近年、多くの企業・団体で注目度を高めているのが「人的資本」への取り組みだ。人的資本経営の施策が急速に進むなか、人事担当者をはじめとしたバックヤード部門のとまどいの声もあるが、その流れは止められそうにない。各企業・団体は、「人的資本」を戦略的に考えて、積極的に対応する必要があるだろう。さまざまな企業・団体の人事部門と関わりがあり、「人的資本経営」の本質を伝え続ける伊藤裕之さん(WHI総研シニアマネージャー)に、昨年2022年10月のインタビュー(*1)に続き、いま、経営層や人事部門に求められる「人的資本開示」との向き合い方を訊いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)
*1 「HRオンライン」伊藤裕之さんインタビュー 急速に進む「人的資本経営」の流れは人事部門にとって大きなチャンス
急速に進み始めている「人的資本開示」の動き
2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート」あたりから「人的資本」についての議論が盛んになってきた。その流れがさらに加速し始めている。昨年2022年8月に内閣官房から「人的資本可視化指針」がガイドラインとして公表され、同年11月には金融庁が有価証券報告書において「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」を記載することを今年(2023年)4月から義務化する方針を打ち出した。
こうした動きを、企業側はどのように受け止めているのだろうか。
伊藤 「人的資本」については、内閣官房のガイドラインが出たあたりまでは、一部の先進的な企業が試行錯誤しながら取り組んでいた印象です。しかし、有価証券報告書への記載の義務化は上場企業にとって「待ったなし」のものであり、また、具体的なルールも明示されたことで各社とも対応に向けた動きをいっせいに始めているところです。
私の周りでも、開示が義務化されたデータの算出を始めているところが多いです。ただ、いままで集めていなかったものがあったり、確認してみると数値が想定していたよりも悪かったりして、どのように公表するかを悩んでいる声も聞きます。
こうした動きは、「統合報告書」にも波及してくるでしょう。企業統治や社会的責任(CSR)、知的財産などの非財務情報をまとめた「統合報告書」を公表する企業は年々増えており、いまや上場企業の半数を超えます。ただ、人的資本については従業員数と男女比率くらいの記載が一般的でした。それが、この1~2年、内閣官房のガイドラインでも取り上げられている社員教育に対する投資額や時間数などの記載が当たり前になってきています。今年度(2023年度)はさらに一歩踏み込んだものになると見ています。
2022年度決算(2023年3月末)における有価証券報告書、あるいは2023年度の「統合報告書」において、どのようなかたちで人的資本に関する情報が出てくるのかを見れば「これくらい(の公表)が標準」といったラインが自ずとできてくるでしょう。これから取り組もうという会社にとってもゼロから自社で考えるよりも、先行している会社や同業種同業界で先行している会社をベンチマークし、追いつこうとするはずです。
そもそも、「人的資本開示」といっても堅苦しいものではなく、社員育成の方針や社内の雰囲気などを分かりやすく伝えようという姿勢が大切だと思います。
伊藤裕之 Hiroyuki Ito
株式会社Works Human Intelligence/WHI総研 シニアマネージャー
約20年にわたり、日本の大手法人の人事システム導入および保守を担当。約100社の人事業務設計・運用コンサルティングに従事。WHI総研のシニアマネージャーとしては、自身の経験およびWHIの顧客約1200法人グループから得られる事例・ノウハウを分析し、人事制度や人事トレンドの情報収集・研究分析・提言を行っている。また、直近では、企業の人的資本開示に必要な人事データの収集・活用を支援するコンサルティング業務にも携わっている。