日本の地震がもたらした事態、とりわけ福島原子力発電所でいまなお続いている危機は、グレートリセッションを引き起こしたアメリカの金融崩壊を見つめていた人びとに、不気味な類似点を感じさせる。どちらの出来事も、リスクについて、また市場や社会のリスク管理のまずさについて厳しい教訓を与えてくれるのだ。

ジョセフ・E・スティグリッツ
(Joseph E. Stiglitz)
2001年ノーベル経済学賞受賞。1943年米国インディアナ州生まれ。イェール大学教授、スタンフォード大学教授、クリントン元大統領の経済諮問委員会委員長、世界銀行上級副総裁兼チーフエコノミスト等を歴任。現在はコロンビア大学教授。

 もちろん、死者や行方不明者が2万5000人を超える地震の悲劇と、そのような重大な人的被害をもたらしたわけではない金融危機は、ある意味では比較にならない。だが、福島原発のメルトダウン(炉心溶融)に話を絞ると、二つの出来事には共通の主題がある。

 原子力産業でも金融産業でも、専門家たちは、新しいテクノロジーのおかげで大惨事のリスクはほぼゼロになっていると保証していた。事の成り行きは彼らが間違っていたことを実証した。リスクがあっただけでなく、それがもたらした影響があまりにも大きかったため、業界のリーダーたちが宣伝していたシステムの利点なるものは、なにもかもあっさり消し去られたのだ。

 グレートリセッションの前、アメリカの経済の大家たちは、米連邦準備制度理事会(FRB)のトップから金融界の大物に至るまで、われわれはリスクを制御できるようになったとうそぶいていた。デリバティブやクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)などの「革新的な」金融商品のおかげで、リスクを経済全体に分散させられるようになったと主張していた。だが、今では、彼らが社会の他の人びとだけではなく、自分自身をも欺いていたことが明らかになってきた。

 これらの金融の魔術師たちはリスクの複雑さを理解していなかった。「ファットテール分布」──途方もなく大きな影響をもたらすまれな出来事を言い表す統計用語で、「ブラックスワン」と呼ばれることもある──がもたらす危険を理解していなかったのは言うまでもない。100年に1度しか起きない──時には宇宙の一生に1度しか起きない──とまでいわれていた出来事が、10年に1度起きてしまったようだった。おまけに、こうした出来事の頻度がひどく過小評価されていただけでなく、それらが引き起こす天文学的な被害──原子力産業を悩ませ続けているメルトダウンのような事態──も、ひどく過小評価されていたのである。