各プロスポーツは延期や無観客を決め、要請に応じた。これがどれほどの損失を伴うものか、首相は把握した上で要請したのだろうか。あるいは、要請の前に当事者たちと事務レベルでも協議や情報交換をしたのだろうか。スポーツだけでなく、ライブやコンサート中止の損害も膨大だ。あるアーティストのライブ中止の損失が「数百億円」と報じたメディアもある。

 Jリーグの上部団体である日本サッカー協会のように、予算規模が莫大で、財政的に余力のある組織は、今回の延期によって各クラブが被った損失を補填する方法も模索するかもしれない。

 だが、Bリーグのようにまだ発足まもない組織は、各チームもリーグ自体も、経営基盤を懸命に築いている段階だ。延期が続き、試合数が減れば、経営破綻にもつながりかねない。それほど深刻な危機をもたらす事態。もしスポーツが社会的に大切な活動ならば、これを国や社会が支援する仕組みがあってもいいだろう。

 政治の仕事は、「中止や延期を要請すること」でなく、中止や延期を決めた後も円滑に経営できるための補助や対策を準備することではないかと考える。要請するだけなら、誰にだってできる。要請する以上、その対策を併せて準備するのが責任ある立場の当然の配慮ではないか。

 2週間で収束に向かわせる目途や対策があって「1、2週間」という期限を口にすべきだし、「自粛を要請」するならその対策も準備すべきだ。これは、私個人の考えではなく、「スポーツの常識」に照らしての見解だと理解していただきたい。

スポーツ、イベント自粛を求めながら
東京五輪は「強行」したい政治家たち

 政府はさまざまなスポーツ、文化イベントが自粛を要請するなか、東京オリンピックの開催については「静観」を続けている。

 政治家や財界人は、とくに1984年にオリンピックが商業主義に舵を切ったといわれて以来、スポーツを利用し続けてきた。相互の発展に貢献しているならいいが、政財界はスポーツの本質をどこまで理解し、真に大切なスポーツの本質を深めながら利用してきたか。私はこれに対して、ずっと疑問を感じ続けてきた。こうした非常時に、それぞれの本音や哲学、実際の心根が透けて見えるものだから、ひとつ投げかけておきたい。