キヤノン、サムスン、コニカミノルタ、シロカ……。そうそうたる企業で、デザインを軸にした電化製品開発にまつわることを経験した伊藤英記が、テスコムの商品統括担当として入社して2019年8月で2年半。その間に伊藤は新ブランド「Nobby by TESCOM」を世に送り出しました。そんな伊藤の今までの軌跡と、これからテスコムが描く製品像とは──。

大切なのは最初に「しっかり」観察すること

▲コニカミノルタで機械工業デザイン賞を受賞したメンバーと(写真右が伊藤)
伊藤  「実は、学生の頃は美術の教師になりたかったんです。でも当時はバブル真っ只中。正直なところ、各企業からのオファーが魅力的過ぎて、目指していた道はどこへやら、サラッと企業に入社してしまいました(笑)」

1社目はキヤノンで、プロダクトデザイナーとして勤務していた伊藤。そこで最初は機構設計を担当し、オフィス機器のプリンターから一般家庭用のデジカメまで、担当する製品も大変幅広いものでした。

機構設計は一般には馴染みの薄い言葉ですが、実はその業務の範囲は多岐にわたり、かつ身近です。機構設計とは、性能や品質だけでなく、コスト、デザインなども考慮し、様々な部署と連携しながら全体を俯瞰してデザインする仕事なのです。

伊藤 「入社直後は、方眼紙に鉛筆で実寸の図面を描いたり、試作品を手加工したり。今振り返ると、製品の仕組みを学べる“機構設計 ”が最初のキャリアで良かったです。機能性、操作性、量産性、デザイン性など、全てを網羅して考える機会を若いうちに得られたことで、常に俯瞰で見る習慣が身に着きましたね。」

そして数年経つと、企画から流れてきた製品のデザインをするだけでは飽き足らず、もっと企画に入り込んだ仕事に興味が沸くようになりました。

伊藤 「ついには製品にまつわるイベントまで担当するようになりました。たとえば、ミラノで行われる国際家具見本市の『ミラノサローネ』のような場で、映像機器を使ってあらゆるクリエーターとコラボして芸術作品として表現するなど、さまざまな挑戦をしました。とても刺激的だったし、自分の可能性を広げられたと感じています」

その後、サムスンでプロダクトデザイナーとして勤務した後、コニカミノルタに入社。この経験に伊藤は「両社とも刺激的で、在籍した年数×数倍の経験を得ることができた」と語る。

特にコニカミノルタでの経験は後に生きています。コニカミノルタでもプロダクトデザインを担当し、商業印刷機器や計測機器、医療機器などのB to Bの製品のデザインを行いました。

伊藤 「例えば医療機器だと、ひとつの製品をデザインするにあたって病院に張り付いて検証したりもするんですよ。お医者さんや看護師さん、患者さんの動きをよく観察する必要があるからです。

機械の高さは患者さんにとって無理がないか、看護婦さんにとってセッティングが難しくないか、お医者様にとって必要なデータがとれるか……。ここにコストをかけすぎないという病院経営の視点も加えて改良を行い、一つの製品を作り上げていく。デザインというより、プロジェクトマネジメントに近い立場でしたね」

観察からニーズを分析し、そこにピタリとハマるものをつくる。伊藤は製品と、人と向き合い続けました。

伊藤 「後々は、この一つの製品をハブとして他の病院にも製品を売り込んでいくことになります。だから、ハブとなる製品の精度はとても大事になってきます。いつも感じているのは、これはどんな製品をつくるのも同じですが、最初に“しっかり” 観察すること。これが、とても重要なんです」

「じっくりコトコト」から「レンチン料理」へ

▲テスコムにて商品企画のミーティングする伊藤(写真右が伊藤)

その後、ものづくりの観点を生かしながら全く違う場所に身を置き、新しいものを作りたい、という気持ちに駆られ、シロカ(当時はオークセール)に入社。商品企画や商品開発を行う商品統括の担当に着任しました。

伊藤 「初めてのベンチャー企業でギャップを感じることはもちろん沢山ありました。今までが『じっくりコトコトの煮込み料理』だったら、ベンチャーは『スピード重視のレンチン料理』でしょうか(笑)。入社の際、社長副社長から『真のメーカーに育てて欲しい』と言われ、リブランディングから始めました。
社名も白物家電をつくる企業、ということで「シロカ」に変え、コーポレートカラーも白と水色に変更。シロカでプロジェクトリーダーになって取り組んだ炊飯器が大ヒットし、シロカのブランドが認知されるに至りました。順調にブランドが成長軌道に乗っているのを見てとても嬉しくなりました。

シロカのようなスピード感がありながら、歴史があり、規模がもう少し大きい会社でまたチャレンジしたい。そう思ったときに出会ったのが、テスコムでした。

伊藤 「決め手はなんと言っても『人のよさ』です。入社する前、そして入社後も様々な社員と話していますが、みんなとても素直でいい人ばかりなんです。これってすごく大事なことなんですよ。新しいものを素直に受け入れてくれるので、パフォーマンスがどんどん向上するんです。成長の可能性を感じましたね」

入社してから、商品企画とリブランディングを担当することになりました。

Nobby by TESCOMの“顔”

▲『Nobby by TESCOM / NIB3000』(左)と『Nobby / NB3100』(右)
伊藤 「僕は2017年の春に入社したのですが、同年の秋に、今後のテスコムを背負うブランドが誕生しようとしていました。テスコム最大の強みである、美容のプロが使う『Nobby』を、一般家庭用のブランド『TESCOM』で表現した『Nobby by TESCOM』です。
ドライヤーをはじめ、ストレートヘアーアイロンやカールヘアーアイロンなど、プロの道具としての『Nobby』は、美容室のシェア約7割を誇る当社の看板製品。必要のないものを可能な限りそぎ落とし、プロの現場で必要とされるものだけを残したシャープさが魅力の製品です。
しかし、そのまま一般家庭に展開するには道具感が強すぎる。これをどのようにして一般家庭に馴染むようにするか。家の中に置いて違和感のないものに変えるか。これが最大の課題でした」

実は、伊藤が入社する前からこのブランドの企画は進んでおり、その中でも、「Nobby」のDNAは表現されていました。直線的なフォルム、折れないハンドル、左右に配置した吸気口から取り込まれた風は、プロの風速を見事に再現。

機能としてはミニマムでありながらも、最新のテクノロジーを使うことで、仕上がりがプロのクオリティに近づくよう、使いやすさも追求していました。しかし、「Nobby」との違いを表現しつつ、一般の家庭に馴染むデザインとなるには何かが足りませんでした。

ここで伊藤が注目したのは、製品の“顔”でした。

伊藤 「変更をかけるにはギリギリのタイミングでしたが、デザインをガラッと変えました。

これがこの先、『TESCOM』にとってトリガーとなる大切な製品になると思ったからです。
『Nobby』のドライヤーは、左右に配置された吸気口が特徴です。見ていただいた時に、ぱっと目に入るのはその部分なんですよね。だから、これを”顔“として際立たせることにしました。

決定されていたシームレスな形を活かしつつも、まず風が入ることを象徴するような形に変更するために、フィルターカバーのフォルムもシャープに変更。さらにカメラでは良く使われている、ダイヤカットというカット技術を使ったアルミパーツをフィルターカバーにあしらうことで、製品としての“顔 ”を印象付けたんです」

同年秋に行った「Nobby by TESCOM」ブランド発表イベントは、「TESCOM」のリブランディングも同時にローンチをするという方針へ変換し、新コンセプトである「ひとりひとりにBeautiful Surprise」を発表。新生TESCOMを印象付けることに成功しました。

「私にできる、サロンクオリティ」がコンセプトのこの製品シリーズは、2018年グッドデザイン賞を受賞し、今年、世界最高峰のデザインアワードであるIDEA賞も受賞。

この後に続く未来の製品にとって、轍となるようなブランドが立ち上がった瞬間でした。

声をカタチに、想いをカタチに

伊藤  「最近は本質的な生き方、暮らし方を考える人が増えたように思います。丁寧に暮らしたいという方が増えましたよね。だから生活の中に取り込んだときに仕立てのよさが重要になったり、生活を豊かにする道具としてでしゃばらないものが必要になってくる。本質の延長線上にある、使っていて『うれしい』『たのしい』と思えるようなものが、これからは必要になると考えています」

伊藤が入社する前、TESCOMのデザインアイデンティティについて社内ヒアリングが行われました。

「TESCOMらしさとは何か?」を突き詰めていくと、「気配り」がキーワードになります。たとえば、今ではTESCOMの多くの製品で使われている「らく抜きプラグ」はそれに代表されるパーツです。「コストが高くなってしまうから……」という議論があったときに、こういったキーワードが判断の軸となって採用し続けているのです。しかし、デザインアイデンティティは製品に落とし込まれたところで完結していました。

伊藤 「本来であれば、製品やパーツだけでなく、考え方や、TESCOMが世の中の方にどう捉えられたいか、が大切なんですよね。デザインフィロソフィーと呼ばれる概念なんですが、一昨年からその整理も開始しています。『本質を考えよう』と社員にもよく言っています。『そもそもそれって必要な機能なのか? 』と突き詰めて考えると、あれ? 私たちがやってきたことって何か違っていたのかも、と気付くことがあるんですよね」

本質を見てきたからこそわかることが沢山あり、それはTESCOMにとって最大の強みなのだと伊藤はいいます。

伊藤  「『声をカタチに。想いをカタチに。』。海外で行われた「Nobby by TESCOM」の発表イベントで話したフレーズです。サロンの声をカタチにしながら、一般の方が使いやすいカタチは何か。これからも本質を捉えながら、カタチをつくり上げていきたいと思います」

観察を通して、本質を理解し、それをカタチにする。

使う方にとって一番いいカタチを、TESCOMは伊藤と共に追い求めていきます。