サンノゼ国際空港から西北西に車を走らせると、NASAエイムズ研究センター(注1)が見えてくる。この43エーカー(17万平方メートル)の施設は、地球外生命へのメッセージを乗せたパイオニア10号で知られる、惑星探査計画「パイオニア計画」の要衝となったところで、この中にシンギュラリティ大学はある。

 この組織は大学と称しているが、いわゆる「ベネフィット・コーポレーション(注2)」と呼ばれる営利法人で、現在グーグルのチーフ・フューチャリストを務めるレイ・カーツワイルと、民間による宇宙開拓を推し進めるX(エックス)プライズ財団の創設者ピーター・ディアマンディスによって、2008年に設立された。
 その目的は、個人、企業、NPOやNGO、政府機関等が、脳神経科学や人工知能(AI)、GNR(遺伝学、ナノテクノロジー、ロボット工学)、生命科学や宇宙工学に関する知識と革新的技術を理解・活用できるように支援し、人類と地球のよりよい未来を創造することにある。

 4年前、このシンギュラリティ大学の初代社長、ニール・ジェイコブスティンが来日した際、先のカーツワイルの著書The Singularity Is Near(邦訳『ポスト・ヒューマン誕生』NHK出版)に触発されて、このような社名をつけたが、「2045年にコンピュータが人類を凌駕する」という彼の予言を証明することが私たちのミッションではない、と述べている。そして、AIどうこうよりも、人間はその知性を用いて、何をするのか、何を実現させるのかこそ、再考すべき重要な課題なのだと訴えた。

 この夏、2011年にジェイコブスティンの後を襲ったロブ・ネイルにインタビューする機会を得た。彼は、ロボット工学のエンジニア、起業家、経営者、デザイナー、そしてサーファーと、さまざまな顔を持つ。
 今回のインタビューでは、シンギュラリティ大学の目的や各種プログラム、問題解決の流儀、イノベーションを創発させる思考や人材要件などについて聞いた。(聞き手/音なぎ省一郎、岩崎卓也)

注1)グーグルは2005年9月、NASAエイムズ研究センターと長期にわたる共同研究を開始。さらに2014年10月、60年分の賃貸料11億6000万ドル を支払い、同社子会社のプラネタリー・ベンチャーズが、同研究所が所在するモフェット連邦飛行場を借り受けることになった。

注2)社会課題の解決を事業目的に掲げ、株主への利益還元より社会的価値の創造を優先する法人組織で、2010年4月にメリーランド州で最初に法制化されて以降、2016年10月現在でアメリカ30州およびコロンビア特別区(ワシントンDC)で採用されている。

シンギュラリティ大学が
目指すもの

編集部(以下青文字):シンギュラリティ大学は、ディアマンディス氏とカーツワイル氏という、2人の時代の寵児によって設立されたことで、社会変革やイノベーションに意欲的な人たちが世界中から集まってくると聞いています。しかし残念ながら、日本での知名度はけっして高いとはいえず、実際、日本からの参加者はまだ数えるほどです。今日は、シンギュラリティ大学の目的や活動について教えてください。

ネイル(以下略):シンギュラリティ大学の役割は、「エクスポネンシャル技術」(指数関数的に性能が向上していく技術)によって、どのような革命的変化が起こるのか、その理由は何か、人類や社会、地球にどのようなインパクトをもたらすのかについて解き明かしていくことです。

ロブ・ネイル ROB NAIL
シンギュラリティ大学CEO兼アソシエートファウンダー。カリフォルニア大学デービス校を卒業後、スタンフォード大学で経営工学の修士号を取得。その後、生命科学を専門とするベロシティ11の共同設立者兼CEO。2007年、同社がアジレント・テクノロジーに買収されると、社内に改革を起こすカタリストとしてゼネラルマネジャー職にみずから転じるが、2009年に同社を退職。2010年にシンギュラリティ大学に参画し、2011年11月より現職。そのほか、都市型アウトドアデザイン集団アリテ・デザインズの共同設立者ならびに取締役、コネチカット州に本拠地を置く家電メーカー、ハーマン・インターナショナルの取締役などを兼ねる。

 エクスポネンシャル技術とは何でしょう。

 文字通り、指数関数的に進歩を遂げている技術イノベーションのことであり、そのペースは、「半導体の集積率は18カ月で2倍になる」というムーアの法則よりも速くなっています。

 しかも、インターネットやコンピューティングに限らず、AI、ロボット工学、ナノテク、バイオテクノロジー、最先端の生物学や生命科学、脳神経学、宇宙・航空工学など、あらゆる科学がデジタル化され、学際を超えて融合していくことで、その進歩はさらに加速していきます。

 エクスポネンシャル技術が発展することで、水や天然資源、食糧の不足、教育や医療にまつわる課題など、あらゆる社会問題が解決されていくでしょう。また、この惑星のすべての住人の民主的基盤となり、すべてを提供してくれるでしょう。

 このように、人間が生きていくうえで必要不可欠なものを何不自由なく利用できるようになれば、どんな社会が生まれてくると思いますか。それこそが、ピーターが『楽観主義の未来予測』(早川書房)で述べている「潤沢社会(アバンダンス)」です。

 そのような未来では、既存のインフラや経済システムは機能不全を起こしてしまうでしょう。なぜなら、資源の価格変動によって経済や生活が影響を被ることが示しているように、「稀少経済」、すなわち有限の資源を奪い合うゲームを前提にしているからです。

 しかし、潤沢経済の世界では、エネルギーは無限で、しかも無料になります。エクスポネンシャル技術は、間違いなく人類をこの方向へと導きつつあります。従来の未来予測、ゲームルール、マインドセットでは、正しい意思決定を下せないでしょう。

 シンギュラリティ大学は、このような明るい未来を目指して、さまざまな角度から物事を考え、どんなことができるのかを議論・検討し、新しいコンセプトや問題解決法、革新的な製品やサービスを創造し、次世代へのロードマップを描き出す場所です。

 早晩、誰もがエクスポネンシャル技術の本質を理解するようになるでしょう。また、AIやロボット、バイオテック、脳神経科学などの最新技術を活用することで、これまで解決できなかったことが解決されることでしょう。そのためにも、世界中の人たちがエクスポネンシャル技術に注目する必要があります。

 その一助となるべく、シンギュラリティ大学では、グランド・チャレンジ(大きな挑戦課題)への取り組みを共通のテーマに設定しています。現時点では、12のテーマ――「教育」「エネルギー」「環境」「食糧」「医療」「脱貧困」「安全」「水」「宇宙」「災害復興」「ガバナンス」「住居」――を掲げています。

 我々は、エクスポネンシャル技術の活用例や今後の可能性を共有するために、さまざまなカンファレンスを開催していますが、その一つに「グローバル・サミット」というのがあり、ここでは、エクスポネンシャル技術を用いてグローバルなグランド・チャレンジの解決に挑戦している社会起業家たちを表彰しています(下図「グローバル・グランド・チャレンジ賞受賞企業」を参照)。

図表 グランド・グローバル・チャレンジ賞受賞企業

シンギュラリティ大学の
課題解決の流儀

 シンギュラリティ大学は、創造性の開発、イノベーションの創発を後押しする場所でもありますね。

 グランド・チャレンジを解決し、世界を変革するために、荒唐無稽に聞こえるような「壮大な課題(ムーンショット)」にも大胆不敵に挑戦し、失敗してもくじけることなく何度でもやり直す。これがシンギュラリティ大学の文化です。こうした態度を失わない限り、イノベーションは必ず生まれてくると信じています。

 また、「百聞は一見にしかず」といわれるように、みずから現場におもむき、そこで起こっている問題について身をもって知ることが不可欠です。そうした現場に連れていってもらうために、UNICEF(国連児童基金)、WFP(国連食糧計画)、世界銀行、米国赤十字社など、グランド・チャレンジと日々格闘している組織とパートナーシップを組んでいます。

 まず現場で起こっていることを知り、理解を深める。そして、参加者やシンギュラリティ大学のグローバルなソーシャルキャピタル(人間関係資本)を利用して、その問題の解決にふさわしいスキルの持ち主たちを集め、エクスポネンシャル技術を活用したソリューションを考える。

 いろいろな制約があるせいか、企業、NPOやNGO、財団などの解決策は、どうしても局所的で一時的な改善策になりがちです。一方、シンギュラリティ大学では、こうした漸進的なアプローチではなく、一気呵成に解決・撲滅する方法を考えます。あえて難しい課題を設定することで、みんなの思考や議論を触発するわけです。

 正直なところ、ずっと未解決のままだった課題を解決するには、これまでの方法では不可能でしょう。イノベーティブな方法を編み出して、初めて前に進めるのです。したがって、一流の専門家といえども、思考様式の転換が要求されます。すなわち、常識、ルール、理論など、過去につくられたものから、みずからを解き放ち、ゼロベースで始める必要があるのです。

 極端に聞こえるかもしれませんが、シンギュラリティ大学が求めている人は、いまの社会に適合(フィット)していない人たちです。こうした人たちがシンギュラリティ大学のプログラムに参加すれば、その「不適合度」はいっそう増すことでしょう。

 実は、こうした不適合者こそ時代の要請なのです。ですから、「いまの社会は生きにくい」と思っている人は、けっして自分のことを低く評価してはいけません。「あなたこそ、世の中を変える力の持ち主なのです」と申し上げたい。以上が、シンギュラリティ大学の問題解決の流儀です。

 チェンジ・ザ・ワールドの志を持った人たちが世界中からシンギュラリティ大学に集まってくる理由、言い換えれば、このキャンパスの魅力とは何でしょうか。

 やはり、「グローバル・ソリューション・プログラム」(GSP)でしょうね。

 この10週間のプログラムは、お金を払えば誰でも参加できる、というわけではありません。今回のGSPには40カ国から80人が参加していますが、約8000人の応募者から選ばれた人たちです。ちなみに、参加費は5万ドルですが、原則スポンサー企業が肩代わりしてくれます。

 このGSPに参加する方法は2通りあります。一つは、スポンサーによって開催される「グローバル・インパクト・コンペティション」(GIC)で勝ち抜くことです。

 GICは、これまでアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、イタリア、スペイン、フィンランド、ノルウェー、南アフリカ、ブラジル、チリ、アルゼンチン、ペルーで開催されています。2017年は日本で開かれることが決まっています。

 もう一つは、自分と自分のアイデアを私たちに直接売り込み、採用されることです。

 この場合の評価基準ですが、年齢、性別、国籍、人種などはいっさい問われません。学校の専攻分野、コミュニティでの活動、従事しているビジネスなど、主にこれまでの実績について聞きますが、何より重要なのはアイデアであり、それが社会や未来にもたらすインパクトです。

 たとえば、オランダの21歳の若者がプレゼンテーションしたコンセプトは、尿を水と電気に変換するというもので、みごと選考を通りました。なお、この方法で選ばれた人は、グーグルがスポンサーになります。

 GSPの前半は、AIやロボット、医療、バイオテック、セキュリティ、ブロックチェーン等に関する講義を聞きます。その際、ピーターやレイをはじめ、シンギュラリティ大学の教授陣のほか、外部の専門家や起業家たちが教壇に立ちます。

 後半はワークショップです。通常、5ないしは6人のチームに分かれますが、たいてい、技術、マーケティング、財務など、スキルの異なる人たちで構成されます。チームに分かれたら、それぞれグランド・チャレンジのテーマを選び、その分野における課題を発見し、その解決策のプロトタイピングに着手します。非現実的なものは何の役にも立ちませんから、課題が実際に起こっている現場に足を運ぶチームもあります。

 参加者の大半が何かしらの新規事業のアイデアを持ってこのプログラムに参加してきますが、このプログラムを経験した後には、そのアイデアや方向性はガラリと変わってしまうケースがほとんどです。そのままシリコンバレーに残って起業する人が少なくありませんが、移民法の規制もあって、一部の人は帰国します。

 ビジネススクールのように、大企業のエグゼクティブやビジネスパーソン向けに、「エグゼクティブプログラム」(EP)も用意していますね。

 はい。これは8日間のプログラムで、2010年から始めました。年7、8回開催しており、参加費は一人1万5000ドルです。ホームページにも紹介されていますが、20世紀フォックスCEOのジム・ギアノーパロス氏、MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏、元サンフランシスコ市長のギャビン・ニューサム氏、リンクトイン創業者のリード・ホフマン氏、AOL創業者のスティーブ・ケース氏などがこれまで参加しています。

 ですが、ここ数年、ここNASAエイムズ研究センター内での開催は減っています。実は、企業ごとにカスタマイズした2日ないしは3日間のプログラムを提供するようになったからです。また、7日間のEPの内容を2日間に凝縮し、一般に公開するのが、先ほどお話ししたグローバルサミットです。

 教育プログラムとは別に、昨年から「スタートアップ・アクセラレーター」という起業支援プログラムをスタートさせていますが、どんなビジネスが生まれてきましたか。

 このプログラムは、書類審査の後、インタビューを行い、合格者には、営利事業ならば10万ドル、非営利事業ならば5万ドルの資金を援助します。これまで、14の企業がこのプログラムを利用しています。いくつかご紹介しましょう。

 フェロー・ロボッツは、買い物客をサポートする自律型ロボット「NAVii(ナビー)」を開発した会社です。ホームセンターのロウズ・カンパニーがいち早く導入しています。そういえば、日本のヤマダ電機で実証実験が行われると聞いています。

 いわゆる開発途上国には約12億人以上の人たちが電気にアクセスできずにいます。この問題を解決するために、超軽量でポータブル、かつ安全なリチウムイオン電池「ジュピター6」を開発したのがトータス・パワーで、彼らは起業やビジネスモデルのコンテストでも高い評価を得ています。

 ジュノー・バイオメディカルは、脳卒中など、一度失われてしまうとほとんど回復不可能な機能が損われた患者に希望をもたらす存在になるでしょう。彼らは、細胞走電性という性質を活用し、微小の電流を用いて脳の損傷の回復を促す医療機器「セルテック」を開発しました。

 スタートアップ・アクセラレーターは今年で2回目になるわけですが、フィールド・レディという会社が選ばれました。このベンチャーは、3Dプリンターを使って災害復旧や難民救済など、被災地の現場活動を支援する会社で、ホワイトハウスが主催している「チャンピオン・オブ・チェンジ」でも表彰されています。

 私たちは、資金以外にも、これらスタートアップ企業を支援しています。たとえば、AIに話しかけることでストレスを緩和・解消する製品を開発したクレバーボットの例を挙げると、彼らをレバノンの難民キャンプに連れていき、現地のボランティアスタッフ、母親や子ども、老人などに利用してもらい、その成果を、投資家、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)や国境なき医師団に紹介しました。

 このほか、テーマ別の「エクスポネンシャル・シリーズ・カンファレンス」などの公開フォーラムなどもありますが、GSP、EP、スタートアップ・アクセラレーター、すべてのプログラムは相互に関連しています。

 すべてのプログラムとカンファレンスの参加者、そしてスポンサー全員との間に強い絆をつくり、それをグローバルなネットワークに発展させていきたいと考えています。このネットワークは、起業支援や資金調達はもちろん、グランド・チャレンジを解決するプラットフォームになるはずです。

デザインには
変革を起こす力がある

 あなたはエンジニアですが、「デザイン」を非常に大切しています。デザインの語源は、「企画したことを記号化する」という意味のラテン語“designare”であり、さらに遡ると、「分離」「否定」を意味する接頭語“de”と、「印」「判」「指名」を意味する“signare”が組み合わさったもので、そこには「既存の否定」という意味を含んでいるそうです。

 おっしゃるように、デザインには、変化や創造的破壊を起こす力があると思います。実際、よいデザインは、コストや効率を改善し、未解決の問題を解決し、象徴的(シンボリック)な結果を生み出します。

 問題を解決できないデザインは、デザインとはいえないのではないでしょうか。だからこそ、デザインに取り組む際には、問題の本質を深く掘り下げ、的確な理解を導き出す必要があります。そのためには、考え方や専門分野の異なる人たちを集め、オープンに議論することが不可欠です。私の経験では、こうした相互触発的なプロセスを通じて、従来とは異なる新しいデザインソリューションが生まれてきやすい。

 さまざまな知識や経験、価値観、文化、専門分野の持ち主による異分野のコラボレーションが重要である、と。

 そうです。時にはサイエンスフィクション的な視点も織り交ぜると、議論はよりエクスポネンシャルになると思います(笑)。

 私は、日本の漫画やアニメーションが好きなのですが、大友克洋(おおともかつひろ)氏の『AKIRA』には大変感銘を受けました。また数年前、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』のアニメーションを観ましたが、内容の深さにうならされました。このシリーズには、まさしくエクスポネンシャル技術の融合が表現されています。

 また、ハイテクばかりを追いかけるのではなく、ローテクを再評価すべきです。日本の古い建築を見るにつけ、シンプルかつ美しく、その技法や木材工芸のレベルの高さにしばしば驚かされます。木材はアナログな資源ですが、エクスポネンシャルの世界ではユニークな資源になりえます。

 それにしても、伝統的な匠の技や、漫画に見られるロボット工学的なデザインなど、異質なものが渾然一体となっている日本の文化は極めて特徴的で、素晴らしい。日本の街並みにも、同じような傾向が感じられます。こうした面白いバランスがあるからこそ、独自の考え方や価値観が生まれてきたのではないでしょうか。

 ドイツ製品の話になりますが、BMWモトラッドが1973年に発表した「BMW R90S」というオートバイは、ほぼすべてを分解し、組み立てられるというモジュラー型デザインでありながら、シンプルかつエレガントなスタイリングを実現させており、いまなお称賛に値するものです。

 アメリカのデザイン、特に自動車のデザインについて言えば、従来の自動車から何も変わっていません。自動車に限らず、アメリカのデザインは全般的にありきたりで似通っており、独自性や美しさに乏しいですね。

 それでも、よいデザインの例を挙げるならば、グーグル・カーでしょうか。この車のことを「ばかげている」「小さなゴルフ・カート」などと揶揄する人たちが少なくありませんが、グーグル・カーは無害にデザインされています。

 この車は自動走行を前提にデザインされているため、運転に必要なものがことごとく排除されています。自動車を「運転する機械」と考えなかったところがユニークで、これが将来的な自動車デザインの原型となり、自動車業界全体を破壊することになるかもしれません。

 私の息子はまだ3歳ですが、グーグル・カーを見て、「いつか、僕はこれに乗るんだよね」と言っています。私の息子が大きくなる頃には、自動走行は当たり前のことになっているはずです。

 私は、この自動車の愛らしいスタイリングも評価しています。人間が機械に抱く「恐怖」という印象を塗り替えるものです。たとえば、『ターミネーター』に出てくるようなロボットだったら見ただけで怖いし、家の中に置きたくはないでしょう。洗濯なんてもってのほかです。

 冷たい機械というのがロボットのステレオタイプですが、日本の漫画に登場するロボットを見ると、受け入れる側である人間の情緒的問題にも配慮が行き届いています。その意味で、ソフトバンクの「ペッパー」に注目しています。ロボット工学における「不気味の谷現象(注3)」は、たしか日本のロボット工学者が提唱したものでしたね。

注3)東京工業大学名誉教授の森政弘氏が1970年に提唱した考え方で、ロボットの見た目や動作が人間らしくなっていくにつれて、人間はより好感的・共感的な感情を抱くようになるが、ある時点で強い嫌悪感に一変し、しばらくすると元に戻るという。

 また昨年来から、トヨタ自動車が、グーグル傘下のロボット開発会社ボストン・ダイナミクスを買収すると噂されています。ロボットにまつわるトヨタのニュースがなかなか聞こえてこなかったのですが、これで面白いことになるだろうと期待しています。

 いずれにしても、私の申し上げたいことは、デザイン次第で製品への見方や距離感が変わってくるということです。自動走行の文脈で言えば、「乗り方」ならぬ「乗らされ方」が変わってくるわけです。デザインは、人間と技術の関係に大きな影響を及ぼす重要な要素です。

 よいデザインには、変える力、新たな価値を創造する力が備わっているわけですが、その力は今後、どのような領域で発揮されていくと思われますか。

 現在ロボットに関するさまざまな実験的な取り組みが世界中で進められているわけですけれども、ロボット工学のエンジニアとして私が関心を寄せているのが、どのようにロボットを人間社会に「適合」させるのか、という問題です。性能を追求することも大切ですが、人間社会に適合できるロボットのデザインも等しく重要なのです。

 テレビやPCなどの平面スクリーンを通して人間が教えるよりも、小さなロボットが勉強を教えるほうがはるかに学力が向上する、というMITメディアラボの報告があります。これは、なかなか意味深長です。

 これまで、人間の顔を見ながら学習することが当たり前でした。ですが、「教える」という行為において、人間以上に適したロボットをデザインできるとなれば、既存の教育システムや教育ビジネスは破壊されてしまうかもしれません。

 身体障がい者の自立支援という問題とも関係しますが、最近では、ロボットアームなどのヒューマンエンハンスメント(人間強化)技術に注目しています。

 たとえば、視覚を補助・補完する技術は日々進歩しています。アイサイトという、人間とコンピュータを一体化させた視覚補助機器を開発しているスタートアップがありますが、彼らのソリューションを使えば、顔の表情を読み取ったり、身振りや手ぶり、行動などを認識したりすることが可能です。

 言わばロボットの目を備え、生来的な視覚以上の視覚が得られれば、世の中の見え方が変わってくるはずです。その意味では、グーグル・グラスも同じく従来の視覚を超える力を与える製品になるでしょう。

 現在、エクスポネンシャル技術は人間の体の内部に入り込もうとしています。ナノテクやバイオテックなどはその最たるものです。その結果、人間を超える力を身につけることが可能になるでしょう。もちろん、そうするか否かの選択は個人の自由ですが、身につけるのが当たり前の社会になっていくのではないでしょうか。

 「パソコンの父」と呼ばれるアラン・ケイは、「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」と述べていますが、シンギュラリティ大学はまさにこのことを実践しているのです。

 


●聞き手|音なぎ省一郎/岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)
●構成・まとめ|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部) ●イラスト|モトムラタツヒコ


 

*シンギュラリティ大学 共同設立者 ピーター H. ディアマンディスの講義記事はこちらです。