企業の枠を超えて多様な人と人がつながり、それぞれの知見やアイデアを組み合わせることで革新をもたらし、新たな価値創造を目指すオープンイノベーション。その重要性が指摘されながらも、日本では普及が進まない。オープンイノベーションの阻害要因とそれを打破する方策について考察する。

イノベーションのジレンマを
どう打ち破るか

編集部(以下青文字):イノベーションを追求しながらも、それを実現できないことに多くの企業が悩んでいます。

左│木下 洋 右│井口耕一
木下 洋 HIROSHI KINOSHITA
監査法人朝日新和会計社(現あずさ監査法人)入所後、2009年5月にパートナー。ベンチャー企業の成長支援やIPO関連サービスに長らく従事した後、2015年11月より現職。ベンチャー企業とのオープンイノベーションを模索する大企業を支援。
井口耕一 KOICHI IGUCHI
外資系コンサルティングファーム、プライベートエクイティ、事業会社の取締役・監査役を経て現職。事業戦略の立案、事業ポートフォリオの再構築、新規事業開発、市場参入戦略立案などの業務に従事。

木下 まず大企業について言えば、「イノベーションのジレンマ」が大きな足かせとなっています。既存事業を優先し、社内のリソースをそこに傾注してしまうため抜本的なイノベーションに踏み込めないのです。既得権益を守ろうとする安全主義や保守主義がイノベーションを阻害しています。 

 「イノベーションを起こさなくてはならない」という意識は強いし、そこに資金も投じていますが、根本的なイノベーション戦略が不足している。それが最大の問題なのではないかと思います。

井口 日本の特許取得総数はずっと世界でトップを争うレベルにあり、技術力や研究開発力が劣化しているわけではありません。問題は、豊富や知財や研究開発力をビジネスにうまく結び付けられていないことです。それをうまく結び付けるためにも、社内外と連携したオープンイノベーションをイノベーション創出の中核に置くべきです。

  日本企業は自前主義にこだわる傾向が強いですが、技術でも人材でもアイデアでも、自社に足りないものは外から調達したり、外部と連携したりすることで生み出せばいい。そのためには最初から完璧を求めるのではなく、まずは一定のリスクの範囲内で試行してみる。そういう考え方や仕組みが必要です。

木下 大企業がオープンイノベーションに取り組む場合にパートナーとなるのは主に中小・ベンチャー企業や大学・公的研究機関などですが、そちら側も課題を抱えています。

 日本の中小・ベンチャー企業は資金や人材などのリソースが決定的に不足しています。ベンチャーキャピタル(VC)などからの投資規模が小さく、回収期間も短いのでリスクマネーが回ってこない。また、大企業やVCと中小・ベンチャー企業間での人材の流動性が低く、豊富な経験やノウハウ、人的ネットワークを持った人材、特に経営層が中小・ベンチャー企業では非常に薄くなっています。

 それに、これは大企業側の問題でもありますが、大企業と中小・ベンチャーが連携する場合にどうしても上下関係ができてしまう。ここが対等な関係になっていないとオープンイノベーションは進みません。

  一方、大学などの研究者は研究シーズの事業化に総じて関心が低く、企業との連携が活発とはいえません。大学発ベンチャーもかつてより増えたとはいうものの、近年は微減ないしは横ばい傾向が続いています。

 オープンイノベーションを生み出すエコシステムが形成されている事例として、アメリカのシリコンバレーがよく知られており、日本も見習うべきだという意見があります。

木下 それは必ずしも現実的な解ではないと思います。アップル、グーグル、インテルなど世界的テクノロジー企業の集積度、VCなどのリスクマネーやエンジェル投資家の規模、産・官・学をまたぐ人材の流動性の高さなど、シリコンバレーと日本では前提条件が大きく異なります。それにシリコンバレーのエコシステムは結果として形成されたものであって、仕組みが整備された後でオープンイノベーションが生まれたわけではないのです。

 シリコンバレーでは経営者や研究者、投資家などの個人、あるいは企業や大学などの組織体がイノベーションを求めて主体的に動き、交流し、刺激し合う中で有機的な連携が生まれ、エコシステムが形成されました。その結果、さらにイノベーションが生まれやすい環境が整うという好循環が生まれました。日本では、仕組みをつくることが先だと考えがちですが、順番が逆なのです。

 では、日本型オープンイノベーションの歯車を回していくためのポイントは何ですか。

井口 日本型オープンイノベーションで主導的な役割を果たすのは大企業だと思いますが、イノベーションがうまくいかない組織には共通点が見られます。すなわち、既存事業の既得権益が強いこと、過去の成功体験から抜け出せないこと、同質化したコミュニティの3つです(図表)。

 

 そうした現状を打破し、オープンイノベーションを推し進めていくためには、イノベーションに必要な要件は何かをあらためて定義することが大切です。私たちは3つの要件があると考えています。それは「情報」「資金」「人・組織」です。

イノベーション要件としての
情報、資金、人・組織

井口 イノベーションには2種類の情報が必要で、一つがオタク情報です。外部知識を取り入れて収益化を図るには、企業内の吸収能力(absorptive capacity)が重要だという考え方がありますが、オタクといわれるほど夢中でやっていることでないと、自社にとっての有効性や有益性を見抜くことはできません。

 もう一つは、周辺情報です。宮本武蔵の『五輪書』の中に、「観の目強く、見の目弱く」という言葉がありますが、見の目というのは対象を細かく狭く見ること。たとえば、相手が持つ刀の切っ先ばかりをじっと見ているとやられてしまう。視点を遠くに置いて相手をぼやーっと見るくらいの感覚が観の目で、視野を大きく広げて周辺情報もつかむことで、対象の本質を見抜いたり、戦況全体を把握したりできるのだと言っています。こうした周辺情報をつかむには、外部ネットワークを広げておく必要があり、オタク情報と周辺情報をつなげることが、技術開発から事業化へのプロセスをつなぐことにもなるのです。

木下 2つ目の要件である資金についてですが、私たちは会計ファームなので資金の使い方に関する相談もよく受けます。

 純投資であれば、回収期間を設定して、いくらリターンを上げるかといったオーソドックスな指標の設定の仕方でいいのですが、イノベーション投資となると自社の将来ビジョンをどう描いて、そのための成長事業をどう育てていくかという戦略がまず重要になり、KPI(重要業績評価指標)の設定の仕方もおのずと異なってきます。

 たとえば10年かけてインキュベートしようという新規事業に、既存事業部門と同じ期間収益率を求めていては育つものも育たない。5年目までは赤字だけど、6年目から回収に入り、10年目で既存の花形事業を上回る収益を上げる。そういう戦略があってもいいわけで、それを許容するKPIがないとイノベーションは進みません。

井口 そして3つ目が人と組織ですが、イノベーションの進め方としてよくある失敗例は、新規事業企画部門を立ち上げて、社外からその分野の知見のある人材をスカウトして「後は、よろしく」と任せてしまうケースです。たいていは、社内の事業部門から協力を得られず、計画が頓挫します。

 異端を取り込んで現状を打破するという選択肢はあってもいいのですが、日本の大企業でより現実的なのは、組織をぐいぐい引っ張っていく腕力があって、社内政治もわかっているエース級の人材に担当させることです。オープンイノベーションを進めるためには、社内と社外、社内の事業部と研究開発部門や事業部同士などいろいろな壁を打ち破っていかなくてはなりません。エース級人材の腕力や信頼でその壁を崩していくのが、日本では有効なやり方だと思います。

木下 日本の大企業にはそういう能力と意欲を持ったイノベーション人材が必ずいるはずです。その人たちに新しいプロジェクトを任せる時には、先ほど申し上げた資金の使い方と同じように、個人にひも付くKPIの設定の仕方を既存事業部門とは変え、人事評価制度もそれにリンクさせることが大切です。イノベーティブな挑戦は失敗の確率も高いですから、たとえ失敗してもチャレンジしたことを評価するような制度が必要です。

 情報、資金、人・組織、この3つの要件が揃った時、オープンイノベーションの歯車が回り始め、日本型のエコシステムも形づくられていくと思います。

アクセラレーターとしての
「CVC2.0」を考える

 シリコンバレーではVCやエンジェル投資家がオープンイノベーションを加速させる、いわゆるアクセラレーターとして重要な役割を果たしているようですが、日本型エコシステムでは誰がその役割を担うのでしょうか。

木下 私たちはコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)がその有力な候補になりうると考えています。ベンチャー企業にリスクマネーを供給するだけでなく、場合によっては企業が持つ技術シーズや人材などをマッチングさせるという役割を想定した場合、事業会社がつくるCVCが日本では最も有効に機能するのではないでしょうか。

井口 かつてCVCの設立が相次いだことがありましたが、それらはあくまで社内組織としての位置付けが大きく、純投資としてのベンチャー投資を成功させた例はあっても、オープンイノベーションを加速させるという点では必ずしもうまく機能しませんでした。

 これを「CVC1.0」とすれば、第三者的立場でオープンイノベーションを促進する役割を担う「CVC2.0」は、思い切って社外に切り出し、独立性を担保したほうがうまく機能するはずです。

 CVCの経営メンバーも年、3年で交代して母体企業に戻るようではアクセラレーターとして十分な役割は果たせませんから、たとえば10年間はその仕事にコミットする。社内でのキャリア形成という点から考えれば、リスクを取ってCVCに行くことになりますから、それに見合うインセンティブも考える必要があると思います。

木下 繰り返しになりますが、エコシステムが整備されてからオープンイノベーションがスタートするわけではありません。一つひとつの企業が、情報、資金、人・組織の3つの要件を念頭に置きながら、オープンイノベーションによって現状を打破すべく果敢にチャレンジすること。それによってエコシステムが結果的に形成され、日本の競争力を高めることにもなるのです。


●企画・制作|ダイヤモンド クォータリー編集部