製薬会社の本社が集結し、薬の町として知られる大阪・道修町。製薬は大阪を代表する伝統産業の一つだが、コロナ治療薬の迷走など、地元からは地盤沈下を憂える声が上がる。20回超にわたり公開予定の特集『「大阪」沈む経済 試練の財界』の#16では、「脱大阪」が進む大阪の製薬業界の課題を探った。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)
塩野義コロナ飲み薬「怖くて使えない」
緊急承認は見送られ継続審議に
「はっきり言って失望した。継続審議でチャンスが残されたのはお情けだ」
大阪市のある製薬業界の関係者がこう嘆息するのは、塩野義製薬の新型コロナウイルスの経口治療薬「ゾコーバ(エンシトレルビル)」だ。
7月20日、ゾコーバの「緊急承認」の可否を審議した厚生労働省の薬事・食品衛生審議会と医薬品第二部会の合同会議。通常、医薬品の審議は非公開で行われるが、社会的な関心が高く、議論の透明性と制度の信頼性を高めるため、この日は異例のYouTubeでの配信も行われた。
承認された場合、政府が速やかに100万人分購入する基本合意を塩野義は締結している。しかし、初の国産コロナ飲み薬の承認と塩野義の命運が懸かった会議の結論は無情なものだった。
ゾコーバが継続審議になった理由は、治験で有効性を示せなかったことに尽きる。ゾコーバを投与した患者とプラセボを投与した患者の間で、症状の改善効果に差がなかったのだ。
医薬品の承認審査を担う医薬品医療機器総合機構(PMDA)の藤原康弘理事長は、「私はもともと呼吸器の専門医。プラセボと本薬の比較を普通にばっと見ると差がないように見える。それが機構としての普通の感覚で見た判断」と会議で治験の結果を一刀両断した。
一方で、ゾコーバには催奇形性リスクなどの安全面の課題があり、日本医師会常任理事の神村裕子氏は、「私は女性の医師なので、女性の患者さんがたくさんいる。妊娠の可能性のある方には禁忌という場合、とても怖くて使えない。私が臨床の外来でとても使いたくないなと、申し訳ないが素直に感じた」と赤裸々に述べた。
症状は改善できず、安全性でリスクがある。ゾコーバの緊急承認見送りは妥当な判断だろう。それに加え、会議では塩野義に対して痛烈な駄目出しが展開された。
次ぺージでは、ゾコーバの審議の場で委員から批判を浴びた塩野義の体質や、脱大阪が進む製薬業界の地盤沈下をひもとく。「大阪ワクチン」開発で期待を集めたアンジェスについては、治験や資金調達を巡る政府や大阪府を巻き込んだゴタゴタを明らかにするほか、大阪・関西万博に絡んで華々しい「大役」を担う創業者に対する批判も紹介する。