「日本人はもっと怒っていい」イタリア人精神科医が危惧する息苦しさの正体写真はイメージです。 Photo:PIXTA

イタリアから来日し、精神科医として診療にあたっているパントー・フランチェスコ医師は、日本には他者を不愉快にさせることを過剰に恐れる「迷惑ノイローゼ」という囚われがあり、それが生きづらさに影響を与えていると言う。パントー医師の目に日本社会はどのように映るのか、私たちがメンタルを守るために意識していくべきこととはどんなことかを聞いた。(聞き手/フリーライター 柳本操) 

イタリアと日本で違う
人との距離感

――パントー先生が来日して日本の医師免許を取得、精神科医となった背景には、周囲とは趣味が合わず浮いてしまうことに悩んでいた小学生のときに『美少女戦士セーラームーン』に出合い、アニメ、漫画、ゲームなどの日本の作品にはまって「日本文化に囲まれて暮らしたい」と思うようになったことがあるそうですね。独学で日本語能力試験に合格し、日本に留学されたとき、不思議に思ったり、驚いたりしたことはありましたか?

 日本で暮らすようになって今年で9年目になりますが、来日してイタリアとの大きな違いを感じたのは、人と人との関係性の作り方、コミュニケーションについてでした。

 今でも生々しく覚えているのは、筑波大学に留学して最初の授業に参加したとき、みんなが互いに目線を合わせないことでした。先生が話している時、誰かが発表をする時も、目を合わせず資料しか見ていない。これは僕が育った社会では考えられないことでした。しかし、目を合わせないことは「相手にプレッシャーを与えない」というポジティブな面もあると感じました。実際、僕がイタリアで先生とやりとりするときには常に先生からじっと見られていたので、緊張し、病的なほど不安感が強くなったこともありましたから(笑)。

――人付き合いの面ではどうでしたか。

 相手の真意が分からず、傷ついたこともありました。大切に思っていた日本人の友人と喧嘩をしたとき、「しばらくフラン(パントー先生)とは話したくない。他の人がいる時は建前上、会話はするが、楽しそうにしててもそれは俺の本心じゃないから」と言われた時は「なぜ対話をして根本的な解決策を見つけないのか、建前を保持するためにどうして演技をする必要があるの?」と虚しくなりました。

 また、別の友人と声優さんのイベントについて話して「一緒に行こう」と盛り上がったのに、後日、待ちあわせの相談をしたら、友人は建前で「行こう」と言っていただけで本心では行きたくなかった、と分かったことも。

 他にも、大学の先輩が街中で彼女と歩いていて、僕が手を振ったら無視され、別の友人から「それぞれの関係性の中には超えてはいけない距離感があるんだよ」と説明を受けたこともありました。

 こういった経験を通じて感じた違和感を、日本人の患者さんを相手とする診察の際はもちろん、「日本人の行動や考え方」について研究するモチベーションにしてきました。