世界中を巻き込む不正会計、不祥事を起こす企業が続出し、企業や経営者への不信が高まり、コーポレートガバナンス(企業統治)、コンプライアンス(法令遵守)が注目されるようになった。一方、日本経済は「失われた20年」といわれる苦境に陥り、政府も成長戦略を日本再生の柱に据え、ガバナンス改革に強い関心を寄せている。昨今、関心を集めているのが、企業価値の向上、収益力アップにつながる「攻めのガバナンス」である。

「守り」から「攻め」に
ガバナンスが変わる

編集部(以下青文字):企業のガバナンス力を高めることが日本経済の再生に寄与し、また、企業自身にとっても重要であるという認識が広まっています。政府も後押しするコーポレートガバナンス改革の意義、本質とは何でしょうか。

左|大西健太郎 右|森 俊哉
森 俊哉 TOSHIYA MORI
KPMG港監査法人(現あずさ監査法人)入所後、KPMG アメリカ、あずさ監査法人理事などを経て、2015年7月より現職。主にグローバルオペレーション、経営管理、知財経営などを専門とし、グローバル企業のさまざまな経営課題に関するアドバイザリーサービスを提供。
大西健太郎 KENTARO ONISHI
KPMG港監査法人(現あずさ監査法人)入所後、KPMGサンフランシスコ/シリコンバレー事務所、あずさ監査法人代表社員を経て、2016年8月より現職。主にグローバル企業の会計監査・アドバイザリーを担当。KPMGジャパン 統合報告アドバイザリーグループ統括パートナーを兼務。公認会計士。

大西 日本経済が「失われた20年」の悪循環から抜け出すためには、それぞれの企業が中長期的に生産性と収益性を高め、グローバル競争を勝ち抜くことが求められます。そのために必要な施策の一つが「ガバナンス改革」です。これまで日本で議論されてきたガバナンスは、コンプライアンスを徹底し、経営者の独断的な行動を監視することや、不正行為や情報漏洩などを起こさないようにして、企業を守る目的で実行されてきました。

 しかしいま、日本企業はそうした「守りのガバナンス」から「攻めのガバナンス」に変革しようとしています。

「攻めのガバナンス」という考え方の基本は、企業経営に適切な規律を導入し、経営者による積極的なリスクテイクを促進して、新規投資、経営施策を推進することで、持続的成長と中長期的な企業価値の向上を目指すものです。2015年6月に始まったコーポレートガバナンス・コードの適用はまさにそれを後押しするものです。

 コーポレートガバナンス・コードの中で、経営に特に大きな変化をもたらすものは何でしょうか。

大西 取締役会の構成メンバーの多様性(ダイバーシティ)が進むことだと思います。かつて日本企業の取締役会の多くは、長年同じ企業で勤め上げてきた「同質性」の高いメンバーで構成されていました。業界事情もよく知る内輪で意思決定するので、異論が出ることは少なく、意思決定が円滑に進む利点があります。軌道に乗っている時はよいのですが、経営が行き詰まった時、問題に直面した時など、状況を打開する新たなアイデアや施策が出てきにくく、同質性が高い組織ゆえの「脆弱性」があると指摘されてきました。

 新しいアイデアは知と知の新たな組み合わせによって起こりますので、さまざまなバックグラウンド、知識・経験、専門性を持つ多様なメンバーで取締役会を構成すること、そして社内関係者と利害関係のない「社外取締役の存在」が重要となります。

森 従来、日本の典型的な取締役会では、ある事業部門の執行責任者が「こういう投資がしたい」「こういう事業の進め方をしたい」と説明したら、他部門の執行責任者はあまり口を挟みませんでした。他部門の事業にそこまで詳しくないし、逆の立場になった時、とやかく口を挟まれたくないからです。

 そのような場合、取締役会は内輪の論理で進められ、単なる承認の場となり、事業のリスクが精査されたり、ブラッシュアップされたりすることが少ない。取締役会が機能不全を起こしている会社もあると思います。

 社外取締役に期待される役割の一つは取締役会の機能回復です。社外取締役は社内の論理ではなく、さまざまなステークホルダーの立場に配慮しながら、企業経営を考えることが求められます。

 たとえば、顧客や投資家の視点で素朴な疑問をぶつけることによって、社内の誰も指摘しないリスクや、ビジネスの成功に向けた新たな観点を提示できることも期待されます。取締役会の議論が活発化し、課題が明確になる、それこそが持続的成長と企業価値向上のカギといえます。

規律の導入は進んでいるが
いかに「稼ぐ力」に結び付けるか

 2015年6月にコーポレートガバナンス・コードの適用が始まって1年半が経過しました。日本企業にどのような変化が起きているのでしょうか。

大西 3月期決算の会社はコーポレートガバナンス・コードへの対応状況をコーポレートガバナンス報告書で開示し、すでに2回目を迎えていますが、これらの開示を見る限りかなり改革が進んできています。コーポレートガバナンス・コードの運用ルールはコンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなければ説明せよ)が基本です。73項目あるコードで遵守していないものは、その理由を説明することが求められます。

 社外取締役の重要性が認識され、2016年には東証一部上場企業のうち社外取締役を選任する企業は98.8%になり、社外取締役の人数は2010年の3倍に増え、全取締役の約4分の1を占めています。「独立社外取締役の少なくとも2名以上の選任」も、すでに約8割の東証一部上場企業が実施しています(図表)。

*東証一部上場企業の社外取締役の選任比率の推移。 出所:東京証券取引所の『東証上場会社における独立社外取締役の選任状況〈確報〉』(2016年7月27日)に基づきKPMGが作成

 改革は急ピッチで進んでいるように見えますが、実際に企業が「稼ぐ力」を回復するための取締役会のあり方、社外取締役に必要な資質は何でしょうか。

大西 その答えはさまざまです。取締役会の中で、社外取締役にいかなる役割を求めていくのか、企業ごとにニーズが異なるからです。現在は、企業経営者、弁護士、公認会計士、大学教授など、さまざまなバックグラウンドを持つ方が社外取締役に就いています。

 業種、業界のことをよく知っている方を求める場合もあれば、ステークホルダーの代表として意見を期待している場合、専門領域での知見を求めたい場合など、社外取締役に対するニーズは企業により違っています。どのような方を選任するかは大変重要であり、企業自身がその方針を明確にすべきです。

 自社の長期的な経営戦略を鑑みた時、「取締役会はどうあるべきか」という観点から評価する必要があります。現在の取締役会のどこに課題があるのかをよく分析し、その課題をクリアするのに必要な役割を社外取締役に求めるのがよいでしょう。

 企業価値向上のために、どのような取り組みをすればいいのでしょうか。

大西 企業と投資家との対話で話題になるのが、不採算事業の撤退に関わる議論です。日本企業は不採算の事業からなかなか撤退できないと、長期投資家からよく指摘されます。しかも、それをガバナンスの問題ととらえているケースが多いのが実情です。

森  企業が変革しようとする時、自社の過去や、社内の誰かを否定しなければならないケースが出てきます。それを社内の力で断行しづらい時に、社外取締役を交えて議論することで活路を見出せます。海外ではディベートが当たり前ですが、日本社会では議論を避ける傾向があります。日本企業はもっと健全で、建設的な議論を丁々発止とすべきです。

 「稼ぐ力」を考える時に留意しなくてはならないのは、経営資源は有限だということ。経営者は限られたリソースを活用してグローバル競争に勝たなくてはなりません。

  長期戦略を鑑み不採算であると考えられる事業から撤退し、成長やイノベーション創出のためにリソースを配分する大胆な判断が必要になってきます。社外取締役の増員や取締役会改革は、この取り組みを後押しするために実施する面があると考えられます。

ガバナンス改革が高める
投資家との対話レベル

 コーポレートガバナンス・コードの中でも取締役会の実効性評価は、これまで日本で行われていなかったため、非常に難しいようです。取締役会のパフォーマンスをどう評価したらいいのでしょうか。

大西 取締役会の実効性は、他社をベンチマークして測れるものではありません。取締役会に求められる役割や目指す姿は、各企業の事業環境、戦略、ステークホルダーの期待などによって異なるはずです。それを評価するのに、「客観的な基準」を一律に設定することに意味はありません。取締役会評価は、「自社の取締役会の目指す姿が実現できているか否か」が評価基準となります。

  具体的には、KPMGでは、「取締役(会)の役割・責務」「取締役会と経営者との関係」「取締役(会)の資質と知見」「株主との関係・対話」「株主以外のステークホルダーへの対応」など、7つの評価の観点・項目に整理しています。これらを活用し、企業の置かれている環境や生み出すべき企業価値と照らし合わせながら、自社の目指す姿を定義し、現時点の達成度合いを評価します。

 コード適用初年度は、外形的な評価を行っただけで実効性ありとしている企業も散見されましたが、今後は、取締役会がどのような機能を発揮し「稼ぐ力」につなげる活動をすべきなのかを明確にすること、すなわち、企業価値向上と取締役会の実効性との整合性を意識した評価が課題になると思います。

 ガバナンス改革では投資家との対話も重要視していますが、取締役会の実効性評価は投資家にどう映るのでしょうか。

大西 取締役会の実効性を高めることは、取締役会が自社の長期戦略に沿ったリスク、リターンについて適切に把握し、意思決定の妥当性、その必要な監督を行うことにほかなりません。取締役会の実効性の向上と合わせて投資家との対話が進展すれば、マーケットにおいても企業価値が適切に評価される可能性が高くなります。

 勘違いしてはいけないことは、社外取締役の機能は万能ではないということです。執行責任者としての経営者が、何を軸に経営していくのかを明確にし、覚悟を持って業務執行し、情報も積極的に開示する。何よりも経営者が主体性を持って議論を積み重ね、意思決定をすることが重要になってきます。経営者のその主体的行動があるからこそ、取締役会が適切に機能し、「稼ぐ力」につながっていくのです。

 イノベーションを実現し、強靱な企業にするため、各企業がそれぞれのガバナンス改革を推し進めることを期待しています。


●企画・制作|ダイヤモンド クォータリー編集部