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21世紀は「めんどくさい世紀」
だからこそ日本に勝機あり

編集部(以下青文字):昨今、あらためてイノベーションの必要性が唱えられていますが、なかには『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)を著したクレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーション」こそ日本企業の課題である、と主張する人もいます。

藤本(以下略):クレイ・クリステンセンは個人的にもよく知っていますが、ベンチャー経営の経験もあり、思慮深い、超一流のマネジメント研究家です。

 1990年代、アメリカでは、巨人IBMが突如危機に陥ったのはなぜか、言い換えれば、既存のチャンピオンが急転直下で衰退したことが大きな話題となり、アメリカの経営学者の多くがこの問題に取り組んできましたが、ある時期、技術的にも商売的にもうまくいっていた企業がまさにその成功ゆえに失敗する、というクレイの諸行無常的な説明は、人々の心の琴線に響きました。

 彼はストーリーテラーとしても優れていたため、『イノベーションのジレンマ』は社会現象的といえるほど爆発的に売れましたが、彼の破壊的イノベーション論は、しっかりした学問的基礎の上に築かれた研究成果です。

 けっしてクレイの責任ではありませんが、その影響力があまりに大きかったせいで、近年、やや言葉だけが一人歩きしている傾向が見られます。たとえば、漠然と「大きなイノベーションは破壊的で、既存企業を潰す」といった単純化しすぎた解釈もあれば、「インパクトの大きい技術的イノベーション=ラディカル・イノベーション」と「既存企業を消滅させる破壊的イノベーション」を同一視するといった混同もあります。ちなみに、両者は連動することが多いですが、必ずしも同じではなく、たとえばラディカルだが、非破壊的なイノベーションというものもあるのです。

 ここで、イノベーション論の原点に返って考えてみましょう。経済学者ジョセフ・シュンペーターは『経済発展の理論』で、イノベーションを「物や諸力の新結合」と規定し、その中でも非連続的に変化する新結合のみが経済発展を引き起こすとしました。

 シュンペーターの時代には「設計」という概念はありませんでしたが、もしあれば人工物の機能要素と構造要素の新結合、言い換えると「新設計」を意味したであろうと、私は再解釈しています。

 彼はまた、イノベーションにおける「非連続性」(discontinuity)には2種類あると言っています。第1種は言わば「設計の非連続性」で、画期的な新製品に相当するものです。第2種は「イノベーション後の存続企業の非連続性」で、経済発展の担い手である企業の新陳代謝を意味します。

 そして、これら2種類の非連続的変化は、同時に起こる傾向があるとシュンペーターも示唆していますが、概念的には区別すべきものです。ラディカル・イノベーションは前者であり、破壊的イノベーションは後者ですが、先ほど申し上げたように、両者が混同されることがまことに多い。

 ラディカル・イノベーションは、大幅なコスト低減や機能向上を伴う技術や設計のことであり、非連続的な変化をもたらしますが、必ずしも既存企業を破壊するとは限りません。逆に、破壊的イノベーションがラディカルであるとも限りません。

 既存企業の経営者が「破壊的イノベーションが来るぞ。頑張らないと生き残れないぞ」と、組織内に発破をかけるのが目的なら、破壊的イノベーションを連呼するのも悪くないかもしれませんが、少なくとも研究者や専門家は、言葉をちゃんと定義し、気分任せでは使わないことです。

 過去には、コアコンピタンスをコア事業やコア製品と勘違いしたり、リエンジニアリングを制度改革と誤解したりしたせいで、現場をミスリードしてしまうケースが多々ありました。

 産業領域で言えば、上空のICT界やそれが駆動するインターネット系サービス業では、いまなお拡大しているeコマースのほか、Uber(ウーバー)の配車サービス、Airbnb(エアビーアンドビー)に代表される民泊など、既存企業を脅かす破壊的イノベーションの可能性を秘めたものが続出しています。そこを主導する企業の新陳代謝も速く、まさに破壊的イノベーションが続出する領域と言ってよいでしょう。残念ながら、そこは日本企業の存在感が小さい領域でもあります。

 他方、質量があり物理法則の働く地上界では、自動車にせよ工場にせよ、業界地図を書き換えてしまうような破壊的イノベーションは、そう簡単には起こりません。たとえば画期的次世代車の多くは、数十年あるいは100年以上の歴史を持つ既存のグローバル企業が開発しています。設計が複雑化し、大きな技術資源や技術人材を擁する大企業でないと、キーコンポーネント自体の開発が難しいという事情もあります。

 実は、このように、電子や論理で駆動する「重さのない世界」での爆発的な技術進歩、かたやエネルギーの投入を要する「重さのある世界」での地球的・社会的制約と設計の爆発的な複雑化、これら2つの潮流が同時に起こっているのが21世紀の根本的な特徴である、と私は考えています。そのどちらか一方を強調する論説は派手な内容になりがちですから、短期的にはウケはいいでしょうが、多くの場合、長期的には判断を誤る可能性が高いと思います。

 たとえば、質量のない電子や論理で動くICT系のデジタル財、ソフトウェア産業、情報サービス産業は、自然や物理法則の制約をあまり受けないため、企業が主体的に業界標準インターフェースを設定して仕掛けるのがやりやすく、その結果、オープン・アーキテクチャが支配的な産業になりやすい。

 こうしたオープン・アーキテクチャ型の産業に参入する企業にとって大切なのは、アーキテクチャの進化パターンを把握したうえで、能力構築、技術革新、ビジネスモデルとしてのアーキテクチャ革新、市場創造などについて能動的かつトータルに取り組む戦略構築力です。その取り組みを怠った企業はやがて周辺に追いやられ、衰退していくでしょう。

 しかし、あらゆる業界で、そうした革命的な変化が頻繁に起こっていたり、一握りのプラットフォーム・リーダーが支配していたりするわけではありません。こうした状況が常態化しているのは、重さのない世界に属するオープンでモジュラー型アーキテクチャのデジタル系、ICT系の産業です。

 他方、重さのある世界の産業、とりわけ自動車や発電所、工場の生産設備といった産業では、その製品の質量ゆえに、安全問題、環境問題、エネルギー問題などの制約条件は年々厳しくなり、それに対応する企業は最適設計によって対応せざるをえず、それゆえ部品間に業界標準インターフェースを設定することは容易ではありません。

 特に自動車の場合、電子制御系も含め、製品設計は爆発的に複雑化しており、これに対応し切れない企業による設計品質問題、不祥事、開発中止等、深刻な問題が頻発しています。フォルクスワーゲンなどヨーロッパ自動車企業が主導するクローズド型のモジュール化は、こうした爆発的な複雑化の影響を軽減する窮余の一策であり、言わば「受動的モジュール化」です。ICT界における企業側が仕掛ける「能動的モジュール化」とは特徴が大きく異なることを認識し、不用意に両者を混同しないことです。

 もちろん、こうした重さのある世界でも、時として破壊的イノベーションは起こりますが、相対的に見れば、現場の能力構築や製品開発の連続的な積み重ねによる進化のほうが重要性は高いといえるでしょう。たとえば工場の世界では、工場のインテリジェント化や自動化だけでなく、日本全国のものづくり現場で行われている「草の根イノベーション」の積み重ねが依然として重要です。

 いずれにせよ、グローバル能力構築競争の時代においては、アーキテクチャがオープンかクローズドか、モジュラー型かインテグラル型かにかかわらず、現場や企業には、能力構築と戦略構築力の地道な努力が必要です。ICTしかりAIしかりビッグデータしかり、こうした組織や人材の努力や能力を完全に代替することはできません。

 むしろ、こうした新しい技術は生産性向上と需要創造の手段と考えるべきでしょう。現場指向企業であれ、資本指向企業であれ、経済主体には目的があり、技術やイノベーションはあくまでその実現手段なのです。

 場合分けと中庸の大切さをあらためて痛感しました。

 以上で申し上げてきたように、21世紀は、一方では情報処理能力が爆発的に拡大し、他方では社会的・地球的制約がより厳しくなり、この両方のトレンドが複雑に絡み合って進んでいく時代です。その意味では、20世紀以上に「めんどくさい世紀」になりそうです。

 ICT万歳の技術楽観論だけでは済まず、他方では、地道にやらなければいけない課題が山積することでしょう。社会全体、地球全体で見ても、成長と格差、統合と分断、平和と紛争、安定と崩壊などが同時に起こりうる、複雑な世紀になりそうです。

 したがって、21世紀は、めんどくさい複雑な設計の製品やサービス、システムをまだまだ必要としています。ですから、日本の産業や企業は、歴史的に創発してきた多能工のチームワークを持ち味とする「良い現場」をできるだけ残し、それらの統合型現場のチーム設計力やチーム生産力、チームサービスの現場力を鍛え続け、「良い設計の良い流れ」で複雑な物財を正確に速く安くつくり、複雑なサービスをこなすことを持ち味とし、そのストーリーをブランド化し、世界に発信し続けるべきでしょう。

 その結果、「製造業であれサービス業であれ、めんどくさい設計や生産は日本にやらせれば間違いない」との評判を勝ち取り、輸出も観光も含め、世界中から複雑な製品やサービスの注文が寄せられる国にする。それが、今後10年、20年における、日本という中型国家の一つの目標となるのではないでしょうか。現実には、すでに大半がそうなっているとはいえ、これを崩すことなく、世界へのアピール力、ブランド力をいっそう高めていくことがポイントです。

 能力構築と需要創造の地道な努力により利益と雇用の両立を目指す「良い現場」を全国各地にできるだけ多く残し育てること──今後においても、これが日本の産業政策の基本形でしょう。これが、分断を超えて、社会の安定にも寄与します。その際、現場や現場指向企業に要求されるのは、これらの努力を怠ればグローバル競争に負けて消えるという危機意識と、「やれば生き残れる」という希望だと思います。私が知る限り、全国の良い現場はそういう意識で動いてきたと思いますし、これからもそうだと期待します。

 そのためには、経営者の方々は、現場の能力構築に対する深い洞察、世界規模での有効需要の創造、この2つに同時に取り組む必要があります。大企業であれ、中小企業であれ、あるいは政府であれ、21世紀のグローバルリーダーに必要なのは、「現場も地球儀も頭に入っている」ことではないでしょうか。【完】


  1. ●聞き手・構成・まとめ|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部)