グローバル全体で税コストを最適化しただけで、わずか数カ月で50億円のコストカットを実現——これは数年前にKPMG税理士法人が実際に手がけたケースだ。こうしたポテンシャルの存在を裏返すと、そこにはタックスガバナンスの不全がある。グローバルと日本企業のタックスマネジメント格差を知り尽くした2人のエキスパートは、各国による税の取り合いが熾烈化する中、税に無防備な日本企業が格好の標的とされるリスクが高まっていると警鐘を鳴らす。

そのタックスガバナンスで
株主は納得するのか

編集部(以下青文字):グローバル化が進む中、税務への日本企業の取り組みの遅れが懸念されています。現状をどうとらえていますか。

左|神津隆幸 右|角田伸広
角田伸広 NOBUHIRO TSUNODA
国税庁で国際業務課長、相互協議室長、東京国税局および大阪国税局で課税第一部長、調査第一部長、国際情報課長等を歴任し、二重課税回避、移転価格調査および事前確認等に従事。OECDおよびUN(国際連合)においてOECDモデル条約、移転価格ガイドライン、BEPS(税源浸食と利益移転)作業計画、UNモデル条約、移転価格マニュアル等の策定等に参画。2013年10月より現職。
神津隆幸 TAKAYUKI KOZU
KPMGピートマーウィック(現KPMG税理士法人)入所。KPMGミラノ事務所、ハンブルク大学国際税務修士課程の非常勤講師を経て、2010年より現職。KPMGジャパン国際税務サービスのカントリー・リーダーを兼ねる。多国籍企業のバリューチェーン設計における税務最適化へのアドバイスを提供。

角田 グローバルに事業を展開していくのにコーポレートガバナンスがしっかりしていなければとても戦えないし、そもそも怖くてCEOなど引き受けられないと思う経営者は少なくないでしょう。ところが税については、驚くほど無頓着で意識が低い。海外を含むグループ全体でタックスガバナンスを構築している日本企業は一握りです。その結果、税務にかかるリスクとコストのバランスを欠いたり情報開示が不十分になれば、不要な納税の発生や、追徴税を課されてレピュテーションを毀損するおそれが高まります。

 日本では元来、税負担は企業の社会的役割であり、払うべきものは払うという立場を取る企業が多い。それ自体はけっして批判されるべきものではないでしょう。ただ、多国籍企業などの過度な節税に対する世論の批判の高まりや、BEPS(税源浸食と利益移転)対策に乗じて新興国などが課税強化を図る中、いつまでも税にナイーブな姿勢を取り続けることは極めて危険です。

神津 株主に対する経営者の責任という観点からも、タックスガバナンスの立ち遅れは問題視されています。欧米のグローバル企業は「税引後利益」の最大化を目指します。ROE(自己資本利益率)やPER(株価収益率)など企業価値を測る指標は税引後利益をもとに算出されますし、最大のステークホルダーである株主の関心事もそこにあるからです。

 翻って日本企業はといえば、「税引前利益」の最大化ほどには熱心ではありません。設備投資やR&D費用と同じく、税金もマネージすべきコストであり、株主も大きな関心を寄せています。自社はどんな税務ポリシーと戦略を有しているのか、税負担が利益にどのように影響しているのか、CEOやCFOがきちんと説明できなければ、株主に対する説明責任を果たしているとはいえません。

 ほとんどのCEOは、税務にみずからコミットすべきとは考えていないはずです。

神津 50億円以上のコスト削減が実現できて、それが以降も継続するとしても、同じことが言えるでしょうか。これは我々が実際にサポートした事例ですが、グローバル全体で税の最適化を行うことにより、当初2、3年かかると思われていたコストカット計画の策定がわずか数カ月間で完了しました。もちろん、人員削減も生産拠点の閉鎖もなしに、です。これは、毎年コンスタントに50億円の利益が上積みされるのと同じ効果をもたらします。

 日本ではどうしても、税務は一連の商行為の「後処理」ととらえられがちです。そのため経理の中に税務部門が置かれるケースがほとんどですが、欧米では財務からも経理からも独立した組織として置かれることが多く、一種の花形部門にさえなっています。それは先ほどの例のように、タックスマネジメントの適正化で、小さな事業部門の利益を上回る額や、細かなコスト削減の積み重ねでは達成できない価値を生み出しているからです。

 日本企業には税務の見直しによって企業価値を最大化する余地がまだまだ残されています。言い換えれば、企業利益に直結するものとして税務に対する認識を改め、少しの努力をするだけで大きな果実が得られるのです。

角田 海外子会社も含めたグループ全体で税負担の最適化ができていないということは、裏を返せば税務リスクも掌握できていないことを意味します。実際、海外子会社がどんな税務コストを負担しているのか、税務リスクをどれくらい取っているのか、日本の本社が把握できていないケースは少なくありません。その結果、二重課税のコストを負担したり、意図しないところで過大な税務リスクを取ってしまっているケースも見受けられます。

 余分な税負担も見逃せませんが、行きすぎた節税対策も重大な問題です。2016年にパナマ文書が話題を集めましたが、親会社のあずかり知らないところで子会社が脱法行為に使われていたなどという事態は、絶対に避けなければなりません。

神津 税務に関する理念やビジョンが明確で、そこから導かれるポリシーと戦略があって、それを実現するための体制が構築されている。これがタックスガバナンスのあるべき姿ですが、日本企業の場合、ビジョンも戦略もなく、国や事業部ごとの部分最適や場当たり的な対応に終始していることが珍しくありません。海外も含めて、統一したポリシーの下に、自社グループの取る税務ポジションを明確にし、CEOとCFOによるトップダウンで全体把握と全体最適を図っていく必要があります。

国家間の熾烈な
税の争奪戦が始まった

 OECD(経済協力開発機構)が主導するBEPS対抗策が実施段階に入る一方で、ドナルド・トランプ大統領はアメリカ企業が海外に留保している2兆ドルともいわれる莫大な利益の還流を促す構えを見せるなど、グローバル企業の税をめぐる不確実性が高まっています。

角田 BEPSの封じ込めを主導してきたEUからイギリスが離脱することで、足並みの乱れを懸念する声があります。一方で、低成長を背景としたナショナリズムの高まりと自国第一主義の台頭が、税の分野にも影響を及ぼしつつあります。

 日本に関わりの深いところで一例を挙げれば、アメリカ国内にある外国企業子会社への課税強化は実現性の高いシナリオといえるでしょう。財政赤字を税収増で補おうとする場合、税率を引き上げるのが最も一般的な方法ですが、さまざまな理由から実行できない場合、課税ベースの拡大を検討します。トランプ政権は法人税率を引き下げるとしていて、実行すれば確実に税収は落ち込む。その減収分を補うために、日本の本社は黒字なのに、アメリカ子会社は赤字といったところに目をつけて、利益を出させて納税を迫るといったことは十分に考えられます。

 国際課税は各国の事情や思惑に応じたルール設計や、恣意的な運用がなされやすい側面があります。これまでBEPS対策の名の下に、何とか自国の課税権を拡大しようとやっきになっていた新興国に加えて、今後は先進国も含めて国家間の税の取り合いが激しさを増すと予想されます。

神津 実効税率の引き下げに積極的ではなかった日本企業にとって、BEPS対抗策の影響は、中国などの新興国との間での二重課税リスクが主と考えられてきましたが、先進諸国との間でも二重課税が救済されないリスクが高まっていると考えるべきです。

 そうした事態が進めば、全世界共通の透明性の高いルールを前提とするタックスマネジメントから、もう一段ガバナンスのレベルを引き上げて、国ごとに多様化したルールに応じたマネジメントを行っていかなければなりません。しかし、日本企業の多くはまだその前のフェーズにいます。

角田 BEPSプロジェクトで勧告された移転価格文書化のうち、マスターファイルと国別報告書の最初の提出期限が2018年3月に迫っています。移転価格の本質は、親子会社間でどう所得を配分するかということなので、移転価格文書によって事業活動の実態や、各国における納税状況がガラス張りになれば、課税を強化したい子会社所在国の税務当局にとっては非常に有効な武器となります。

 このまま手をこまねいて二重課税リスクにさらされるのか、グローバル・タックスガバナンスを構築して対抗するのか、まさしくここ1、2年が正念場になるでしょう。

税務戦略なき事業計画は
海図を持たない航海に等しい

 タックスガバナンスを整備して、タックスマネジメントを強化するために、何から手をつけていけばいいのでしょうか。

神津 まず人的リソースを再配分する必要があります。

 アメリカのある大手企業は税務部門に全世界で1000人規模の人員を擁していて、アメリカ本社だけでも200人は下りません。これは少し特別な例ですが、売上高250億ドル以上の欧米企業の税務部門の人員は、平均で101名に上るという調査結果もあります。しかもその中には、大手会計事務所のパートナークラスの人材が数多く含まれています。これに対して日本企業はといえば、多くてもせいぜい数十人規模というところではないでしょうか。この人的リソースの差は大きいと言わざるをえません。

 ただ、国際税務に習熟した人材をすぐに確保することは難しいでしょう。地道な育成を続けると同時に、税務業務そのものを効率化、高度化させていく必要があります。

角田 ガバナンスの観点からは体制の再構築が求められます(図表)。

 

 具体的には、グローバルの税務機能を率いる税務部門を置いて情報と権限を集約し、CEOやCFОに直接リポートするラインを整備する。欧米企業では、最高税務責任者(CTO:Chief Tax Officer)は経理や財務から独立した部門を率いて、CFОへのリポーティングラインを有しているのが一般的です。

 また、個別の事業での意思決定の際に税務部門の関与を高めていく必要もあります。プロジェクトに早い段階からメンバーとして加わり、事業部門と一緒になってコストとリスクの両面から税務スキームを検討して、より最適なオプションを提示する。

 日本企業の場合、どうしても事業部門が単独でオペレーションする傾向が強く、後から税務上の問題が発覚するケースも見られます。財務戦略なしの事業計画がないように、税務戦略なしの事業計画も海図を持たずに航海に出るようなものです。財務との連携が、より精緻で強い事業の実現につながります。


●企画・制作|ダイヤモンド クォータリー編集部