パレスチナのガザ地区に拠点を置く武装組織ハマスとイスラエルの軍事衝突。イスラエル軍の地上作戦が間近に迫っているが、地上作戦で何が起きるのか。元モサド幹部が証言する、イスラエルを瞬時に劇的に窮地に陥れる“危険な組織”の動向とは。元外交官で作家の佐藤優氏が分析した。(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優、構成/ダイヤモンド編集部 浜根英子)
地上作戦が間近に迫る
情勢は急速に悪化
パレスチナのガザ地区に拠点を置くイスラム教スンナ派系武装組織ハマスが、10月7日にイスラエルを奇襲。イスラエルはガザ地区に激しい空爆を行うとともに予備役30万人を動員し、地上作戦が間近に迫っており、予断を許さない状況です。
筆者は10月8日と16日にFaceTimeで、親友であるイスラエルの元モサド(諜報特務局)幹部と話したところ、情勢は急速に悪化しているとのこと。「テルアビブ市内の病院も救急治療が必要となる患者、抗がん剤や透析など継続的治療をしないと命に影響がある患者しか受け付けていない」、つまり医師、看護師などが多数、動員されているという切迫した状況です。
イスラエルにとって、ハマスの攻撃を許したのは1973年の第四次中東戦争以降で最大の失態でしょう。第四次中東戦争の発端は、ヨム・キプール(贖罪日)というユダヤ教で最も神聖な祭日に、エジプト軍とシリア軍がイスラエルを奇襲したことです。このときはアラブ連合軍が奇襲攻撃を行うという情報をモサド(諜報特務局)だけが入手し、辛くも勝利することができました。
しかし、今回はモサド、シンベト(治安・テロ対策機関)、アマン(軍諜報機関)のいずれもが、ハマスによる大規模攻撃に関する情報を入手できませんでした。24時間ドローンを飛ばして情報収集を行い、通信傍受などのシギントだけなくハマス内部に協力者を養成するヒュミント活動も行っていたはずです。それにもかかわらず、情報が一つも取れなかった。これはインテリジェンス(情報収集・分析活動)機関の大敗北です。
「ハマスの完全殲滅」が
もたらす深刻な事態
インテリジェンス機関だけでなく、イスラエル国防軍も劣化しています。世界最強といわれるイスラエルの迎撃システム「アイアンドーム」は、ハマスによって破られることは絶対ないと過信していた。しかし、防空システムの能力を把握され、それを超える数のミサイルを発射されれば、どの防空システムでも無力になります。ハマスの侵入に対して、初動で制圧できなかったことは、機動態勢の劣化を示しています。
インテリジェンス機関と軍が劣化した要因の一つにはネタニヤフ政権による司法制度改革があります。これまでイスラエルの最高裁判所には、政府の決定に対して不合理であると判断した際に決定を取り消す権限がありましたが、7月に議会が可決した法律はこの権限を無効にするものでした。国論が激しく分断され、多くの市民が反発し、1万人以上の予備役が兵役拒否に署名するという前代未聞の事態にまで発展。ネタニヤフ政権のもとで士気が下がり、本来の仕事ができていなかったのでしょう。
現時点においてイスラエルが取る方針は一つであり、それはハマスの完全殲滅(せんめつ)です。しかし、それは極めて深刻な事態を招くことになります。