える経営者も少なくないのではないでしょうか。

 AI監査は、こうした不安を解消する可能性があります。AIを用いて全グループ会社のすべての取引データをリアルタイムで把握して分析ツールにかけることで、異常な兆候がないかどうかをいち早く発見できるようになります。

 これはまさに人間ドックと同じで、重大な病気が進行する前に問題を発見して手を打てば、命に関わる事態を回避できるし、何より会社全体をより深く理解することができるので、大きな安心感が得られる。投資家も、それはきっと同じでしょう。

AI監査の目的は
不正発見だけではない

 投資家はもとより、企業ももっとAIを活用したデジタル監査に期待していいということですね。そのほかには、どのような可能性が考えられますか。

 データが蓄積されて将来予測の精度が向上すれば、経営者の見積もりが正しいかどうか、その合理性をより客観的に判断できるようになります。

 その結果、「将来収益の信頼性に対する一定のアシュアランス(保証)」も可能になるかもしれません。会計上、将来的に発生が見込まれる「損失」についてはその額を引当計上しなければなりませんが、将来的な「収益」を先行計上することはできません。そのため、債務超過に陥った企業が、債務超過解消という理由で収益性の高い事業を売却する、といったことが起きてしまいます。

 しかし仮に、第三者である監査法人が、予測された将来収益を一定の合理的な水準で保証することができれば、それを根拠に企業は資金調達ができる可能性があり、キャッシュフローは改善します。みすみすキャッシュカウを手放す必要はないのです。

 また、我々のメンバーファームを含めて考えれば、現在は環境と社会関連に限定されている「統合報告書の第三者保証」の対象拡大も視野に入ってくるでしょう。単に実績値をチェックするのではなく、たとえばマテリアリティ(重要課題)やリスクについて、どのような策定プロセスを経たのか、ステークホルダーの評価はきちんと反映されているのか、そもそも本当に重要なのかどうかといったことを、公正な第三者である我々が評価、保証するのです。

 こうした保証業務を高い専門性を持ってグローバルに一貫して提供できる存在は、民間組織ではかなり限られるはずです。その意味で、監査法人とそれを母体とするプロフェッショナルファームの存在価値の根幹は、「アシュアする力」にあると言っても過言ではないでしょう。

 経営者の中には、AIで監査をするというと丸裸にされるようで抵抗を感じる方もいるかもしれません。しかし、企業にとってAI監査の意義は、不正の発見に留まりません。仕組みとデータの両方を精緻に見ることで、課題をいち早く解決して強みに転換できる。とらえ方次第で、企業経営そのものを変えるインパクトを持っています。

経営に役立つ
インサイトを生み出す

 一口にAI監査と言っても、人によってとらえ方に幅があります。あれもこれも可能だという意見もあれば、過度な期待は禁物だという人もいます。あずさ監査法人が掲げているAI監査のコンセプトとは、どのようなものでしょうか。

 まず明確にしておきたいのは、AI監査そのものが目的ではないということです。たしかにAIをはじめとするデジタルテクノロジーの活用は、会計監査のアプローチを根本的に変える可能性があります。

 その一方で、会計監査の意義そのものに何ら変わりはありません。すなわち、財務諸表の適正性を保証すると同時に、その過程で得られた情報や発見を伝えて経営の高度化につなげることです。AIもビッグデータも、そのためのツールにすぎません。

 そのうえで申し上げれば、あずさ監査法人では、網羅的監査(Comprehensive Audit)、一元的監査(Centralized Audit)、リアルタイム監査(Continuous Audit)の3つの手法でAI監査を推し進めていきます(図表「あずさ監査法人のAI監査:3C×Insights」を参照)。いずれも企業が直面する課題に直接的に応えるもので、デジタルテクノロジーなしでは実現しません。

 ただし、ここで一つの疑問が生じます。システム構築ができてデータ分析力さえあれば、法律上はともかく実質的には、監査法人でなくても会計監査が行えてしまうのではないかという疑問です。しかし、結論から申し上げれば、そうした未来はおそらくやってこないでしょう。

 たとえば異常な取引を発見しても、それが何を意味するのか、背景にどのような問題が隠されているのかを見抜いて、次にどういう行動を起こすべきかを判断するためには、経験を積んだ公認会計士や監査法人ならではのリスク感性や、経営改善につなげていく視点が欠かせません。問題の本質を見抜く、言わば「直観力」です。

 経営の世界でもこのところ、「データドリブンが標榜される時代だからこそ、ある局面において経営者は自分の直観を信じなければならない」ということが、盛んに言われるようになっています。

 監査も同様です。同じデータ、同じシステムを用いても、そこから導き出される答えはけっして、まったく同じものになるわけではありません。多様な選択肢があるからこそ、そこに人間が関わる意味があるのです。

 ちなみに「直観」というのは、単なるひらめきや思い付きを表す「直感」とは異なります。蓄積された経験をベースに、物事の本質をとらえ、瞬時に最善の答えを見出す力のことです。

 実際、理化学研究所によるfMRIを用いた脳科学実験では、プロ棋士にはそうした直観的思考回路が存在していることが証明されています。熟練者には特有の脳の動きが認められ、最適な次の一手を瞬時で導き出すことができるそうです。

 ルールが明確で範囲が限定されている将棋の世界ではAIが人間に勝利していますが、人間の判断や感情に常に最適解があるわけではありません。経営も監査も、不合理な行動を取ったり、時にはルールを逸脱したりしてしまう人間を相手にする以上、そこで物を言うのは、創造性や信頼性を左右する「洞察力」です。

 いずれも鍛錬と経験を重ねることでしか獲得できないものであり、まさにそこに我々の強みがあります。求められているのは社会に対する価値であり、その具体例として、経営の意思決定を支えるインサイトをどれだけ生み出すことができるかということ。そのための手段として、AI監査を最大限に活用していきます。

未来への投資を
怠ってはならない

 AI監査を広く実現するうえでの課題を、どのようにとらえていますか。

 第一に「データインフラの整備」が挙げられます。デジタルテクノロジーを活用するためには、データの標準化とシステムの集約化が不可欠ですが、これが実現している企業は日本では少ないのが現状です。

 ERP(Enterprise Resource Planning)システムは導入済みで、一見するとデータの標準化・集約化が達成されているようでも、グループ内で別のシステムを使っていたり、同じシステムでもカスタマイズを重ねた結果、連携が取れないといったケースが珍しくありません。

 しかし、より重要かつ難しいのは「データ活用に関するコンセンサスの形成」でしょう。たとえば企業の壁を超えてデータ共有が進めば、監査の質はさらに向上するし、より深みのあるインサイトを経営に提供できるようにもなります。

 ただ、データ共有に対する抵抗感は根強く、技術的には事業者を特定できないようにすることは十分可能だと説明しても、なかなか賛同を得られません。

 もちろん、何としても社内に留めて、守らなければならないデータもあるでしょう。しかし、そうでないものも一様に抱え込んでしまうのが問題です。共有できるものは共有して、さまざまなデータを組み合わせることで新しい価値が生まれます。過度に慎重な姿勢は個々の企業や産業に留まらず、国家としても大きな損失につながりかねません。

 日本人は小さな変化には器用に順応できるのに、大きな変化に対応できないといわれます。これ以上世界に引き離されないためには、議論を深めて社会的な理解を醸成していく必要があります。

 企業にとっては、「データ標準化とシステムの集約化にかかるコスト」の大きさも問題です。

 具体的なメリットが見えなければ、投資に踏み切れないのも当然でしょう。そこで、効果を実感してもらえる機会を設けることにしました。

 データサイエンティスト、セキュリティエンジニアなどの専門家を擁するグループ企業KPMG Ignition Tokyoでは、クライアント企業に実際のデータの一部を提供してもらい、そこからどんなインサイトが導き出せるのかを体験してもらっています。

 そのインサイトには、あずさ監査法人内に新設されたDigital Innovation部が提供するツールを活用します。たとえば「子会社リスクスコアリング」では、統計手法などを用いて子会社財務データを全量分析し、リスクを数値化することで、客観的に各社の不正の兆候や異常な動きを特定します。

 そのほかにも、業務プロセスを見える化する「プロセスマイニング」などのさまざまなツールを通じて、データ活用がどのようにガバナンスの高度化につながるのかを実感していただいています。

 こういうことがわかるなら、もう少し別のデータを出してもいいというクライアントも増えそうです。

 その通りです。実際にそういう声は多く、パイロットレベルではありますが、すでに15社ほどに、リアルタイム監査基盤「クララ」を導入いただきました。

 企業にとって監査は、投資家の信頼を確保すると同時に、組織をより強くするためのものです。それゆえ経営者には、「未来への投資」としてAI監査に積極的にコミットしていただきたい。我々もクライアントの課題や不安と向き合いながら、導入を支援していきます。

多様な人材が刺激し合い
イノベーションが生まれる

 いま、多くの日本企業ではAI人材の不足が深刻化しています。ただし、事業を牽引してきた内部のコア人材が、これまでとは別のスキルやマインドセットを身につけない限り、外からいくらタレントを獲得しても、経営にインパクトをもたらすことは難しいと思われます。
 ちなみに監査法人としては、この問題にどう対処していますか。

 もともと会計士は保守的で、ともすれば現行の制度の中で仕事を完結させようとしがちです。

 しかし、それだけではデジタルテクノロジーを十分に活用して、社会とクライアントの新たな期待に応えることはできません。監査法人のコア人材である会計士がデータ分析などの基本を理解し、ITを活用した監査のスキルを高めることで、現場の監査業務のデジタル化が初めて実現します。

 今年(2019年)7月に理事長直轄の組織としてDigital Innovation部を立ち上げたのも、AI監査に本気で取り組んでいく姿勢を内外に力強く示すためです。

 多様な知識やアイデアが交じり合い、互いに刺激し合うことで、従来の発想に囚われない新たな事業モデルが創発されます。専門性の殻に閉じこもるのではなく、開かれた「新たなプロフェッショナリズム」を追求していくことが、我々に課された使命だと受け止めています。

*連載【第2回】はこちらです


  1. ●企画・制作:ダイヤモンドクォータリー編集部