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オーナー企業は
なぜ強いのか

編集部(以下太文字):​従業員の平均給与が伸び悩む一方、経営者はもらいすぎではないかという批判があります。イギリスでは、従業員数250人以上の上場企業に対して、執行役員と従業員の報酬比の公表が義務付けられるなど、世界的にも高額の役員報酬を問題視する風潮が高まっています。

 

宮内(以下略):まず日本には、欧米のように何十億円もの高額報酬を得ている経営者はほとんどいません。そもそも経営者の報酬を従業員の給与と比較するのは、理屈に合わないのではないでしょうか。仮に比べるならば、株主と比較すべきです。

 他社のことはよくわかりませんので、一例としてオリックスを見てみましょう。

1964年に設立された時のオリックス(旧オリエント・リース)の資本金は1億円でした。それが、私がCEOを退任した時には株主資本は2兆円を超えました(2015年3月期、連結ベース)。

 つまり、50年間で2万倍になったわけです。この間、増資はわずかにありましたが、稼ぎ出した利益のほとんどは資本に組み入れられました。単純に考えれば、当時1万円を出資した人は、2億円を手にしたことになります。

 こうした成果に対して、経営者や経営幹部の報酬がどれほどのものだったかと言うと、50年間で経営トップは実質的な初代社長の乾恒雄さんと私の2人だけですが、サラリーマン役員として報酬をいただいただけで、膨大なキャピタルゲインとは比べるまでもありません。

 たしかにリスクマネーの提供者である投資家は、資本主義の根幹を支える重要な存在です。しかし、彼らのために汗をかいて企業を成長させるのは経営者です。資本家と経営者の処遇に違いがありすぎるのではないでしょうか。

 税制面においても、両者の差は明らかです。ストックオプションなどの制度はありますが、経営者といっても基本的には高給サラリーマンです。所得税や住民税などで給料の5割以上が国に徴収されてしまいます。
それに比べてキャピタルゲインで稼ぐ投資家は、配当所得にしても、売却して譲渡所得が発生した場合にしても、わずか20%で済みます。

 日本企業の平均経営者報酬はけっして高い水準ではありませんし、さらに手取りで見れば、欧米諸国とは比較にならないほど低いのです。それにもかかわらず、メディアに「高すぎる」と叩かれては、日本の経営者は元気が出ないでしょう。

 税制や報酬のインセンティブ性を考慮せずに、見た目の金額だけで判断するのは不合理である、と。経営者の意欲や改革への挑戦を阻害しているものに、2期4年あるいは3期6年といった「任期」という暗黙の制約があります。

 それは日本を代表する大企業の話ですね。バブル崩壊以降、新しいことへの挑戦をためらい、組織を存続させることが目的化しているようにすら見えます。これでは官僚組織です。当然ながら、これからの日本の産業を引っ張っていく中核企業にはなりえません。

 伸びている企業、たとえばソフトバンクグループにしろ、ファーストリテイリングにしろ、日本電産にしろ、創業者がCEOとして20年も30年も会社を引っ張り、多くの株式を保有するオーナー企業です。これはいまに始まったことではなく、過去もそうでした。ところが、サラリーマン経営者になったとたん、成長が鈍化する。

 もちろん、長くやればいいわけではありませんし、実際、どこかでサラリーマン社長にバトンを譲らなければならないこともあるでしょう。とはいえ、つつがなく任期を終えることを考えているような人がトップではいけません。

 後継者を検討する際も、既存の秩序を乱さず、従来通りにやってくれそうな人が重用されがちです。しかし、この先20年、30年にわたって、自社はもちろん日本経済を引っ張っていけるような人を登用するような仕組みに変えていかなければなりません。

取締役には
「冷たく見る」目が不可欠

 サクセッションプラン(後継者育成計画)については、コーポレートガバナンスの観点から透明かつ公平なプロセスとして確立すると同時に、公に開示する方向に進みつつあります。その一方、後継者指名は暗黙的にCEOの専権事項とされている実態も否定できません。現職トップの関与はどこまで許されるのでしょうか。

 サクセッションプランが整備されている企業は、たしかにまだ少数派でしょう。だからといって、サクセッションプランをきちんと準備して開示せよ、と政府や証券取引所が口を出す必要があるのでしょうか。それは、本来取締役会の仕事です。つまり、どのようなサクセッションプランを用意しているのかを経営陣に質し、それが当該企業の中長期的な戦略と合致しているのかどうかを見極めるのが、取締役会です。

 その際、現職のCEOや社長の意見をどこまで尊重するのかは、これまでの実績が大きく影響するでしょう。短期のみならず長期的にも成長を実現した経営者が次にバトンタッチする場合、その言葉には重みがあります。取締役会といえども、そう簡単に反対できません。

 一方、満足な結果を残せなかった社長の場合、はたして傾聴に値するのかどうか。一般的には、あくまでも参考意見として伺っておき、最終的には、取締役会なり指名委員会が公正に判断すべきです。現実に、オムロンや花王など、素晴らしいシステムができている企業があります。

 東証1部上場企業の半数近くが、社外取締役を3人以上選任する、または取締役会の3分の1を占めるようになりました。それに対し、宮内さんは「取締役会とりわけ社外取締役が本来の役割を果たしておらず、ひいてはそれが日本企業の競争力に累を及ぼしている」と指摘されています。社外取締役の本分とは何でしょう。

 一言で言えば、CEOや社長がやっていることを「冷たく冷静に見る」ことです。経営陣がいまやっていることは中長期的な成長に本当につながるのか、おかしなことをしていないか、このまま任せておいていいのか、常に疑いの目を持って見続けるのです。そして疑問に感じられる点があれば、徹底的に問い質し、はっきりするまで説明を求める。

 この時に求められるのは「健全な疑念」であり、大して準備もせずに会議に出席して、際立った発言や質問もせず、議事録にただサインするだけの“ラバースタンプ”は必要ありません。

 こうした健全な疑念が真剣に議論される取締役会をつくるには、社外取締役の選び方について見直すべきです。取引先や経営陣の知り合い、名の知れた人たちにお願いしたり、経営者が実質的な任命権を握っていたりするようでは、モニタリング機能など望むべくもありません。やはり、独立性と中立性が担保され、経験と見識を兼ね備えた指名委員会が必要です。

すべての株主は
平等ではない

 コーポレートガバナンスは、「株主が企業の所有者である」という会社法を前提としています。しかし、それが強調されるあまり、バブル崩壊以降、株主主権、株主価値経営が金科玉条になり、短期主義(ショートターミズム)やROE経営などが一般化してきました。

 短期主義が強まった最大の要因は、やはり株式市場にあります。経営者は株主に評価されるようと日々業務を遂行しているわけですが、中長期的な成長を重視する株主ばかりではありません。

 株主と一口に言っても、少なくとも3種類に分けられるのと思います。

 1つ目は長期保有の株主です。企業が成長していけば、自分の利益も増えると考えており、じっくりと付き合おうという株主です。言わば経営者と同志であり、投資家本来の姿といえるでしょう。

 2つ目は、目先の利益を追求する短期志向の株主です。できるだけ短期間で効率よく利益にあずかりたいので、経営者にそのように要求します。物言う株主は、えてしてこちらのタイプで、議決権を行使して経営に口出しします。

 最近では真面目な提案も増えてきたとはいえ、企業価値の長期的な向上にはあまり関心がないようです。事業再編や自社株買いなど、あれこれ要求して、株価が上がったとたん、売り抜けておしまい。これは本来の投資ではなく、単なるマネーゲームです。

 そして3つ目は、株を黙って買って黙って売る株主です。実は、経営者が一番に憂慮すべきは、このタイプかもしれません。経営者と株主との間に緊張感が生まれる間もなく売却されるのは、まことに悲しい出来事です。株価が低迷するだけで、成長に向けた動きが生まれてこなくなってしまいます。

 ある時点だけを切り取って見れば、皆同じ株主ですが、3者を一緒くたにするのはおかしいのではないでしょうか。たとえば、長期保有の株主には議決権を増やし、短期保有目的の株主は制限するといった棲み分けはあってしかるべきです。

 トヨタ自動車が2015年7月に、少なくとも5年間売却できないAA型種類株式(非上場株式)を発行したように、多くの企業には長期的な株主を増やしたいとの思いがあります。

 ヨーロッパでは、長期保有の株主と短期保有の株主との間で、議決権に差をつけている国があります。たとえば、2014年3月に制定されたフランスのフロランジュ法では、2年以上保有された株式の議決権を2倍以上にすることが定められています。

 IT業界などでは、創業者が保有する株式はそれほど多くなくても、議決権が過半数以上になるように設定された種類株式を持つことで、長期的な視点や継続的な研究開発投資を担保している例がけっこうあります。経営者としては、やはり長期保有の株主と同じ目線で経営していくべきです。

 こう申し上げると、株主平等の原則に反するなどと批判されますが、本当の意味での平等を考えるならば、名ばかりの株主平等を疑い、一時点の株式保有数ではなく、ある程度の期間で累積的に見るべきです。

 オーナー企業が強い理由の一つもここにあります。大株主であるオーナーが誰よりも永続的な成長を望み、経営に深くコミットする以上、短期主義に陥ることは考えにくい。経営はロングランなのです。サヤ抜きを狙うマネーゲームに振り回されてはいけません。

デジタル・AI時代における
「公器の経営」の姿

 昨2018年に改定されたコーポレートガバナンス・コードでは、取締役に女性や外国人の起用を促す規定が盛り込まれました。実際、取締役のみならず、管理職の男女比率で見ても、日本は他の先進諸国と比べて大きく見劣りします。何が女性の昇進を阻んでいるのでしょうか。

 グラスシーリング(ガラスの天井)を取り払わなければならないといわれてきましたが、そのようなものが存在しているとは思えません。女性を差別して成長できるなら、差別しようという経営者もいるかもしれませんが、そんなことはありえません。どこでも能力のある人材を何とか見つけようと必死になって探しています。これは性別だけでなく、国籍や年齢についても同じです。

 かつてのような男性優位の時代から、確実に変わりつつあります。むしろ現在は、女性にとってチャンスに満ちあふれているのではないでしょうか。

 スターバックスがプラスチック製ストローの廃止に踏み切った背景には、ESG(環境・社会・ガバナンス)アクティビストからの圧力があったとされます。同じ物申す投資家でも、こちらは財務業績ではなく、ESGの視点から投資先を判断し、企業に社会的責任を求める動きです。

 とはいえ、この分野の研究に長らく従事しているオックスフォード大学のロバート・エクレス氏は、「環境と社会とガバナンスを並列に扱うことに違和感を覚える」と主張しています。

 EとSはわかるけれども、そこになぜガバナンスが並ぶのか、私もまったく同じ疑問を持っています。環境にやさしい、社会に貢献するというスローガンは当然のことであって、そこに大きな成長機会があるのも確かでしょう。しかし、ガバナンスは企業が成長するための仕組みであって、目標にも事業領域にもなりえません。

 企業がどのような責任を果たすべきか、それは社会の変化につれて変わっていくものです。日本的経営の特徴の一つは、CSR(企業の社会的責任)といった言葉が登場するずっと前から、すべてのステークホルダーのことを考えていた点です。なかでも、従業員は特別な存在でした。社員をクビにするくらいなら自分が辞めると言った経営者もいたくらいです。

 日本の大企業はこれまで、社会的責任を強く認識し、社会の安寧に多大な貢献を果たしてきました。それは評価されるべきでしょう。ただしその結果、収益性や成長性が犠牲にされていたとすれば、ほめてばかりもいられません。その揺り戻しが、「ROEの引き上げ」「労働生産性の向上」といった大合唱を招いているのではないでしょうか。
 また、収益性や成長性を過剰に追い求めた反省から、環境にやさしい、社会に貢献しているといった視点で企業を評価するようになった欧米、とりわけアメリカとは、かなり事情が異なります。

 ロボットやAIは日進月歩で進歩しており、サービス業でも製造業でも、人間の仕事の大半が代替されてしまう時代がやってくるのは、そう遠くないかもしれません。したがって、雇用を何が何でも守るとか、大量の雇用を創造するといった社会的責任の果たし方は変化してくるでしょう。

 そうした環境変化の中、どのように社会的課題を解決して貢献するのか。それは各企業がずっと考え続けていかなければならないテーマでしょう。つまるところ、新たなフィロソフィーが求められているのです。

 最後に申し上げたいのは、私がコーポレートガバナンスの重要性を訴え続けているのは、それが企業を成長へと導き、ひいては国を発展させる大きな力となるからです。日本は欧米に比べて、挑戦し続ける野心的な経営者が圧倒的に少ない。日本の成長率が低いのはそのせいです。

 では、そのような経営者をどうすれば増やせるのか。やはり経営者が躊躇なくアクセルを踏める仕組み、すなわち成長志向のコーポレートガバナンスを整備することが急務です。ガバナンス改革において、こうした議論が活発化することを願っています。【完】


  1. ●聞き手|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)  ●構成・まとめ|相澤 摂、岩崎卓也 
  2. ●撮影|佐藤元一