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小倉昌男はこう考えて
宅急便ビジネスを生み出した

 メカニズム解明法のお手本として、宅急便を発明した小倉昌男さんを高く評価されています。

 小倉さんの例を紹介しながらメカニズム解明法について説明してみましょう。

 彼は、宅急便というサービスシステムを開発するに当たり、みずから「考えて、考えて、考え抜く。でも、わからないことがある。その場合はやってみることである」と述べているように、常人では想像もできないほど徹底的に考え抜いて、そのうえで実際にやってみて、修正していくという作業をしつこく繰り返しています。

 彼が社長に就任した1971年、大和運輸(現ヤマトホールディングス)は業績不振に苦しんでいました。何しろコア事業の路線トラック輸送や百貨店配送事業は利益率が低く、厳しい過当競争にさらされていたからです。しかも、オイルショックがここに追い打ちをかけました。このような中、小倉さんは長らく温めていた宅急便の構想へと慎重に舵を切っていきます。

 もちろん一筋縄ではいきませんでした。父・康臣氏や他の役員は「絶対儲からない」と猛反対で、孤軍奮闘を強いられます。反対派の言い分は、そもそも儲からない百貨店配送に、面倒な個人相手の集荷業務が付加されるのだから、利益など出ようはずがない、というわけです。「儲からない百貨店配送」のカテゴリーに宅急便が含まれる、という反対意見です。

 しかし、小倉さんは百貨店配送事業がなぜ儲からないのか、そのメカニズムを解明していました。この事業は、他社の空き倉庫や空き地といった余剰(スラック)資源、アルバイトや貸し自転車といった変動費を大いに活用した低固定費ビジネスで、お中元とお歳暮の時期に高利益率を達成し、それ以外の時期は赤字を出さないように経営すればよかったのですが、日本経済の成長によって余剰資源や変動費を活用できなくなったため高固定費ビジネスへと変貌し、「取り扱う荷物が増えたのに利益が減っていく」状況に陥っていたわけです。残念ながら、当時の大和運輸経営陣は、このメカニズムがわかっていなかった。

 小倉さんいわく「結局、経営は循環論」です。彼は、良循環と悪循環という視点で宅急便ビジネスを設計します。

 彼は、宅急便をスタートさせる際、「サービスの質」に徹底的にこだわり、全国翌日配送という戦略的意図(ストラテジック・インテント)を掲げます。翌日配送のためには、受注が少なかろうと、営業所や従業員、トラックを増やし、集荷・配送のスピードを高める必要があり、短期的にはコスト増が生じます。

 しかし、これがなければ、顧客は郵便小包のイメージから離れることができず、まったく新しいサービスである宅急便を使うようにはなりません。したがって、短期的にはコストばかりかさみ、利益が圧迫されるというトレードオフに苦しむことになります。ですが、この短期的なトレードオフを甘受することが、長期的な良循環システムを生み出す原因になります。

 長期では、サービスの質が高い宅急便の需要が増え、宅急便のインフラがもたらす固定費を回収できる損益分岐点を超えると、いっきに利益が出始めるからです。そうなれば、サービスの質をさらに高めて、新たな需要を喚起していくことができます。

 こうした良循環システムの原型ができ上がると、小倉さんは、このメカニズムを強固なものにすべく、さまざまな施策やてこ入れを実施していきます。たとえば、サービス水準を管理するために翌日配送を実現できた比率を細かく管理する仕組みを工夫したり、顧客が考え出した新しい宅急便の使い方を汲み取ったりして、クール宅急便やスキー宅急便、ゴルフ宅急便といった新サービスを次々に打ち出していきます。

 また、現場の自主性や自律的な行動を引き出すために、「全員経営」という考え方を掲げます。その際、働きぶりや行動を監視・統制するプロセスコントロールではなく、権限委譲と実力主義に基づくアウトプットコントロールを導入します。

 顧客接点における経験がカギを握る、サービス業にフィットした従業員参加型経営を目指したわけですね。

 そうです。「ヤマトは我なり」というスローガンは、セールスドライバー一人ひとりが大和運輸を代表する存在であることを象徴するものです。

 宅急便のサービスレベルが高いので、集配の際にお客様から大変喜ばれ、セールスドライバーは「ありがとう」という言葉をかけられます。この顧客からの感謝の言葉ほど、従業員を動機付ける力を持つものはありません。とりわけ、上司の目が届かない場所で離散的に働いている何万ものセールスドライバーを管理するうえで、このお客様からの「ありがとう」が本当に大切な要素になります。セールスドライバーたちがしっかり働いているかどうかを支店長は観察できませんし、現場での適切な対応をその場でほめてあげることもできません。

 しかし、顧客ならば可能です。その顧客の「ありがとう」の言葉を中心に、一人ひとりのセールスドライバーがみずから経営者のように考えて行動するのが、ヤマトの全員経営なのです。クール宅急便やスキー宅急便、ゴルフ宅急便など現場発の新サービスを積極的に採用できるようになったのも、全員経営の組織がその基盤として重要な役割を果たしています。

 このような顧客とセールスドライバーの現場での相互作用をリアルに思い描いて読み切るところにも、小倉さんがメカニズム解明法という思考法の持ち主であったことが大きく影響したことは間違いありません。

 こうした良循環システムを設計するには、メカニズム解明法という思考法が要求されるというわけですね。メカニズム解明法の必要性だけでなく、多くの人がはまりやすい思考の罠についても言及されています。

 先ほど、時間展開、相互作用、ダイナミクス(力学)を解明する必要について指摘しましたが、これら3つの視点を踏まえながら、いくつかのテーマについて考えてみましょう。

 まず顧客について。「環境が変化する」こと、「長期的に考える」ことの重要性を強調している割には、顧客が時間の経過とともに変化していくことに注目し、明示的に取り込んだ戦略論は多くなく、しかも短期の積み上げが長期の環境適応に自然につながるかのような議論が少なくありません。それゆえ、浅い思考やステレオタイプに陥りやすいのです。

 顧客は学習することで、自社へのロイヤルティを高め、リレーションシップを深めていくといわれます。その一方、顧客が学習することで、市場の様相が変化し、どのように推移していくのか、予測が難しくなります。

 また、「顧客の声を聞く」ことはビジネスの常識の一つで、一般的に正しい。しかし、耳の傾け方、そのタイミング、組織のつくり方、かえって耳を傾けないほうがよい局面があることなどについて、深く考えている人はどれほどいるでしょうか。

 優良企業であればあるほど、上顧客の声を聞き、それに反応するような“自動機械”になりがちです。こうした既存顧客の声にファインチューニングされた自動機械は、いま目の前の顧客の声を聞くことに最適化されてしまい、将来の顧客の声を聞き取る能力が劣っている傾向があります。

「差別化せよ」も条件反射的な行動を引き起こしがちな命題です。日米を問わずビジネススクールや管理者研修では、「差別化せよ」というメッセージが繰り返し唱えられてきました。おかげで、ビジネスパーソンたちも日々「どうやって競争相手と差別化するか」を考えるようになりました。このこと自体は、ある意味喜ばしいことです。ですが、よく考えると、差別化は常に成功するわけではありません。

 たとえば、「チャレンジャーは差別化して、リーダー企業を攻撃し、それに対してリーダー企業は同質化(模倣)して防衛する」という戦略論の教科書の記述を思い浮かべてみてください。これはまさに最強の盾と最強の矛を同時に売り込むような議論です。

 チャレンジャーが差別化しても、リーダーが同質化したら、効果が薄れてしまいます。それなら、チャレンジャーは「リーダーが同質化できないような差別化をせよ」ということになりますが、今度は「どのようなチャレンジャーの差別化にも同質化できるような体制をリーダーは整えよ」というアドバイスが引き出されるはずです。

 こう考えていくと、チャレンジャーがいかに差別化を追求しても、結局のところ、体力や総合力で勝るリーダー企業には勝てないのではないか、という結論が妥当なようにも思われてきます。

 ですが、現実はチャレンジャーが勝利することが多々あります。それは、リーダー企業は長年の強力なポジションに安住してきたせいで、「敵を見て矢を矧(は)ぐ」、つまり対応が遅れたり、それが泥縄だったりすることがあるからです。長期的に優位なポジションにあるリーダー企業には、秀才や紳士が多く在籍しており、しかも一定の余裕があります。それゆえ競争相手への対応策を練り上げる際に、慎重な議論を重ね、組織内の合意形成を丁寧に行わなければなりません。

 そういう対応に慣れてきた組織は、徐々に競争相手にではなく、社内の主要な論客への対応に敏感になり、内向きの組織になっていきます。もしチャレンジャーが機敏な組織を持っているならば、リーダー企業はチャレンジャーの差別化に一手ずつ遅れた対応となり、最終的に逆転劇が起こるのです。

 マーケティング戦略の勝ち筋を考えるには、相手の組織の状況まで読み解かないといけないのです。やはり「チャレンジャーは差別化」というようなカテゴリー適用法的な思考ではなく、丁寧にメカニズムを解明する思考力が不可欠です。

 シナジーという言葉もよく使われますが、そのメカニズムを理解して使われていることは少ないのではないでしょうか。

 そうですね。なぜシナジーが生じるのか、なぜ1+1が3にも4にもなるのか、そのメカニズムに関する理解を欠いたまま、言葉だけが普及していった例の一つです。ですから、シナジーは自動的に実現するわけではなく、そのためには大きな労力とコストを要すること、シナジーは組織の変質によって簡単に消失するおそれがあるといった問題などについて、十分意識されているとは言いがたい。実際、シナジーの実現に必要なコストを意識した議論は非常に稀です。

 多角化している企業では事業部制が一般的ですが、事業部の壁を超えて、部品やプロセスなどの共通化を図ったり、共同プロジェクトを実施したりするのは言うほどに簡単ではありません。そのためには、「自分たちの事業部の利益を一部諦めて全社の利益を優先する態度」や「異質な知識を融合できるまで相互理解を高める濃密な人間的相互作用」が求められます。

 とはいえ、この2つを発生させるには、カギとなる当事者たちが自然に互いに知り合いになっていること、すなわちコア人材の社内ネットワークが形成・維持されていること、また組織が重すぎず、コア人材たちの相互作用を阻害しないこと、という2つの条件が不可欠です。

 当初はうまくいっても、やがて組織規模が大きくなっても、一人ひとりの社員が持つ社内ネットワークの規模は大きくなりません。顔と名前の一致するコア人材のネットワークはそれほど大きくはならず、「知らない人」たちが相互に調整しないとならないようになり、組織は重くなっていきます。

 「シナジーなど追求せず、自分たちだけでできることをスピーディに取り組んだほうがよい」と現場が思うほど、社内の根回しが大変になれば、本社スタッフが現場に押し付けてくるシナジー効果なるものは、足かせでしかありません。

 メカニズム解明法で徹底的に考え抜くことを心がけていけば、間違いのない経営が可能になるのでしょうか。

 もちろん、メカニズム解明法は大切です。しかしある意味、これは基礎体力のようなものです。

 経営は時とともに変わっていきます。単に手法が変わるだけではなく、ビジネスの構造をどうつくるかという基本姿勢そのものも大いに変わるものです。ですから、常に最先端の経営の変化を学び続け、その学習結果から自分の事業をとらえ直していかないとなりません。

 たとえば、その典型例はプラットフォーマーでしょう。GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)やFANG(フェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグル)、BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)など、最近のプラットフォーマーに関する情報が豊富に出回っています。

 これらの企業が一番大きなプラットフォームを押さえてしまったので、日本は大きく出遅れて負けてしまった、と嘆く声をしばしば耳にします。いまさらこれらの企業に学んでもどうせ追い付けないのだから、彼らの真似など無意味だと言う人もいます。

 しかし、もう少し考えてみると、世の中でこれほどプラットフォーマーが注目されていれば、多くのビジネスパーソンが自分の事業もプラットフォーマーとしてとらえ直し始める可能性があることに気をつけないといけません。

 つまり、いままでは、ものづくりに努力して他社に真似できない性能で差別化すれば、利益が出せるといった単純な戦略思考だった人たちが、「待てよ、もしかすると、単なるものづくりだととらえてきたけれども、自分たちのつくっているモノを基盤として、プラットフォームがつくれるのではないか」と発想するということです。

 実際、これまでは単なるモノであり、デバイスであり、セットであったものが、いつの間にかプラットフォームとしてとらえられ、自分たちの市場ポジションが劣位に置かれてしまう、ということが起こっています。

 ですから、常に新しいビジネスの構築のやり方を学び、自分でも応用し、少なくとも他社に劣後しないように、たえず発想を新たにする必要があります。そのためには、常に新しい経営を学び、新しい知識を吸収し、それらをメカニズム解明法で思考する際に活用すべきです。

 知識経済といわれて久しいですが、これからの時代は、「社内で一番勉強しているのは経営者である」という企業が強くなっていくのではないでしょうか。【完】


  1. ●聞き手|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)  ●構成・まとめ|荻野進介、岩崎卓也 
    ●撮影|朝倉祐三子
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