「トランスフォーメーションで現状を打破すべき」――世界四大会計ファームの一つであるKPMGインターナショナルのチェアマン、ジョン・ビーマイヤー氏はそのように語る。152カ国の総勢約19万人の人員を統率し、過去35年以上にわたり世界の先進企業に助言してきた経験を持つ同氏に、不確実性が高まる中で経営者はいかにして会社の舵取りを行うべきかを聞いた。

優位性の維持について
CEOの8割超が懸念

編集部(以下青文字):ポピュリズムの台頭による政治不安、イギリスのEU離脱、テロの拡散など、世界は不安定化し、不確実性が高まっています。さらに、人工知能(AI)などの新テクノロジーの台頭、シェアリングエコノミーなどのライフスタイルの変化などにより、企業経営は従来に増して複雑、困難な時代になりつつあるように見えます。2017年の企業を取り巻く環境はどうなっていくとお考えですか。

ビーマイヤー(以下略):ご指摘の通り、地政学的リスク、規制上のリスクに加え、さまざまな技術の登場により、企業経営における不確実性リスクはかなりの勢いで広がっています。

JOHN VEIHMEYER
世界四大会計ファームの一つ、KPMGインターナショナルのチェアマン。152カ国の総勢約19万人の人員を統率する。35年以上にもわたり世界の先進企業に助言をしてきた経験から、ビジネスや財務の問題に関する影響力のある論客として知られる。KPMGアメリカチェアマンおよびCEO、KPMGワシントンD.C.事務所長、リスク管理および規制担当のグローバル統括責任者などを歴任。

  2017年の経営環境は、これまでにも増して経営者の力量が問われる厳しい一年となるでしょう。こうした中で成功を勝ち取るためには、過去に縛られることなく、いままでとは異なる思考や発想で経営を行う必要があります。

 当社では毎年、世界の約1300人のCEOを対象に今後3年間の展望や優先課題などを尋ねる「KPMGグローバルCEO調査」を行っています。

 今回の調査結果で注目したことの一つは、「今後3年間、自社の製品やサービスの優位性を維持できるかどうか」に懸念を抱いているCEOが、実に全体の8割以上に上ったことです(図表1「CEOの懸案事項」を参照)。

 業界の変化があまりにも急速であることにより、自社の事業の中核となっている現在の製品やサービスが3年後には顧客ニーズを失うのではないか、という懸念を感じているわけです。

企業はさまざまな面での変革が必要となります。新たなオペレーティング・プラットフォームを検討し、バックオフィスのオペレーションのさらなる効率化を図らなければなりません。

 そして、何よりも大事なのは、顧客が具体的に何を望んでいるのかをいままで以上に迅速に把握することです。そのためには顧客との恒久的な関係を構築することに尽力しなければなりません。  

 

 CEOが危機感を高める背景には、どのような環境変化があるのでしょうか。

 重要な変化の一つは「業種同士の収れん」です。

 5~10年前であれば、自社のライバルといえば同業他社でした。たとえば、ヘルスケアの会社のCEOに、貴社のライバルはどこかと尋ねたら、おそらくヘルスケア業界の他社の名前を挙げたでしょう。しかし、今日の世界は過去とはまったく違うものになりつつあるのです。

 業種間の境目がなくなりつつあるということですか。

 はい。従来であれば同一業界の企業同士が互いをベンチマークとして競い合っていましたが、その時代は過去のものだと認識することが重要です。

 最近、あるヘルスケア企業のCEOと話していたのですが、このCEOがライバルとして注目しているのは、同業他社よりもむしろアマゾン・ドットコムやアリババのようなプラットフォーム企業だというのです。

 いまやヘルスケア企業といえども、商品やサービスを提供するだけでは不十分であり、アマゾンなどと同様の利便性を提供しなければ、顧客の期待には応えられない時代となったのです。

同業種から異業種へ
M&Aの目的に変化の兆し

 業界同士の収れんが進む中で、異業種へのM&Aなどがこれからさらに増えていくのでしょうか。

 М&Aの増加傾向はしばらく続くでしょう。世界的に比較的低成長の環境にありますので、М&Aを成長の糧にしようと考える企業は今後も多いと思います。

 注目すべきはМ&Aの目的に変化の兆しが表れているということです。

 従来は、同業種の企業同士のМ&Aが多く、その目的の大半は規模拡大により市場の支配力を高めることにありました。

 ところが今日では、自社にはない新たな技術、知財、人材などを獲得することを目的とした、異業種同士のМ&Aがかなり増えています。そうして得た資産をイノベーションの源にして成長を目指そうとしているのです。

 それゆえ、企業がМ&A戦略を検討する際の発想も大きく変わりつつあります。コア事業同士のみならず、コア事業の領域外も視野に入れ、コア事業と結び付けることで役立つ企業を買収検討するケースが増えています。

 実際、当社でもこの数年間でさまざまな企業を買収してきましたが、その中には、データサイエンス企業など、従来の事業領域とは異なる分野の企業も少なからずあります。

 欧米に比べて日本企業の多くは、M&Aよりもオーガニックな成長を目指す傾向があるともいわれます。

 グローバルCEO調査では、「今後3年間の優先事項」について質問しているのですが、世界の主要国のCEOは「イノベーションの促進」や「顧客志向の強化」などの事業強化につながる項目を挙げました。

 ところが、日本のCEOは「投資家報告の妥当性の向上」「業績評価の適正向上」など、管理体制の強化を優先しているのです(図表2「今後3年間の戦略的優先事項」を参照)。

 

 とはいえ、日本の人口構造を見れば、国内の消費者数は将来にわたって縮小していくのが必至ですから、5~10年先を考えれば、多くの企業が海外展開を拡大するのは間違いないでしょう。 

 実際、日本のCEOは自社の成長について非常にアグレッシブに考えています。今回のグローバルCEO調査とは別に、製造業にも調査を行いました。すると、「積極的に成長を追っていく」と答えたCEOは、アメリカは約10%だったのに対し、日本は約40%にも上りました。多くの日本企業が今後、海外での販路拡大などのために、オーガニックな成長のみならずМ&Aを活用することになるだろうと思います。

 М&Aは経営者にとって大きなリスクを伴います。成功するために重要なことは何でしょうか。

 M&Aにおいては、両社の統合こそが最も難しい作業であるにもかかわらず、多くの企業は買収後の企業文化やオペレーションの統合について軽視しがちです。当然のことですが、合併しただけでは期待したような効果は生まれません。両社の顧客、社内のプロセス、テクノロジーなどをいかに統合するかについて、あらかじめしっかりと考えておく必要があります。

 事業や人員などの目に見える部分のみならず、社内文化などの目に見えない部分の融和も課題となります。

 そのためにはまず、両社の強みや弱みなどの状況をしっかりと認識することが大切です。そしてCEOは目指すゴールを明確にしなければなりません。

 ここで重要なのは、買収する側とされる側の双方が変わらなければならないということです。買収した企業が一方的に相手に変化を求めるケースの大半はうまくいきません。そもそも買収する目的は、自社が持っていない価値を得ることにあります。したがって、CEOには、買収した企業の優れた価値をきちんと評価し、それらを合併してできた新たな企業の強化に活用するという強い意志が求められます。

変革時代に求められる
リーダーの自己認識力

 先ほど、業界の収れんが進んでいるとのお話でしたが、競争の構図が大きく変わる中、企業が生き残りを図るために何をなすべきでしょうか。

 キーワードとなるのが「トランスフォーメーション」だと考えています。

 従来とは異なる製品やサービスを提供する企業へとトランスフォームすることで、いままでよりもさらに顧客に近づくことが、多くの企業に求められるのではないでしょうか。

 トランスフォーメーションを実現するうえで、CEOに求められる思考や資質は何だと思いますか。

 これからのCEOの重要な資質として「自己認識力」を挙げたいと思います。

 業界を超えた競争が激しさを増す中でリーダーに必要なことは、さまざまなスキルを持った人材を確保し、最高のパフォーマンスを発揮するチームを結成してリードすることです。そのためには自社の強みと弱みをしっかりと自己認識し、多様なスキルを持ったメンバー同士が相互補完し合うようなチームをつくろうという意志と能力が必要です。

 そしてCEOがマネジメントに成功するか否かのカギを握るのは、多様性を受け入れる文化だと思います。性別、経験、文化、思想など、あらゆる面での多様性は、組織の創造性を高め、潜在能力を発揮させることとなるでしょう。多様性を認め、個人ではなくチーム力の向上にリーダーシップを発揮する人こそが、これからの時代のCEOといえるのではないでしょうか。

 タレントマネジメントに関連して、多くの業界でパラダイムシフトが起こる中、新たなスキルを持つ人材の獲得も大きな課題ではないでしょうか。

 おっしゃる通り、タレントマネジメントはいままで以上に重要性を増しています。今日のCEOに求められる重要な役割の一つは、必要なスキルがどんどん変化していく時代にあって、必要なスキルセットを社内に備えていくことです。多くの企業が有能な人材を求めているので、獲得競争は激しさを増しています。こうした中で人材を確保するためには、企業が将来必要となるスキルを予測する努力を怠らないこと、そして、有能な人材を惹き付けるさまざまな施策が不可欠です。

 しかし、最も重要なことは、イノベーションに富み、クリエイティブな人材が育つカルチャーを醸成することです。そうした中から新たなパラダイムに対応できる人材や、みずからパラダイムをつくり出す人材も生まれてくることでしょう。

 そのためにはCEOみずからが、社員に求める価値観を明示しなければなりません。そして社員が一生懸命に頑張った結果、マーケットや社会の発展に貢献することを実感すれば、さらにクリエイティブな業務へのモチベーションが高まり、こうした好循環が繰り返されることにより新たなカルチャーがつくられていくことでしょう。

 最後の質問です。御社ではビーマイヤーさんが中心となり、子どもたちに数百万冊の本を贈る社会貢献活動を行っていますね。日本のCEOに向けて、贈りたい本を選んでいただけませんか。

 一冊を選ぶなら Itʼs Your Ship(日本語版は『アメリカ海軍に学ぶ「最強チーム」のつくり方』マイケル・アブラショフ、三笠書房)を贈りたいですね。この本は先日、同僚にも薦めた良書です。著者は元海軍の船長です。海軍の中で成績が最悪の船を短期間で改善し、最優秀賞を受けるに至る過程が書かれている本です。組織にはいろんな人がいて、いろんな役割を果たしている。でも、みんな各人各様、よりよいものを目指して組織で働いているわけです。タイトルの通り、「これはあなたの船ですよ」という意識をすべての乗組員に植え付け、成功に導いた実話です。

 わかりやすい内容ですし、著者のリーダーとしての力強さが伝わってきて、とても気に入っています。日本の経営者にとってもさまざまな学びが得られると思いますよ。


  1. ●聞き手・構成・まとめ|松本裕樹(ダイヤモンドクォータリー編集部) ●撮影|中川道夫