Z世代(1997〜2012年生まれ)が今後いよいよ社会の中心となり、アメリカを動かしていく。来年の大統領選挙にも大きな影響を及ぼすことになる。彼らはどのような思考で、いかに行動するのか。その言動の背景にあるアメリカの現状はどうなっていて、未来はどう変わるのか。そうした問いに答えを提示する『Z世代のアメリカ』(NHK出版新書)の著者、三牧聖子氏をロングインタビューした。前編と後編の2回に分けてお送りする。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪亮)
アメリカ大統領選は波乱の様相
カリスマ的人物が出馬表明
――本書は、「はじめに」で書かれているように、「Z世代に生まれつつある新しい認識や動きに着目しながら、未来のアメリカ、未来の平和を展望しようとする」内容になっています。そして、目次の章題にある通り、幅広い課題をカバーされています。アメリカの課題を俯瞰すると、どうなるのでしょうか。
本書は「世代がすべてを決定する」という本では、もちろんありません。アメリカのZ世代は非常に多様です。他方、この世代が生きてきたこの20年間ほどのアメリカは、さまざまな意味で転換点にあり、この世代の共通経験といえるものがあると考えています。
まず対外面では2001年の9・11同時多発テロ、これへの対応としてブッシュ政権が始めたアフガニスタン爆撃、そこから始まった長い「テロとの戦い」をあげなければならないでしょう。20年間で880兆円もの多額の税金が「テロとの戦い」に注ぎ込まれ、世界で数十万の人がさまざまな形で戦いに巻き込まれて命を落としましたが、誰もこの犠牲や浪費に責任をとっていません。
対外的な軍事介入に多額の税金が注ぎ込まれる一方で、国内には矛盾が山積されてきました。2008年のリーマンショック以降の不景気のあおりで、若者たちは多額の教育ローンを抱えて大学をなんとか卒業しても、よい職に就ける保障はありません。Z世代やその上のミレニアル世代は、右肩上がりの成長を続けてきたアメリカにあって初めて、「親よりも豊かになれない最初の世代」とも言われています。
また、アメリカは先進国ではほとんど唯一、国民皆保険が整っていない国です。大きな病気や怪我をしても満足な治療を受けられないか、高額医療費で自己破産してしまう。銃乱射事件もここ数年、増えている。世界に対して強さや豊かさを誇っている国の内実で、こんなにも命や人権が軽んじられている。アメリカの政治は根本からおかしい、Z世代は自国の政治に対し、懐疑を強めています。
Z世代は、銃規制運動にも強くコミットしてきました。しかし、こうした運動を「リベラル」「理想主義」と括ることに、私はためらいがあります。彼らにとって銃の暴力とはとてもリアルな、自分事です。Z世代は、命が軽んじられない真っ当な生活を求めて社会運動をして、ラディカルな政治の変化を求めざるを得ないのです。
さらに気候変動。上の世代は、気候変動によって地球環境に致命的な変化が起きる前に寿命を迎えるかもしれない。しかし、Z世代には気候変動で滅亡するかもしれないという危機感があるのです。
――そうしたZ世代の価値観や運動は、政治的にはどのような動きとなっていくのでしょうか。2024年に迫った大統領選でも大きな影響を持ちそうですか?
今後、Z世代はいよいよ投票集団として無視できない重要性を帯びていきます。既に全人口の2割を占めており、ミレニアル世代と合わせると、2024年の選挙では、それより上の世代の合計と拮抗します。2028年には、完全に彼らが最大の投票集団となります。では、彼らはどういう政治を求めていくのか。いくつかの可能性があります。
来年のアメリカ大統領選挙について、前回と同じジョー・バイデンvsドナルド・トランプの対決になる可能性はいよいよ高まってきました。大接戦になるのはまず間違いないとみられていますが、一つ、トランプを有利にするといわれているのが第三政党の動きです。
「緑の党」からコーネル・ウェストが立候補を表明しています。ハーバード大学等で教えてきた急進左派の神学者・哲学者で、人種差別や貧困などの社会問題についても活発に発言し、若者にカリスマ的人気を誇る人物です。彼は、共和党やトランプも激烈に批判してきましたが、民主党に対してもバイデンに代表される中道路線ではダメだと主張してきました。
ウェストの出馬により、消極的にバイデンを支持するようなZ世代やその上のミレニアル世代の相当数の票がウェストに流れるともいわれています。
前回の大統領選の民主党候補者争いでは、バーニー・サンダースが、国民皆保険制や学生ローンの帳消しなどを掲げて、民主党の中道路線に不満や失望を抱いていた若者層から絶大の支持を得ました。最終的に敗北したサンダースが、バイデン支持を強く打ち出したことにより、サンダース支持の若者たちの相当数が、バイデンに投票した。しかし、ウェストはバイデンに対しても非常に批判的で、民主党支持者に票を分裂させることになったとしても立候補を強行する姿勢を貫いています。
こうしたウェストの態度は、若者たちに訴えかけるものがあります。Z世代はトランプとの比較ではバイデンを圧倒的に支持しています。前回の大統領選挙での敗北を認めず、議会襲撃を扇動したとも目されるトランプが共和党の最有力候補というのは、若者層には信じがたいことです。ハーバード大学が行っている若者を対象とした世論調査によると、18〜29歳の若年層で「アメリカが健全な民主主義国家であると信じる」と回答した人はわずか4%でした。
しかし、同時に若者たちはアメリカの政治社会には多くの問題があるという危機感を持っていて、ラディカルな変革を民主党に期待しているのに、バイデン政権はそれに応えられそうにないという懸念も強めています。
4月下旬、バイデンが2024年大統領選挙に立候補すると正式に表明すると、政治の変革を求める4つの若者団体(Sunrise Movement、March for Our Lives、Gen Z for Change、United We Dream Action)が連名の書簡を発表しました。書簡は、「暴風雨が地域社会を壊滅させるのを目の当たりにし、学校では銃乱射事件が起こることに備えた訓練をしなければならず、感染症の世界的な大流行も経験した、危機の時代に育った世代」として、バイデンに気候変動対策や銃規制、移民の権利保護等についてさらに大胆な政策を強く求めるものでした。
こうしたバイデンへの高い要求は、それがなかなか満たされなければ、幻滅へと転化しうる。特にバイデンの環境対策に不満を持つ若者は多いのです。
第三の候補に票が流れることがトランプを利するとしても、妥協しない若者も多いでしょう。なぜなら、妥協を重ねてきたことで、アメリカが酷い状況に陥っていることを、彼らは身にしみてわかっているからです。
アメリカの選挙では「勝てる見込みがある(electability)」という言葉がよく使われます。最近では特にサンダースに向けられてきた言葉で、次のような含意があります。
サンダースが掲げる政策や理念、労働者や弱者を見捨てない政治観には賛同するが、本選で勝つにはコアな支持層だけではなく、無党派層も取り込む必要がある。無党派層は、サンダースの主張はラディカルすぎると忌避する可能性が高い。クリントンやバイデンのような中道の重鎮たちは、サンダースに比べると面白味もなく、期待感もないが、しかし「勝てる見込み」がよりあるのは彼らだ、という含意です。
しかし、若者たちは、「選挙で勝てるのは中道派」といった論理を駆使して、数十年もの間、大きく変わらないことを選んできた民主党の政治にも幻滅している。こうした若者の姿勢を、「理想主義」といった言葉で一蹴することは適切ではないでしょう。
今日の若者は、社会保障もボロボロで、格差が肥大化し、貧困層の生存権が保障されていない「現実」をつぶさに見据えて、このまま何もしないでいては自分たちの未来はないという切迫感に基づいて行動しているのです。
2024年大統領選に勝利するためには、バイデンは、ともすればウェストに流れるような、ラディカルな変革を希求する若者層もつなぎとめながら、選挙戦を戦っていく必要があります。