「労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)」の全面施行*から約1年――コロナ禍でリアル対面のコミュニケーション機会が減ったこともあり、部下の指導に腐心する上司・管理職が多くなっている。指導のひとつの手段としては「叱責」もあるが、ビジネス心理学を専門とする水口政人教授(龍谷大学・文学部)は、パワーハラスメントのない職場づくりと良好な人間関係のために、安易な叱責は不要と説く。「HRオンライン」が、龍谷大学(京都市)のキャンパスで水口先生に話を聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部)
* 2020年6月1日施行の「労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)」が、これまでの大企業に加え、2022年4月1日から中小企業も義務化されることになった。
ビジネスの現場に必要となる心理学的アプローチ
水口先生(龍谷大学*1 文学部・臨床心理学科教授)*2 の専門分野は、心理学の知見をビジネスの現場で活用する「ビジネス心理学」――その研究活動の原点は、大学卒業後に就職した商社での海外駐在だったという。
*1 龍谷大学(学長:入澤崇、所在地:京都市伏見区)
*2 水口政人教授は2023年4月に新設される龍谷大学心理学部教授に就任予定
水口 メキシコに赴任して、現地のオフィスでメキシコの方たちをマネジメントする立場にありました。日本人は、代表取締役だった私一人。外国人を雇用する知識もノウハウも持っていない状態だったので、いま思えば恥ずかしい指導がたくさんあって……メキシコの方たちに仕事のモチベーションを高めてもらう方法を知ろうと、日本から専門書を取り寄せて勉強し、試行錯誤を重ねました。そうした経験のなかで、人材マネジメントが生産性に直結することに改めて気づき、人材教育や育成を仕事にしたいと思いはじめました。
帰国後、ビジネススクールで「組織行動論」に出合い、MBAとコーチング資格を得て、コンサル会社に転職。企業経営層へのコンサルティングはやりがいのある仕事でしたが、コーチングスキルは心理学の手法をベースにしたものが多いこともあり、その根っこの部分となる心理学をきちんと学びたいと思いました。当時の私の年齢は30代半ば――まだキャリアの転換ができると考え、会社を辞めて、大学院で臨床心理学を学んだのです。
水口先生は大学院での学業を修め、臨床心理士・公認心理師となった。臨床心理士といえば、医療・保健分野を職域とするイメージが強いが、水口先生は労働・産業分野である“ビジネスの現場”をホームグラウンドにした。
水口 臨床心理士などの資格を持つ方は、医療や保健、教育領域などで働くケースが多いですが、もともと、私は企業勤めをしていたので、ビジネスの場に心理学を還元したいと思いました。心理学には、人材マネジメントに応用できるものがたくさんあるので、独立開業して、ビジネスパーソン向けの研修やセミナー、コーチングの仕事を行いました。根底にあるのは、メキシコで私自身が部下の指導に苦労した経験です。ですから、ことさら、部下指導に悩む上司や管理職の育成力向上のために心理学を生かしたいという思いがあります。
昨年2022年の春に、龍谷大学は、「企業の上司・部下1,000人を対象に世代間ギャップについてのアンケート*3 」を実施した。その調査結果の考察を水口先生が行い、心理学的な視点から、職場におけるパワーハラスメント(以下、パワハラ)の防止を提言している。
*3 龍谷大学 全国の上司・部下1,000人に聞く「世代間ギャップ」調査
水口 私は、商社のなかでも特に上意下達の傾向が強い業界にいました。上司が部下を怒鳴ったり、叱ったりすることも日常茶飯事――心理学的な見地に立てば、怒鳴ったり、強く叱ったりするのは部下指導においては原始的・短絡的な方法であり、それによって人が育つことはほとんど期待できません。まずは、管理職や上司が心理学的なアプローチで、部下のモチベーションを上げる方法を知ることが必要だと思います。
水口政人 Masato MINAKUCHI
龍谷大学文学部臨床心理学科教授
2023年4月から、新設の心理学部教授に就任予定
公認心理師、臨床心理士。大学卒業後、商社でメキシコ駐在を経験し、帰国後、MBA課程で組織行動論を学びながらプロコーチ資格を取得。コンサルティング会社を経て、独立。コーチング、カウンセリング、ビジネスパーソン向けのセミナー講師として活躍。2022年4月、龍谷大学文学部臨床心理学科教授就任。2023年4月、龍谷大学心理学部教授に就任予定。