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強い事業のイノベーションが
よりよいグローバル社会を実現する

編集部(以下青文字):グローバル展開ですが、中国が大きく成功しています。決め手は何だったのでしょう。

柵山(以下略):上海電機集団とエレベーターの合弁を始めたのが30年前。中国が急速な発展を始める前に大連と西安で工場を立ち上げ、足場を固めてきました。ようやく収穫期に入りました。

 グローバルなバランス経営となると、欧米を強化しながら「グローバル5極」の展開が急がれますね。シンガポールのMEAP(三菱電機アジア)のように、ハブとなる地域本社もつくられています。

 5極については、欧州、北米、アジア、中国、台湾に地域代表を配し、地域ごとのリスク管理を徹底しています。各地域の法務・コンプライアンス、人事、宣伝、広報など、コーポレート機能を集結し、各地域の責任者が専門メンバーを統率する仕組みを固めました。

 責任者のもう一つの大事な役目は、成長戦略を描き、その責任を負うことです。その際、おのおのの地域特性に基づいた成長戦略から、各事業本部に対し、将来的な方向性についてアドバイスしてほしい。それも地域代表の重要な役目と考えています。

 人材が要になりますね。

 日本から現地へ赴く人材と現地で採用した人材の育成を含めて、5極の体制をほぼ整備したところです。グローバルマインドはできてきたと見ています。

 グローバル・ローカライゼーションが進むと、三菱グループの三綱領の一つ「所期奉公」(日本の国益に奉公するという意識)との折り合いのつけ方が課題になりませんか。

 岩崎小弥太の時代の「所期奉公」は大日本帝国に対するものだったわけですが、いま我々は「グローバルに奉公する」のであって、海外現地法人の社員であれば、たとえば、インドに奉公する、アメリカに奉公する、となる。要するに、当社の社員それぞれが働き暮らす地域で愛される会社になればよいのです。

 グローバルとは、つまりそれぞれの地域で必要とされる会社になることです。結果的に、それがグローバル成長につながり、日本に奉公することになるわけで、定義は変わっても目指すものは変わりません。

 先ほど出た「e-F@ctory」というIoTへの取り組みですが、最近話題になっているドイツの「インダストリー4・0」よりも、10年以上前に名古屋製作所でスタートしています。

 全国の工場に、概念も機器も導入しています。すでに設備のメンテナンスなどで成果が上がり、たとえば半導体の歩留まりの伸び悩みでは、その原因を究明する際、小型の人工知能(AI)が製造プロセスを常時監視していて、データを解析することで、実際に歩留まりが、100%とまでにはいきませんが、大きく改善できました。

 IoTとAIの時代になると、IT企業との競争も出てきます。現にニューヨークではマイクロソフトがドイツのティッセンクルップと組んで、エレベーターのプラットフォームづくりに取り組んでいるようです。グローバルでの戦略的な仕掛けも、必要になってきます。

 得意とする領域で世界一を目指す一方で、得意でない領域は得意な企業と連携する方向で舵を切りましたが、得意でない領域で買収までして自社の事業に統合する必要はないと考えています。マージよりもコラボレーションしたほうがよいという考え方です。

 オープン・グローバル・イノベーションですね。では、イノベーションをどう実現していくか。それには、アポロ計画のような組織的な革新に代表される「中心で起こすイノベーション」と、ソニーの「ウォークマン」や「プレイステーション」のように個人のクリエイティビティが発揮される「周縁で起きるイノベーション」の2つがあると思います。三菱電機はどう取り組んでいるのでしょう。

 イノベーションという言葉には、いろいろな定義があると思います。近年の当社のイノベーションは上海中心大厦(シャンハイタワー)(上海市の地上119階の中国最高層ビル)に納めたエレベーターでしょう。単デッキとダブルデッキでそれぞれ世界最高速、加えて世界最長昇降行程距離を実現したことで、2016年12月にギネス記録の認定書を3つもらいました。1件で3つも世界記録を達成したのは、希有の例ということでした。

 「強い事業をより強く」というのは、それぞれの強い事業でイノベーションを起こしていくことで、ご質問にあった2つの例で言えば、「中心で起こすイノベーション」になるでしょう。たとえば、2016年に発明協会会長賞を受賞した発電機は、世界最大級の発電容量とコンパクト化を両立させた画期的製品です。発電機は枯れた技術といわれていますが、これはコツコツと開発努力を重ねて生み出された非常にシンプルなタービン発電機で、当社らしいイノベーションです。

 当社の「事業のシナジー」は、ソニーの「ウォークマン」のような周縁で起きる個人の創意型と違って、「組み合わせのイノベーション」です。エレベーターとエアコンと何かを組み合わせてZEBをつくるような、そうしたイノベーションを志向しています。

 そこで重要なのがR&Dですが、炊飯器から人工衛星までカバー領域が広いのに、R&D費は2130億円(2016年3月期)とそれほど多くない。なぜ少ないのでしょうか。

 総花的ではないからです。自分たちが強みを発揮できる技術やこういう領域で強くなっていこうという領域に絞っているからです。

 次世代のパワー半導体のSiC(炭化ケイ素)も20年越しで開発されています。SiCに絞っているのですか。

 ほかにも注目される素材はありますが、SiCは長い期間をかけて育てています。たとえば、電車のモーターはSiCを使うことで従来のシリコンに比べ消費電力を40%削減を実現して、優秀省エネルギー機器表彰で経済産業大臣賞を受賞しました。大きな効果が出る部分はSiCに切り換え、シリコンで十分ならそのままでよい。高いコストをかけて不要な価値を投入しても意味はないので、棲み分けを的確に判断しています。

 ドグマ志向じゃなくて、現実をよく見て適材を適所に、というわけですね。

 そうです。お客様が求めるバリューをいかに安く提供するかが、社会に必要とされる会社の条件だと思うのです。

自分たちの常識に「動揺」を与えて
組織の新陳代謝を誘導する

 イノベーションを統括するのは2012年に招聘された経済産業省出身の近藤賢二氏ですね。現在は、専務執行役開発本部長です。東大法学部卒の文科系人材に、実質CTO(最高技術責任者)を託されているのはなぜですか。

 技術開発や知財などに関して、また技術政策でも腕を振るってきた近藤さんのキャリアからして、私は適材だと思っています。「異種の知」として、すでに開発本部に新風を吹き込まれています。

 自分たちだけの言葉では通じない人が来た当時の開発本部は、さぞ動転したことでしょう。私にも同じ経験があります。ずっと重電の世界にいて、社長になる前の2年間は半導体・デバイスの本部長を任されました。当時の私も「異種の知」でした。専門外の私には、半導体の「当たり前」が謎だらけで、しょっちゅう「なんでこんなことをしているのか」と聞いたものです。専門家には「そういうもの」という刷り込みがあるのですね。

 たとえば、夏に雷が落ちるとよくプラントが止まるのですが、半導体の人たちは「落雷があったから仕方ない」と言う。でも私は電力の人間なので、「そんなもん、止まらんようにしたらええやん」と思うわけです。

 調べてみると、回路の組み方や部品の選び方で改善できることがわかりました。そんなに難しい話ではないのに、半導体開発の専門家たちは設備に関する知識が乏しくて、そういうものだと思い込んでいたわけです。プラントの稼働率はコストに直結しているので、私は至急に対策を講じて、ほとんどお金をかけずに、停止率を改善しました。それができたのは、「違う目線の発想」があったからです。高度な専門家集団の中には、「異種の知」を混ぜたほうがよいのです。

 近藤さんは、「未来イノベーションセンター」を新設され、2030年を見据えた未来技術の探索組織をつくられた。この激変の時代に超長期を見据えることは可能ですか。

 次世代パワー半導体のSiCも20年前からやっていて、いまようやく刈り取れるわけですからね。もちろん、R&Dの大きな比重を占めるわけではないけれど、基本となる技術開発は絶やしてはならない。2020年を一つの目標にしていても、その後もずっと続いていくわけですから、そのためのメシの種を仕込まなければならないのです。

 既存の技術という山を登るばかりでは、新しい地平は拓けないということですね。

 そうです。たとえば、2030年の世の中の生活を想像して、それを実現するためには、いま何をしなければならないか、というバックキャストの視点が必要だと思います。現在の延長線上だけで考えるのではなくて、新しい地平を拓くためにも、未来から現在を考えることが大事です。

 近藤さんは、技術を卵の黄身、運用・保守などアフターサービスを白身に例え、白身の部分も大きくしようと提案されています。白身にはマーケティングの強化も入っているわけですね。

 「白身」の部分というのは、要はお客様がどういうことを求めていて、それにいくら払ってくださるか、ということです。そういうビジネスモデルをつくり実現するような開発体制を構築する。そういう取り組みをマーケティングと言うのであれば、そうです。

 最近は、「白身を大きくするだけではなくて、黄身の数も増やそう」という私の意見も汲んで(笑)、発破をかけてくれているようです。一つの殻に黄身をいくつも入れて、先ほどのZEBのように、事業のシナジーを生み出すということです。ダチョウの卵のように殻自体を大きくして、黄身をたくさん入れると価値が上がるようにするということです。

 CEOとCTOの視点が交差して新たな価値を発見する様子をうかがい知ることができるエピソードですね。柵山さんはエンジニア出身ですが、そうしたマネジメントに開眼したのは、ウェスティングハウス(WH)との契約解除の交渉ですか。

 WHがシーメンスに発電事業を売却した時はまだエンジニアで、部長になる前でしたね。発電機のライセンス契約を解除すれば使用権も消滅するわけですが、WHに帰属する技術と当社のそれが複雑に入り組んで区別が困難な状態でしたので、契約解除によって当社は従来の事業を継続できなくなる。一瞬青ざめたものです。

 ところが、最後の契約更改の際、そうした事態を想定して、「事業売却をした側は、すべての権利を放棄する(相手にすべての権利を許諾する)」という条項を入れてあったのです。当時のWHは売却されるなど夢にも思っていなかったので抵抗もあったそうですが、認めさせた。こうして発電に関する技術の使用権はすべて我々に許諾されたのです。さらに、「事業売却した側は、相手の技術を使用する権利がなくなる」という条項もあったのですが、それを厳密に適用したらWHは困難な状況に陥ったでしょう。結局、この条項は除外して契約解除に漕ぎ付けました。

 WHとの契約交渉をした先輩社員があらゆる状況を想定して、後輩たちが技術の使用権を逸することのないように、「終結事項」を整備していた。知財契約は当社のビジネスの命運を握る。契約の際はバラ色のことばかりを想定しがちですが、それは違うということをこの時胸に刻みました。これがマネジメントの修業かもしれませんね。

 三菱電機は、21世紀以降、谷口一郎さん、野間口有さん、下村節宏さん、山西健一郎さんとトップが4年交代で「バランス経営」を深めてきました。しかも出身部門は、電子システム、R&D、自動車機器、生産技術、柵山さんも電力システムと、必ずしもドル箱部門ではありません。それは「稼ぐ人が一番エライわけではない」というメッセージですか。

 私がどういう基準で選ばれたかはわかりませんが、「稼いだ実績」だけではないでしょう。その人が儲けてきたかどうかは別の問題です。自分たちの会社の哲学を引き継いでいく人が大事なのです。三菱電機が構築してきた「バランス経営」という理念をきちんと継承して、さらに成長させていける人。私もそういう人を選びたいと考えています。【完】


●聞き手|森 健二
●構成・まとめ|森 健二 ●撮影|中川道夫