ピーター・F・ドラッカーの本を1冊挙げてみよ、と言われたなら、多くの人がこの本を挙げるのではないか。『マネジメント──課題、責任、実践』。これは、マネジメントの父とも呼ばれているドラッカーが、マネジメントの大系を集大成した大著だ。この本から最も重要な部分を抜粋したのが、『マネジメント【エッセンシャル版】――基本と原則』。マネジメントの本格的な入門書として広く読まれてきた。ドラッカーが最も伝えたかったマネジメントのポイントとは? そして日本の読者に伝えたかったこととは?(文/上阪徹)

ピーター・F・ドラッカー

「スタッフの仕事」を長期でやってはならない

 1973年、ドラッカーはマネジメントについて記した大著『マネジメント──課題、責任、実践』を世に送り出した(日本語版1974年)。日本では1975年に『抄訳 マネジメント』が刊行され、ベストセラーになる。

 以後、四半世紀が経ち、マネジメントをめぐる状況の変化を踏まえ、2001年に刊行されたのが、『マネジメント【エッセンシャル版】──基本と原則』である。すでに120万部を超える大ベストセラーになっている1冊だ。

 Part1では「マネジメントの使命」としてマネジメントの本質が、Part2では「マネジメントの方法」としてマネジメントのスキルが語られ、Part3の「マネジメント戦略」では、トップマネジメントやマネジメントの戦略が展開されていく。

 全体を通してやはり印象深いのは、ドラッカー節ともいうべき、インパクトの強いフレーズ、内容の数々である。例えば、「組織の基本単位」というテーマでは、こんな話が出てくる。

 スタッフ活動を長期の仕事にしてはならない。成長の過程において一時的に就くべき仕事である。長期にわたってこの仕事をさせるならば、得られるものは堕落である。仕事に精を出すことを軽く見るようになる。正しさよりも頭のよさを大事にするようになる。自らも欲求不満に陥る。自らの成果というものを手にできないからである。人の手を通して間接的に成果をあげるにすぎないからである。(P.188)

 しかし、スタッフ活動の経験は、権限なしに効果をあげる能力を身につける上で優れた訓練となり経験となる、とドラッカーは説く。それは、トップになる者にとっては、必ず持つべき経験だ、と。だが、一定の期間を超えてはならないのだ。

「問題ある組織」を見抜く7つのポイント

 そしてもう一つ、印象深いのは、安易な答えを求めようとすることへの警鐘だ。だが、これこそ、まさに本質だろう。そんなに簡単に物事が運ぶはずがない。その認識が、マネジメントに携わる人間には必要だということだ。

 例えば、同じく「組織の基本単位」では、こんな話が出てくる。

 完璧な組織構造などありえない。せいぜいできることは、問題を起こさない組織をつくることである。組織の基本単位を設計し、それを組み立てる際に見られる誤りとしてどのようなものがあるか。組織に重大な欠陥があるとき、もっとも多く現われる症状としてどのようなものがあるか。(P.193)

 問題をこそ認識せよというのだ。それは、次の7つだとずばり書く。

①マネジメント階層が増加する
②組織構造に関わる問題が頻繁に発生する
③リーダーの注意が重要でない問題や的外れの問題に向いてしまう
④大勢の人間を集める会議を頻繁に開かざるをえなくなる
⑤人の感情や好き嫌いに気を使うようになる
⑥調整役や補佐役など実際の仕事をしない人たちを必要とするようになる
⑦組織中が組織構造を気にする。常にどこかで組織改革を行っている

 さらに、ドラッカーはこうも書く。

 組織病は自己暗示的に鬱病の形で発病する。組織改革を手軽に行ってはならない。これは、いわば手術である。たとえ小さなものであっても、手術には危険が伴う。安易な組織改革は退けなければならない。もともと完全無欠の組織はない。ある程度の摩擦、不調和、混乱は覚悟しておかなければならない。(P.197)

 私はライターとして、これまで数千人の成功者や経営者に取材をしてきた。彼らが語った共通項の一つが、完璧を求めないこと、だった。もっといえば、間違いは常にあるもの、という前提である。ドラッカーも、同じことを言っている。

何かがうまくいかなくなると、すべてがうまくいかなくなる

 後半に入ると一気に実践的になっていく本書は、組織構造や規模のマネジメント、多角化のマネジメント、グローバル化のマネジメント、成長のマネジメント、そしてイノベーションと展開されていく。

 中でも、ドラッカーが経営トップについてどう考えているか、トップマネジメントについての記述は興味深い。

 問題は、トップマネジメントとは何かではない。「組織の成功と存続に致命的に重要な意味を持ち、かつトップマネジメントだけが行いうる仕事は何か」である。(P.225)
 トップマネジメントに課される役割は、各種の能力、さらには各種の性格を必要とする。少なくとも四種類の性格が必要である。「考える人」「行動する人」「人間的な人」「表に立つ人」である。これら四つの性格を合わせ持つ者はほとんどいない。(P.225)
 トップマネジメントとは、一人ではなくチームによる仕事である。トップマネジメントの役割が要求するさまざまな体質を一人で合わせ持つことは不可能である。しかも、一人ではこなしきれない量の仕事がある。健全な企業では、組織図における肩書きの如何にかかわらず、トップマネジメントの役割はほとんど常にチームで遂行している。(P.226)

 ドラッカーは当時の最大最強の自動車メーカーGMでの調査に始まり、50年代、60年代の大きな時代の転換期に多くの企業や組織と関わった。そして数年かけて、マネジメントの課題と責任と実践に関わる基本と原則を総合的に明らかにした。それが、本書なのだ。

 マネジメントに携わる人には、何が必要なのか。どんな意識の変革が求められるのか。それが、冷徹な目線で語られていくのだ。最後にこの一節をご紹介しておきたい。

 技術系の人は、「うまくいかなくなりそうなものは、いずれうまくいかなくなる」というマーフィの法則を口にする。だが事態が複雑な場合には、さらに第二の法則、ドラッカーの法則と呼ぶべきものが働く。すなわち、「何かがうまくいかなくなると、すべてがうまくいかなくなる。しかも同時に」(P.245)

 マネジメントをただ解説した本ではない。マネジメントのスキルがただ書かれた本ではない。一言でいえば、ビジネスパーソンは何を知っていなければいけないのかを、教えてくれる1冊、といえるかもしれない。

 そして、目を通すたびに、気になる箇所は変化していくことだろう。

(本記事は『マネジメント【エッセンシャル版】――基本と原則』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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第1回 【ドラッカーが説く】変われない日本の「閉塞感の正体」とは
第2回 【会社は必要?】ドラッカーが語った「組織」の本当の役割
第3回 【あなたの上司は?】ドラッカーが教える「真のマネジャー」を見分ける基準