世界情勢の混迷やあらゆる業界におけるディスラプション(創造的破壊)は、もはや一時的な現象ではなく、常態化しつつある。こうした不確実な時代に適応していくためには、みずから機動的に変革し続ける「レジリエンス経営」が求められると、KPMGジャパンの2人のトップは説く。

社会における企業の存在意義を
再構築しなければならない

編集部(以下青文字):KPMGジャパンのトップとして多くの企業と接する中で、世界的な経営環境の変化をどうとらえていますか。

HIROYUKI TAKANAMI (写真左)
アーサーヤング公認会計士事務所(現あずさ監査法人)入所後、ニューヨークオフィス赴任、東京事務所理事などを経て、2012年専務理事。KPMGコンサルティング代表取締役社長(兼務)などを歴任後、2019年7月より現職。
TOSHIYA MORI (写真右)
港監査法人入所後、米国KPMGを経て、2004年あずさ監査法人設立時に代表社員、2015年専務理事就任。現在KPMGインターナショナルのグローバルボードメンバーを務め、2018年よりKPMGジャパンのチェアマン、2019年より副理事長。

髙波:一言で表現すると、地政学的な混乱とポピュリズムの台頭が顕在化しており、世界経済はますます不安定になっているということです。

 その背景の一つが途上国の人口爆発です。人口増加が著しいのはアフリカや中南米などの貧しい国々ですが、ヨーロッパやアメリカに多くの移民が流入し、それが地政学的な混乱やポピュリズムの台頭につながっています。

 この流れが保護主義を加速させていることも懸念材料です。先進国ではグローバル化によって中産階級から滑り落ちた、あるいは中産階級になるチャンスを奪われたと受け止めている人々が数多くいます。彼らが右派ポピュリズムの支持基盤となり、自国第一主義を後押ししています。

森:保護主義や自国第一主義は、気候変動対策にも重大な影響を及ぼします。気候変動対策は、国際的に取り組むべき政治課題、経営課題であるという認識は確実に高まっています。KPMGが行った「グローバルCEO調査2019」では、グローバル全体でも日本でも、「企業の成長に最も脅威をもたらすリスク」としてトップに挙げられたのが、「環境/気候変動リスク」でした(図表1)。

 気候変動リスクを減らしていくには、地球規模での連携と協調が不可欠ですが、自国第一主義がその機運を後退させています。温暖化の進行は1次産業への依存度が高い途上国ほど経済的打撃が大きく、それがさらに格差や分断を広げてしまう負の循環を生み出すことが懸念されます。

髙波:私は気候変動の問題を解決するには、国際協調だけでなく新たなイノベーションが必要だと考えていますが、現状ではそのイノベーションが負の循環を加速させている面があります。

 データエコノミーやAI革命などを牽引しているのは、主に経済大国の巨大IT企業です。彼らが先進技術と大量のデータを駆使して富の拡大を続ける一方で、イノベーションに取り残された国や民衆はますます没落し、格差と分断を強めてしまうのです。それが、政治的、経済的な不安定さをさらに高めてしまう。そうならないように、経済界のリーダーたちは知恵を絞り、行動に移す必要があります。

 一つの動きとして、2019年8月にアメリカの経営者団体、ビジネス・ラウンドテーブルが、従来の「株主第一主義」から脱却し、顧客、従業員、取引先、地域社会を含む幅広いステークホルダーに配慮した企業経営を行うべきだとの声明を出したことに、私は注目しています。

 格差や分断、人権、地球環境など社会的課題に配慮した倫理的な経営に取り組むことが、中長期的な経営リスクを減らし、持続可能な成長をもたらすことを世界の経営者が明確に意識し始めました。その象徴が、先の声明発表だったのだととらえています。

森:いま、倫理という言葉が出ましたが、それが企業経営の大きなキーワードとなっています。

 マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫)を著した20世紀初頭から近年まで、禁欲的な労働によって対価を得るという倫理感が資本主義の発展を支えてきました。

 しかし、AIやロボットは人から労働の機会を奪う可能性があり、データエコノミーによって労働ではなく情報が価値を生み出す世の中に変わってきたことで、従来の倫理感が揺らいでいます。

 そうした中で、世の中における企業としての存在意義をしっかりと再構築していかなければいけない。世の中で起きているさまざまな問題に、企業も一市民として強く働きかけていかなければならない。そういう意識が強くなってきたことが、株主第一主義からステークホルダー主義への転換という潮流を生み出しているのだと思います。企業の存在目的やそこで働く理由、つまり「パーパス」(Pur-pose)を提唱し、それを実現することの重要性が強く認識され始めたのも、同じ流れだと理解できます。

髙波:実は私たちKPMGも、「社会に信頼を、変革に力を」(Inspire Confidence, Empower Change.)というグローバル共通のパーパスを掲げています。監査や会計サービスを通じて企業の信頼性、透明性を高めることが私たちの任務ですが、同時に私たち自身も常にフェアネス(公平性)を意識して職務に当たり、顧客や社会からの信頼を得ていかなくてはなりません。

 一つでもアンフェアな仕事を、社会的な信頼に背くような仕事をすれば、私たちはその瞬間に信用を失い、存在意義も失ってしまいます。ですから、このパーパスがKPMGにおいてはすべての判断基準になっています。

変革しないことは
衰退と同義

 世界経済が不安定化する現状において、日本企業にとっては何が経営課題となってくるのでしょうか。

髙波:国連が公表した推計によると、世界の人口増加は2100年まで続く見通しですが、日本は海外諸国に先駆けて人口減少と高齢化が進んでいます。労働力不足や税収の減少、年金や医療制度の維持など、日本が抱える課題が今後、世界で表面化していきます。

 一方、日本の対外投資は増加傾向にあるものの、日本企業が保有する現預金は2012年度から18年度までに27%増え、240兆円を超えています。つまり、さまざまな課題を抱えながらも、その課題解決のために資金を十分に活用できていない。それがいまの日本の姿だといえます。

 安全性の高い社会に象徴されるように、日本は倫理感の強い国です。古くは近江商人の「三方よし」の精神や澁澤栄一の『論語と算盤』に見られる通り、事業運営においても社会との協調や他者との共存共栄という倫理感を持ってきました。

 ですから、社会的課題の先進国である日本が、倫理的に正しいイノベーションを起こしていく、そういう可能性があると私は考えていますし、その可能性を現実のものにしていくことが、やがては日本と同じ社会的課題を抱えることになる他国への貢献にもつながります。

 まずは、国内において社会的課題を解決するためのイノベーションに、もっと積極的に投資していくこと。それが日本企業にいま求められていると思います。

森:日本は、地震や台風など自然災害が多い国でもあります。こうした災害対策の面でもイノベーションが必要です。

 たとえば、2019年は台風の上陸によって大規模停電が発生しました。これによって、大規模発電所を起点とする集中型の発電・送電システムのリスクがあらためて認識されました。今後は再生可能エネルギーを含めた分散型の電源を増やし、電力需要に合わせて柔軟に送配電するスマートグリッド化を推し進め、災害に強い電力インフラを構築することが急務です。

高波:気候変動対策にしろ、自然災害への対策にしろ、そうした社会的課題解決のためのイノベーション投資は、豊かな国にしかできないものです。日々の食糧や水、電力を安定的に確保することが大前提の国には、そうした余裕がないからです。

 日本の課題解決の先には、常に世界の課題解決があるのです。その視点を忘れずに、社会的イノベーションに取り組むべきだと思います。

森:環境・社会・ガバナンスへの取り組みによって投資先を選ぶESG投資が、いま世界的に大きなうねりとなっています。社会的イノベーションに積極的に取り組む企業は、機関投資家からも高く評価されるようになっていくはずです。

 民間国際組織GSIA(Global Sustainable Investment Alliance)によれば、2018年のESG投資額は世界で30兆ドルを超えました。日本は2兆1800億ドルで、2016年に比べて4・6倍に増加しています(図表2)。こうした流れは今後も続くでしょう。

髙波:社会にとっていいことをしていても、それを広く認知してもらうこと、特に国際社会に発信していくことが日本は不得手です。そこは克服すべき課題だと思いますが、変化の兆しもあります。

 ESG関連の取り組みを含めた非財務情報を盛り込んだ統合報告書の発行社数は日本が最も多く、主要国の中央銀行や金融当局などで構成される金融安定理事会(FSB)の「気候関連財務情報開示タスクフォース」(TCFD)の提言に賛同した日本企業は188社(2019年8月23日時点)と、世界で最多となっています。

 株主第一主義からステークホルダー主義への流れが強まる中で、社会との対話のあり方も見直していかなくてはなりません。それに気づいて、すでに行動を起こしている日本企業が増えつつあることは、素直に喜びたいと思います。

 イノベーションへの取り組みは、非常に不確実性が高いもので、一つの成功の裏には、多くの失敗の積み重ねがあります。しかし、日本には失敗を許容する文化が欠けていると指摘されます。

髙波:不確実性が高まる時代に対応する経営モデルとして、KPMGでは「レジリエンス経営」に着目しています。あらゆる業界においてディスラプションが常態化する今日においては、機動的な変革と適応が求められています。それを実行するのが、レジリエンス経営です。

 このレジリエンス経営には、失敗を許容し、そこから学ぶ文化や世の中の常識を打ち破る姿勢が欠かせません。しかし、「グローバルCEO調査2019」の結果からも、いま指摘されたような傾向が見て取れます。

 たとえば、「イノベーションの取り組みにおいて、自社には『フェイルファースト』(失敗と挑戦を繰り返し、経験を積む)を奨励する文化がある」と回答したCEOの割合は、アメリカが80%だったのに対し、日本は41%に留まりました。

 また、「自社の成長はビジネスの常識にチャレンジ・破壊する能力に強く依存する」と考えるCEOの割合は日本では33%と、調査対象11カ国中2番目に低い結果となりました。

 現状の改善に留まらず、世の中の流れを巨視的かつ動態的にとらえて、強い意志を持って機動的な変革と適応を続けていくことが、大きな経営課題といえます。

森:ディスラプションが常態化する時代においては、変革しないことは衰退と同義です。

 では、どのように変革の手を打っていくのか。たとえば、ディスラプターに破壊される前に、みずからが破壊者になるような新しいビジネスを展開する時、既存事業を担っている人たちにそれを任せようとするのは、論理的に無理があります。

  既存事業を担っている人たちは、いまのビジネスモデルの延長線で、生産性や効率性を高め、確実に利益を上げていくことがミッションです。一方で、ディスラプティブな新事業は、その既存事業すら破壊してしまう可能性があります。したがって、既存事業部門にみずからを破壊することを始めろというのは、無理なのです。

  ですから、そこはCEOが責任を持って、新事業創出のためのチームをつくり、みずからコミットして変革を推し進めるしかないと思います。

 その際に、CEOが独断で暴走してしまったり、社会的倫理に反するような方向に行ってしまったりすることがないように、コーポレートガバナンスをしっかりと利かせることが重要です。つまり、レジリエンス経営はコーポレートガバナンスとセットになって、初めて活きてくるのです。

挑戦する文化を育むために
根回しや忖度をやめてみる

髙波:勤勉は日本人の美徳の一つで、日本企業は非常によく勉強されている人が多い。特に海外の最新の経営理論やビジネスモデル、ベストプラクティスはよく学ばれていると思います。

 それは素晴らしいことなのですが、なかには型を学ぶことに終始しているのではないかと思われるケースもあります。武道や伝統芸能の世界では「守破離」といわれますが、型や技を学んだ後はみずからの工夫を加えてそれを崩し、独自の新しいものを構築していく。それが「道」を発展させていくことだという考え方があります。

 イノベーション創出のプロセスもそれに似ていると思います。型を学んだ後に新しいものを構築するうえで大切なのは、みずからの得意分野は何か、日本社会の課題は何かをよく見極めることです。

 たとえば、自動運転技術の開発で日本は後れを取っているといわれますが、アメリカの大都市に行けばわかる通り、渋滞の深刻さは日本の比ではありません。それに、アメリカは都市間移動に車で2~3時間かかるのはざらです。そういう大渋滞や移動時間の長さを考えると、自動運転は社会的課題の解決という点で大きな意義があります。

 しかし、日本の課題は別のところにあります。公共交通機関、特に鉄道網が発達している日本では、渋滞はアメリカほど深刻ではありませんし、都市間移動も鉄道を使えばいい。

 新たな移動手段が求められているのは、都市部ではなく過疎化や高齢化が進んでいる地方です。私は秋田県の出身なのでよくわかりますが、田舎にいると車以外に移動手段がありません。そして、自分では運転ができない高齢者が大勢います。

 雪の多い地方では、道路に消雪パイプが埋め込まれています。一方、ゴルフ場に行けば、地面に埋め込んだ電線で誘導する電動カートがどこにでもあります。巨額な資金と長い時間をかけて自動運転車を開発しなくても、消雪パイプと一緒に電線を埋め込めば、ゴルフカートと同じような無人搬送車を走らせることができるはずです。そのほうが、低いコストで短期間に社会的課題を解決できます。

 最新の自動運転技術の開発は手段であって、目的ではありません。日本の社会課題解決という目的に合った技術革新を考えるべきだと思います。

森:イノベーションが進まない要因の一つとして、社会的な実証実験に踏み出すまでに時間がかかりすぎること、そして、実証実験の規模が小さすぎることが挙げられます。そこは、政府主導で規制改革をもっと進めるべきだと思いますし、企業も積極的に参加すべきです。スマートグリッドやスマートシティの実証実験にしても、ごく一部の企業がごく限られた場所でやっているので、大きな成果を見ないままに終わってしまっています。

 それから、これは先ほどの話とも重なるのですが、失敗を許容する文化が日本全体として足りないと思います。新しいことにチャレンジして失敗した人は、組織の中でバツ印をつけられてしまう。それでは、チャレンジする人はいなくなり、失敗から学んでイノベーションを起こすことはできません。

  失敗した人にバツ印をつけるのではなく、そこからいかに成長させるかという文化を醸成できるかどうか。それが、日本にとって重要な課題だと思います。

髙波:そこはリスクマネーをどうとらえるかにも影響していると思います。リスクマネーというのは、自社がコントロールできるリスクの範囲内で、失敗するかもしれない分野にチャレンジするためのお金ということです。要は、使っていいお金という意味です。

 しかし、多くの日本の企業は、リスクマネーというと、すぐに失敗した時の減損処理のことを考えてしまい、リスクを取る前にやめてしまう。あるいは、本当にわずかな投資しかしない。それでは、大きな成果は上げられません。

 ここでも、リスクや失敗を許容する文化がカギになります。リスクマネーという言葉の真の意味を理解できれば、もっとイノベーション投資が進むのではないでしょうか。

森:チャレンジを奨励する文化をいかにつくるかを考えた時、まず取り組むべきは根回しや忖度をやめて、きちんと議論をすることではないかと私は思います。

髙波:つまり、合理性の追求ですね。

森:そうです。根回しをしていると、真剣な議論を通じて合理的な結論を導き出すことができませんし、上に忖度していると新しいチャレンジは生まれません。

髙波:そのためには、議論の場においてフラットな関係をつくるように上司の側が配慮する必要があります。議論の末の合理的な結論であれば、みんなが自分事ととらえて、オーナーシップを発揮するようになります。

 フラットな関係といっても、部下の意見を何でも受け入れろということではありません。足りない点があればどんどん指摘すればいいのです。とはいえ、自分が正しいと思うことは、誰もが躊躇せずに言える組織であるべきです。 部下に資料だけ用意させて、意見を言わせない、何も判断させないという組織は劣化します。意見を言ったけれど合理的な理由で突き返される、判断をしたけど失敗する。そういう悔しい思いを積み重ねながら、人は判断力を磨いていく。判断力は、後天的にしか身につけられないのです。


  1. ●企画・制作:ダイヤモンドクォータリー編集部