新規事業──近年、大企業においてもこの言葉を聞くことが多くなった。一見華やかに聞こえる新規事業創出の裏にある新規事業の本質、挑戦者たちの苦悩、そして「それでも実現したい」という熱い想いを、パナソニックに入社2年目で普段は家電のマーケティングに携わる春日貴大がお伝えします。

スマートキッチン・サミット・ジャパン2019に密着、新規事業を考える

▲ 家電のマーケティングに携わる春日貴大

パナソニックの原点である家電事業を担当するアプライアンス社。ここには、「未来の『カデン』をカタチにする」というコンセプトで、若手からベテラン社員までが会社の枠組みを超えて共創し、新規事業に取り組むGame Changer Catapult(以下GCカタパルト)という活動が存在する。

単に新しいものを考えれば良いというものではなく、「未来の人々の暮らしの役に立つ」という、パナソニックが創業以来ずっと大切にしてきた「お役立ち」視点を軸にしている。機器だけではなく、お客様の暮らしとつながり続けるサービスも含めた新しい「カデン」を生み出す独自の取り組みだ。

2019年、この取り組みは4年目を迎えた。そのGCカタパルトが2018年に出展した2度目のSXSW*(South by South West/サウス・バイ・サウスウエスト )で注目を集めたアイデアのひとつがOniRobot(オニロボ)だ。「おにぎりを初めて食べる!」という海外の人々を含めて、そのアイデアとおにぎりの美味しさに注目が集まった。

そのOniRobotチームは今年の夏、Smart Kitchen Summit Japan 2019**(スマートキッチン・サミット・ジャパン2019、以下SKSJ)へ出展。私はこのOniRobotチームにSKSJの現場で密着することで、新規事業を生み出すのに必要な本質的な要素は何かを考えた。

個人の感覚としても、近年、スタートアップ企業の活躍を聞く機会や、大企業内の新規事業取り組みについて聞く機会が増えたと感じている。「既存の枠を超えて新しい価値を生み出す」ことが以前よりも身近になってきたのではないだろうか。「社会にまだ存在しないものを生み出す」、「未来をつくる」ということはひとりの会社員にとってとても華々しく見える。

一方で、その裏側は非常に過酷だ。家電のマーケティングに携わっている自分自身に置き換えてみても、商品コンセプトや価値訴求の方法を、他社との競合環境を見ながら、社内の関連部門との調整を経て企画していくだけでもかなりの労力が必要である。これが既存事業の枠を超える新規事業であれば、より強大なパワーが必要になるはず、そのパワーの源はなんなのか、SKSJの現場で考えた。

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*SXSWとは?:アメリカ合衆国テキサス州オースティンで毎年3月に開催されるデジタル・インタラクティブや映画・音楽の分野での世界的規模の大型展示会。1987年に音楽イベントとして始まり、1994年にフィルム部門とインタラクティブ部門が追加され、現在の形式となる。特にインタラクティブ部門は世界的に影響力があり、スタートアップ企業の登竜門として、昨今、企業や投資家などから大変注目を集める。

** Smart Kitchen Summit Japan 2019とは?:「『食&料理×サイエンス・テクノロジー』をテーマに、様々な企業でイノベーションに取り組む個人、起業家、シェフ、投資家、研究者など、幅広い領域から食&料理の産業進化にパッションを持つプロフェッショナルが集い、つながり、新しい価値を創造する場。(公式サイトより引用:https://food-innovation.co/sksj2019/) 

新しい事業アイデアを事業化するまでの苦悩

▲ Game Changer CatapultのOniRobotチームの池野(左)と加古(右)

OniRobotは、日本発のヘルシーフードである「おにぎり」を世界中の人に食べていただくためのおにぎりロボットと、簡単に注文できて待たずに商品を受け取るための専用アプリや、注文システムを中心としたおにぎり店舗開業支援サービスである。(URL: https://gccatapult.panasonic.com/ideas/onirobot.php

「炊飯器に対する想いは誰にも負けないです」──そう語るのは、炊飯器開発の経験をもとにOniRobotを発案した加古さおり。大学で調理科学を専攻した後、「君は炊飯器の開発をするんだよ」と先輩に一本釣りされるかのように入社し、現在に至るまで25年以上炊飯器一筋で働いてきた。まさにパナソニックの炊飯器の歴史を担った一員ともいえる。

このように長い期間、炊飯器に携わってきた加古の「おいしいお米をたくさんの人に食べてほしい」という強い想いが、OniRobot立案の原点になっている。

彼女は単に炊飯器という機器の開発だけには留まらない。「日本人誰もがおいしいと感じるごはん」の実現に向け、それぞれのお米の味を最大限に引き出す炊飯プログラムを開発する「ライスレディ」、つまり炊飯科学のプロなのである。

そんな加古の熱量の源泉となっているのは、幼少期に夏祭りで友達と食べた「思い出のおにぎりの味」だ。手で握られたおにぎりを、友達と笑顔で頬張っていた当時。その楽しかった思い出が原体験となって、おいしいお米を、おにぎりを通じて提供したい、その感動を国境を越えて広げたいという想いになった。それが、OniRobotを生み出したのである。

一方で、事業をつくるためには、想いだけでは十分ではない。GCカタパルトのビジネスコンテストに参加した当初のコンセプトは“炊飯器とお米の販売、そしてそのお米に対応した炊き方の提供“というものだった。一次審査に通ったとはいえ、「それは新規事業ではなく、既存事業の改善でしかないよね」と指摘を受けた。審査に残ったからには、大胆なピボットをしないとこの先はないという壁に直面したと言う。

その中で、GCカタパルトのサポートを受けながら内在する課題を洗い出した。「お米をおいしく食べてもらいたいのであれば、国内ではなく海外の人へ広げるべきではないか。それであれば炊飯器や米ではなく『おにぎり』がキーになるのでは」というヒントを得た。そこから「日本から海外へ。おにぎりのグローバル化」というコンセプトのもと、今のOniRobotが完成していったという。

「でも、今も大変ですよ(笑)」──そう語るのは、2年前に事業化担当としてOniRobotチームに参画した池野直哉。コンセプトとプロダクトは形になったものの、現在は事業化という大きな壁に直面していると話す。

池野 「ビジネスモデルをつくる中で、ロボットとして完成させるだけではなかなか広がらないんです。おにぎり屋さんをやるとしても、国内におにぎり専門店は800店しかない。もし既存のおにぎり専門店だけを市場と考えると、そこで頭打ちになってしまう、では、どうするか?」

規模の問題もさることながら、OniRobotの提供しようとしている顧客価値に本当に意味があるものなのか。「ロボットがおにぎりを握る」という目新しさだけでは十分な顧客価値とは言えない。

ビジネスとして成立させるには、プロダクトとしての完成度だけではなく、事業化につなげるビジネスモデルの立案が必要だ。市場から必要とされ、持続的にビジネスを続けるための本質的な価値提供ができるかどうか、そこが鍵になる。

そのため、OniRobotは現在、本質的な顧客価値を検証するために、SKSJなどのイベント出展を通して体験者からのフィードバックを集め、次の打ち手や仮説立案、再び検証するというサイクルを繰り返している。

ここまで続けられた理由を加古はこう語る。

加古 「お米への熱意と、その熱意を表現できる事業アイデアを通して、自分たちが成し遂げたいことへの道筋が見えたことが大きいんだと思います」

事実、これまでもさまざまなチームがGCカタパルトビジネスコンテストを経て、SXSWやSlush Tokyoなどのイベント出展でプロトタイプのお披露目を果たした。

一方で、出展したすべてのチームが事業化までたどり着いているわけではない。だからこそ、これまでのチャレンジャーたちの想いも背負って、まだ見ぬゴールに向かって日々前進し続ける。ここから感じられるのは、OniRobotが直面している課題だけでなく、新規事業創出の難しさである。

直接得ることができるフィードバック──それが、新規事業に挑戦する醍醐味

▲ Game Changer Catapult 事業開発総括の真鍋(左)と代表の深田(右)

ビジネスコンテストの企画運営メンバーとしてさまざまなチャレンジャーの挑戦を支えてきた真鍋馨は、新規事業創出のおもしろさについてこう語る。

真鍋 「新規事業創出に挑戦する醍醐味は、『お客様から直接いただくフィードバック』だと思います。しかしこれは表裏一体で、苦しいことでもあるんです。なぜならお客様は容赦なく否定してくるから。提供しようとした価値を否定されるならまだしも、『別に困っていませんよ』と課題の設定の仕方自体を否定されたりもする。 自分たちが思っていた仮説は大体外れたり、思い込みに過ぎなかったりするんですね。
そこで自分の考えのよりどころを失って一回ボロボロになる。でも、その中でお客様に『これいいね!』と言われることがあるからこそ、それが大きな喜びになるんです」

「お客様と直接会話をする」、というのは一見当たり前に聞こえるが、実は難しい。 一般的に、直接お客様の声を聞くチャンスは想像以上に少ない。私自身、営業部門の社員の声や、商品を取り扱ってくださる流通業界の方々の声を聞くことはあっても、エンドユーザーに直接アプローチをする機会は、あまり持てていない。

しかしながら、新規事業では、自らお客様にアプローチし、自分が立てた仮説を検証することは不可欠だ。まだ存在しない価値を提供しようとするため、「自分たちが生み出そうとしているプロダクトやサービスがお客様にとって本当に必要なものなのか」というところから意見のすり合わせを行わなければならないのだ。

ここがすでにお客様が価値を認めて買っていただいている既存事業との大きな違いだ。 だからこそ、事業化に向けて取り組んでいる各チームは机上の空論ではなく、とにかく足を運んでヒアリングを行い、仮説検証を繰り返して、「自分たちのアイデアは本当に必要とされるのか」という点を突き詰めている。

時間をかけて立てた仮説がお客様に何度も砕かれれば苦しむし、お客様から「いいね!」というポジティブなフィードバックを得られた際にはそれが最高の喜びになる。実際に今回のOniRobotチームのブースでは、素直にOniRobotのつくるおにぎりを「おいしい!」と感想を述べている方や、「これって今後どうやって展開していくの?」というビジネス視点で質問をする方など、さまざまな視点を持ってフィードバックをされた。

加古 「お客様と、こういった展示会で話せることが自分の励みになるんですよね。それが、やりきろうって想いの源泉になっています」

こういう風に来てくださるすべての方々の言葉を一つひとつ受け止め、それらを力に変えている。それだけ、お客様から得られる一言ひとことには意味があり、ヒントがあるのだろう。

最後に、真鍋は熱意を込めてこう語った。

真鍋 「既存事業を進める上で求められる効率化や最適化をする能力とは逆で、新規事業創出には、顧客視点でいかに問いを立てるか、という発想力がすごく問われるんです。なぜその顧客はそれを課題と感じているのか、そしてなぜそれを自分が解決したいのか、を自分に問い続けることが大切だと思っています」

また、新規事業を創出する上で、課題を明確化すること、顧客視点で問いを立てるための一つの方法、それがSKSJのような場所で「つながり」を増やすことだ。

食に関する新たな取り組みを行う企業やスタートアップ、そして行政や研究者など、さまざまな人々が集まるこのSKSJにGCカタパルトは3年連続で協賛・出展している。このようなイベントを通じて多様なアイデアを持つ人や企業と出会い、そのアイデアや熱意をかけ合わせることで、事業における新たな可能性の発見やコラボレーションの機会を得ることができるからだ。

別の専門性を磨き合わせた人々がつながり、新しい価値が生まれるSKSJという場に自分たちのアイデアや、自ら立てた問いをぶつけることの重要性が、現場ではより強く感じられた。

▲ 手を挙げれば任せてもらえる。新規事業創出を行う上での環境づくり

OniRobotでにぎられたおにぎり

「若手でも中堅でも、やりたいことがあれば手を挙げて挑戦できる会社である、ということをGCカタパルトで証明していきたい」──そう語るのは、GCカタパルト代表の深田昌則だ。

深田 「所属部門のミッションや役職とは関係なく、何かをやりたい個人が、それを当たり前のように挑戦できる。そういった風土をGCカタパルトがつくっていくことができればいいと思っています」

深田が強調したのは、「会社員」としてではなく「個人」として何を成し遂げたいのか、という点。たとえ今自分が何を成し遂げたいかが見つかっていなかったとしても、それが見つかったときに年齢関係なく手を挙げて挑戦できる環境があるかどうか。そのときのひとつの選択肢が、新規事業への挑戦であり、GCカタパルトという存在なのだ。

GCカタパルトは、自分が解決したい何かを持っている人が集い、挑戦し続ける場所だ。困難は多いが、その困難が喜びに変わる可能性を秘めているからこそ、次の課題に向かって走り続けることができる。

新規事業創出のプロセスは、「想いを貫けるか」という、自身と向き合い続ける挑戦であるともいえる。ただ単に目新しいものをつくれば良いということではないのだ。OniRobotチームへの密着を通して感じた、炊飯器一筋で挑戦をし続けてきた加古の「お米のおいしさで感動させたい」という強い想い。その熱量に触れたとき、想いの強さに胸が熱くなった。

本当のことを言うと、筆者自身もこのGCカタパルトのビジネスコンテストに挑戦し、ひとつの事業アイデアの実現を夢見たひとりだ。現時点ではその実現はかなわなかったが、だからこそその実現に向けて挑み続けている人たちの想いの尊さを、これから挑戦をするすべての人に伝えたいと思う。

挑戦には年齢も経験も関係ない。挑戦することに限界はないのだ。自分がつくりたいと思った未来を、成し遂げたいと思った何かに向かって突き進むこと。これが、新規事業創出の本質なのかもしれない。

新規事業に挑戦することは決して平たんな道ではないことは確かである。しかし、「自分の譲れない想い」を具現化できる場所がPanasonicにはあるのだということを、少しでも多くの人に感じてもらえたらと思う。