マキチエ
代表取締役社長
平松知義氏
補聴器を、「より良い聞こえ」をサポートしてくれるだけの機器にしておいてはいけない――。1945年創業の老舗補聴器メーカーのマキチエは、従来の補聴器の概念を大きく超える「シン・補聴器」の開発を目指している。それはどういうことなのか。平松知義代表取締役社長に聞いた。
「よーし、耳の力を千倍にしてやろう」――。SF漫画の金字塔『鉄腕アトム』の主人公である少年ロボットのアトムが耳に手を添えると、聴力は1000倍にアップし、はるかかなたで助けを求める人々の声も悪党たちのひそひそ話も、詳細に聞き取れるようになる。さらに、電子頭脳と連動させることで、世界中の言語を翻訳できるばかりか、解析能力を駆使して宇宙人とも会話できてしまう……。
SFをしのぐ勢いで進化「シン・補聴器」の開発
まさに今、補聴器が、こうした「空想の世界」をしのぐ勢いで進化を遂げようとしていることをご存じだろうか。
「われわれは、補聴器の概念を超える“シン・補聴器”の開発にチャレンジしています。これまで補聴器はニッチな市場でしたが、ウエアラブルデバイス市場が大幅に拡大し、IT企業や音響機器メーカーなどの新規参入も増えています。もはや、単純に『より良い聞こえ』を届けるだけでは、市場の覇者にはなれません」
平松知義社長は、老舗のマキチエがベンチャー企業のごとく、革新的商品の開発にチャレンジする理由をそう語る。
同社が目指すシン・補聴器とは、どんなものなのか。小型・軽量化や簡単な「聞こえ」の調整などの使いやすさはもとより、聴力の衰えを高品質に補うのは当たり前。スマートフォンと連動し、同時通訳や翻訳、ナビゲーションや見守り、センサー機能を用いて血圧や体温、脈拍などの変化から健康状態をモニタリングするなど、ウエアラブルデバイスとしても進化し、人間の能力を大きく拡張させてくれる上に、健康や安全管理までしてくれる「生活必需品」のような存在となるであろう(図参照)。
見据えているのは、スマホを完璧に使いこなす層が大部分を占めるであろう2030~35年。高齢者が全人口の3分の1を占めるまでになった日本で、「シン・補聴器は、誰もが使わざるを得ないデバイスになるでしょう」と平松社長は宣言する。
革新的なシン・補聴器の開発を進める一方で、聞こえを補う「医療機器としての本質」を大切にしていることも、マキチエの大きな特徴だ。
同社は一貫して「補聴器はいきなり買わないで」と呼び掛け、病院を通じての販売にこだわってきた。その理由は明確で、一口に難聴と言っても原因は十人十色。メニエール病や聴神経腫瘍のような大きな病気が隠れている場合もあり、補聴器の適応判断は医師でなければできないからだ。
「眼鏡と違い、補聴器はユーザーの聞こえに合わせた調整とトレーニングが必須です。販売したら終わりではないので、お客さまに快適に利用し続けていただくためにも医師による正確な診断と検査が必要なのです」
一般的に、補聴器も、眼鏡と同じように装用すればすぐに難聴が解消するように思われがちだが、そうではない。加齢性難聴は徐々に進行するため、脳は長い時間をかけて衰えていく聞こえに慣れてしまっている。故に、補聴器の装用には、脳をもう一度「聞こえる状態に慣れさせる」トレーニングなどが必要になってくるのだ。