KPMGは2015年に続き、「KPMGグローバルCEO調査2016」を実施した。「今後3年間で自社が大きく変革している」と回答したCEOの比率は、世界の先進企業、日本企業の双方において高く、前年を大きく上回った。先行きを見通すことはますます難しくなっているが、変革は待ったなしである。日本企業がこれから取るべき針路を、KPMGジャパンの2人のトップに聞いた。

世界経済のモザイク化
先行きの不透明な時代へ

編集部(以下青文字):2016年は、イギリスのEU離脱やアメリカ大統領選挙の予想外の結果など、国際情勢の大変動を予感させる出来事が相次ぎました。いまのビジネス環境をどうご覧になっていますか。

左│酒井弘行 右│高橋 勉
高橋 勉 TSUTOMU TAKAHASHI
ピート・マーウィック・ミッチェル会計士事務所(現あずさ監査法人)入所。金融事業部長、国際業務本部長、専務理事、東京事務所長などを経て、2013年7月より現職。KPMGグローバルボードおよびグローバルカウンシルのメンバー。
酒井弘行 HIROYUKI SAKAI
アーサーアンダーセン、坪井公認会計士事務所、その後、朝日監査法人(現あずさ監査法人)入所。中国事業本部長、IT監査本部長、専務理事、東京事務所長などを経て、2015年7月より現職。

高橋 いずれも所得格差の問題、特に富裕層と中間層の格差拡大が背景にあるのではないでしょうか。2000年以降、グローバル化が加速する中で、国家をリードする政治家やエスタブリッシュメントたちは、職を失ったり、低賃金にあえいでいたりする人々の不満を十分に汲み取ることができなかった。それが、予想を覆す結果につながったのでしょう。

 国際情勢については、政治学者のイアン・ブレマー氏が「Gゼロ」と表現したように、アメリカが政治、経済、外交を含め世界の警察官としてリードしてきた時代が終焉し、主導国なき時代に入ったともいえます。

 こうした一部のナショナリズムの台頭ともいえる反動はありますが、一方で、企業が収益の最大化とコストの最小化を求めてグローバル展開するビジネスはもはや止められません。特に日本は人口減少に伴う市場の縮小が続きます。新たなマーケットを獲得するという意味においても、あるいはビジネスを持続的に成長させるという意味においても、日本企業は海外展開を強化せざるをえないのです。経営者は各国の固有のリスクを慎重に見極めながら、積極的にグローバル展開を進めるべきです。

酒井 いまの世界情勢を単純に反グローバル化の一言でとらえると見通しを誤るでしょう。グローバル化とは、ヒト・モノ・カネが国境を超えて自由に行き交うことです。欧米先進国では、不法移民の問題を抱えてはいるものの、資金の自由な移動を止めようという話は聞こえてきません。グローバル化に対してさまざまな反応はありますが、一つの国の中でも地域やビジネスによって、その反応は一様ではありません。

 グローバル化に対して、単純に反グローバル化ということではなく、グローバル化がさらに進展する領域もあれば後退する領域もあり、成長する商品・サービスもあれば衰退するものもあり、それが国あるいはその中の地域、人々によっても異なる、言わばモザイク模様の様相を呈しています。人口動態をはじめ、経済、情報、インフラ、テクノロジーなどの急激な環境変化に伴い、単なる富裕層や中間層といった分類ではなく、価値観やニーズの多様化に応じたさまざまな社会的クラスターが生まれ、それによって市場もますますモザイク化していくことが予想されます。

 すべての状況が一定の法則に従って一つの方向に向かって徐々に変化していく時代は終わりを告げ、さまざまな絵の具がパレットの上で独自に色を変えていく時代、つまり、先を読むことがこれまで以上に難しい時代に突入したのではないでしょうか。

変革しないことが最大のリスク
コアコンピタンスを見極めよ

 そうしたビジネス環境の中で、日本企業が成長していくためには何が必要でしょうか。

高橋 マーケットが右肩上がりで成長している時代は、他社と同じようなことをやっていてもビジネスは成立しましたが、いまは違います。変革しないことが最大のリスクとなる時代を迎えています。そうした中では、自社のコアコンピタンスを見極めることが大切です。変えてはならない強みが何かをよく理解したうえで、それ以外はスピード感をもって、大胆に変革していくことが求められます。さもなくば、持続可能な成長を遂げることは不可能です。

酒井 日本企業の多くは大胆に変わることがなかなかできません。戦後、日本企業は世界の先進事例や成功事例を徹底的に調査・研究し、それを改善・改良しながら発展してきた歴史があります。その手法はいまでも大きく変わっていません。それでも生き残ることができたからだともいえます。

 欧米の企業も1980年代までは同じような状況でした。それほど大胆に変わる必要はありませんでした。ところが、90年代以降、新しいテクノロジーが次々と生まれました。特にアメリカではシリコンバレーを中心に、IT関連のイノベーションが連鎖的に誕生していきます。その結果、アメリカの名目GDP(国内総生産)は過去20年間で2倍以上に成長したのに対し、日本は変わらないどころか、減少しています。リスクを取って古いものを捨てて、新しいものをつくり上げる文化がアメリカにはあり、日本にはなかった。その違いは大きいと思います。

 右肩上がりの時代は終わり、いまは解なき時代です。国内マーケットが右肩下がりの日本企業にとって、変革を遂げなければ現状を維持することすら難しいのです。「不作為のリスク」といいますか、何もしないことのリスクを真剣に考えるべきでしょう。みずから課題を設定し、その解決に向けてチャレンジしていくべき時です。もちろん、失敗もあるでしょうが、リスクを恐れていては前に進むことができません。

最先端テクノロジーと
創造的破壊で内外格差

 グローバルな観点から見た場合、世界の先進企業と比較して、日本企業の意欲や取り組みの違いといったものはありますか。

高橋 KPMGは2015年に続き、主要10カ国、11業種のCEO約1300人に対し、「KPMGグローバルCEO調査2016」を実施しました。調査の結果、自社が今後3年間で大きく変革すると予測している割合は、世界も日本も変わらず、前回調査の結果より高くなっています。このことからは、日本を含む世界中のCEOが、経済環境の大きな変化にいち早く対応することの重要性を実感していることがうかがえます(図表1)。

 一方、最先端テクノロジーと創造的破壊(ディスラプション)においては、世界と日本のCEOの間に顕著な差が表れました。世界のCEOは、技術革新の速い最先端テクノロジーに自社が追随していけるかどうかについて77%が懸念を示し、今後の最も重要な投資対象分野と位置付けているのに対し、日本のCEOは44%に留まっています。

 また、世界のCEOは、自社が業界のビジネスモデルに十分な創造的破壊をもたらしているかどうかについて、53%が懸念を示しているのに対し、日本のCEOは34%です。これらの違いが、世界の先進企業と日本企業の間に変革のスピードの差を生み出したり、マーケットでの優勝劣敗につながったりする可能性があります(図表2)。

 

高橋 ただ、必ずしも悲観する必要はありません。グローバルにビジネスを展開する日本企業の中には、大胆な事業構造の改革を進めたり、外国人をCEOに招聘したりするなど、大きな変革が起きつつある企業もあります。

 ある経営者は、かつては役員会で8割の賛成を得てゴーサインを出していましたが、いまは5割の賛成でリスクを取って決断すべきことも必要だと語っていました。そうした意識変化は日本でも確実に進んでいるのだと思います。

酒井「変革」の定義が海外と日本では異なる可能性もあり、その点は注意が必要です。プロセスレベルの改革、改善を変革ととらえるのか、あるいは創造的破壊を伴ってこそ変革といえるのか、議論は分かれるところです。

 日本においては、限られた企業がいまでも先進事例として取り上げられます。外国人CEOの就任や破壊的変化を伴う事業構造改革がレアケースであるため、新聞や雑誌が同じ事例を繰り返し報じているのであって、新たな事例が生まれていないことの裏返しでもあります。なぜ、変革の新しい事例が常態的に生まれないのか。それはリスクを取って失敗した時に、それを許容するコンセンサスが日本の社会に醸成されていないからです。

 失敗すると必ず責められ、積極的なチャレンジを奨励するような寛容さが乏しいのではないでしょうか。企業経営もその例に漏れません。不正や法律違反を犯した場合に罰せられるのは当然ですが、合理的な意思決定を経ていたとしても、事業に失敗すると、その経営者はなかなか再起できません。「昔、会社を潰したやつ」というレッテルを貼られ、資金調達が難しくなります。それゆえ、役員会で大半が賛成した案件だけにゴーサインが出ることになります。役員の多くが賛成すれば、失敗しても責められないからです。

 そうしたローリスクあるいはノーリスクの案件から、変革が生まれるはずはありません。もちろん、失敗に対する責任は負うべきですが、次のチャンスを与えるような社会的コンセンサスや制度が必要だと思います。

高橋 根本的には教育システムの改革に行き着くと私は思います。多様性を受け入れ、チャレンジを称賛し、失敗を許容するような教育が重要です。教員も多様化したほうがいいし、実社会で多くの経験を積んだ元経営者や社会的なリーダーたちがもっと教壇に立ってもいいと思います。

 また、英語教育が本格化しつつありますが、アメリカ人やイギリス人だけでなく、もっとさまざまな国籍の先生に教わったほうが、実践的なグローバルイングリッシュを学ぶことができます。そうした教育を幼少期から受けることが、日本の変革意識を高めることにつながるのではないでしょうか。

 「KPMGグローバルCEO調査2016」によると、世界のCEOは「イノベーションの促進」を今後3年間の戦略的優先事項のトップに挙げていますが、日本のCEOは「投資家報告の妥当性の向上」となっています。ここから何が読み取れますか。

高橋 投資家報告はもちろん重要ですが、イノベーションの促進に比べると受動的であり、欧米ではこうだから、それに従わないといけないという意識が日本の経営者にはまだ根強く残っているのではないでしょうか。海外や他社の動向を気にして、それに後れを取らないようにするという受け身の対応ではなく、自社としてどうしていきたいのか、グローバルなマーケットでサステナブルに成長していくにはどうしなければいけないのか、もっと能動的な姿勢を取らないと、真のグローバル化は実現できないと思います。

酒井 コーポレートガバナンス・コードなどの制度整備が進んだことで、日本でもコーポレートガバナンスへの意識が高まったことは評価されます。しかしながら、欧米に比べれば日本の投資家は企業に大きなプレッシャーを与えているとはいえません。欧米では情報開示や説明が不十分だと、株主が経営者を責めますが、日本ではむしろマスコミが批判するケースが多い。もっとも、近年は日本の投資家の行動も欧米的に変わりつつありますから、日本の経営者は投資家との直接の対話をもっと深めたほうがいいと思います。

環境変化のスピードに対応する
タレントマネジメントが不可欠に

 日本企業と世界の先進企業との違いを受けて、日本企業が変革を実現していくためには何が必要ですか。

高橋 先の見えにくい経済環境の中で日本企業がグローバル競争を勝ち抜くには、目の前の事象だけをとらえるのではなく、俯瞰的に環境変化をとらえ、それに応じていままで以上に大胆に企業を変革させていく必要があります。変革の必要性は、日本企業の多くの経営者が認識されているものと思われます。繰り返しになりますが、日本企業がより大胆に変革するためには、何を変革するかではなく、まず自社の中で変えてはいけないもの、つまりコアコンピタンスを見極めることが重要だと思います。変革とはいえ、何でもかんでも変えればよいというわけではありません。企業価値の源泉は何かを見極めたうえで、果敢に変革に挑んでいく姿勢が必要です(図表3)。

 

酒井 日本では欧米に比べ、経営者OBが相談役や顧問などとして企業内に留まるケースが多く見られます。たしかにOBの知見は貴重ですが、時として現役経営者の創造的破壊に向けての意思決定を妨げる要因にもなりえます。改善はできるのに、なぜ創造的破壊ができないのか。すぐそばにいる経営者OBの功績を否定することになりかねないからです。経営者に対する報酬なども含めて、経営体制のあり方についても変革が必要になっているのかもしれません。

 先ほども申し上げたように、変革は必ずしも成功するとは限りません。失敗した時は、潔く会社を去ることも必要でしょうが、その場合でも、変革に挑んだ経営者を過度に責めるだけでなく、その再起と次のチャレンジを認めるような社会的コンセンサスが必要だと思います。

高橋 変革を進めるうえで重要なもう一つの視点は、グローバル化への対応です。日本企業の海外投資は活発化しており、大型のM&Aも増えてきました。ただ、気をつけなくてはならないのは、買収先の経営を「現地に任せる」という姿勢です。グローバルスタンダードでそれはありえないことです。現地従業員を積極的に登用して、彼らの能力を最大限に引き出すことはもちろん大事ですが、グローバル本社がきちんとグリップを握る領域をはっきりとさせたうえで、それ以外については現地に任せるという方針を徹底しないと、グループとしてのシナジーも総合力も発揮できませんし、不正行為などのリスクを高めることになります。

酒井 海外では、現地企業とのハードなネゴシエーションや、現地従業員との緊密なコミュニケーションを求められる場面がしばしばあります。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論ができるくらいの英語力は必須です。

高橋 理想的には、日本にいても、日常業務で異文化体験ができるといいですね。たとえば、部署内の3割は日本語を話さない外国人がいるといった環境をつくるのです。海外のKPMGでは、グローバル企業にアドバイザリーサービスを提供する場合、ベストな知識と経験を有するさまざまな国籍のプロフェッショナルの混成チームを編成することが多く、クライアントもそれを当たり前のように受け止めています。

 変革のための重要な視点の3つ目がタレントマネジメントです。従来は環境変化のスピードがそれほど速くありませんでしたので、時間をかけて人材を育成することが可能でしたが、今後は、事業変革などに応じて必要となる人材像を明確にし、タイムリーに育成、採用、配置転換などを行っていくことが重要です。ダイバーシティや働き方改革により多様な人材を活用することも必要でしょう。

酒井 人事制度がグローバル化に対応できていないことも課題です。海外の買収先企業にどれだけ有能な人材がいても、日本の本社での評価制度・報酬体系を当てはめようとします。それではいい人材は残らないし、新たに獲得することもできません。多様性を認め、国や地域ごとで異なる待遇、評価をするような仕組みが必要です。

 IoT(モノのインターネット)や人工知能といった新しいテクノロジーが競争環境に影響を与えつつありますが、このような潮流にはどう対応していけばいいのでしょうか。

酒井 従来の日本企業は自前主義、クローズドイノベーションを得意としてきました。環境変化がそれほど速くなかった時代は、それが独自の技術やノウハウを生み出し、強みとなっていました。しかし、環境変化や技術革新が急速に進む中、自前主義だけでは時代の流れに乗り遅れます。従来のクローズドイノベーションからオープンイノベーションへの改革が必要です。そのためには、オープンなマインドもさることながら、リスクテイクの姿勢がいっそう求められます。オープンにすることで技術や知財が外部に流出することを恐れすぎる傾向がありますが、それではイノベーションは進みません。リスクよりもオープンにすることで得られるリターンにもっと目を向けるべきです。


●企画・制作|ダイヤモンド クォータリー編集部