ジャーナリスト・田原総一朗氏と今回、対談を行うのは、東京大学大学院教授の鈴木寛氏だ。鈴木氏はこれまで、通商産業省、大学教員、国会議員、文部科学副大臣などを歴任。その根底には一貫して「教育」への強い思いがある。鈴木氏は著書の中で「一騎打ちが大好きな日本人の好みに合わせて、田原氏は、どんどん一騎打ちの枠組みに追い込んでいく」「イエスかノーかその場で決断せよと迫られる」と、田原氏のテレビ向けの手法の功罪を指摘する一方で、作家としての田原氏のファンであり「丹念な取材に基づき、非常に精緻に丁寧に理性的にまとめてある」「ジャーナリストの鏡」と評している。また、地上波テレビとは別の場所では「熟議をしっかりファシリテーションしている」と述べている。そのような2人の共通点は「対話」と「一次情報」だ。田原氏は主にジャーナリズムにおいて、鈴木氏は主に教育において、「対話」と「一次情報」に重きを置いてきた。「判断」と「決断」の違いは? 大切にすべき「3つの対話」とは何か? そして、新しい時代に向けて教育が育むべきものは? 前編に引き続き、対談の後編をお届けする。(構成・文/ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光)
人生は想定外と板挟みの連続
「大切にし続けたい価値」を持て
田原総一朗(以下、田原) 前回のお話で「すずかんゼミ」の目的はわかりました。ゼミにはどういう人がいるのですか?
鈴木寛(以下、鈴木) 川邊健太郎さん(LINEヤフー代表取締役会長)や出雲充さん(ユーグレナ創業者)、鈴木健さん(スマートニュース代表取締役会長)、駒崎弘樹さん(NPO法人フローレンス 会長)、今村久美さん(NPO法人カタリバ代表理事)、城口洋平さん(ENECHANGE創業者)、上田渉さん(オトバンク創業者)、高島崚輔さん(兵庫県芦屋市市長。全国で歴代最年少の市長)などとも一緒に学んできました。
これまで1000人以上が卒業しています。菊池風磨さん(アイドルグループ「Sexy Zone」のメンバー)のように芸能人もいます。
1934年、滋賀県生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、岩波映画製作所や東京12チャンネル(現・テレビ東京)を経て、1977年からフリー。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」等でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。1998年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ「ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)」受賞。「朝まで生テレビ!」「激論!クロスファイア」の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。近著に『さらば総理』(朝日新聞出版)、『人生は天国か、それとも地獄か』(佐藤優氏との共著、白秋社)など。2023年1月、YouTube「田原総一朗チャンネル」を開設。
田原 ゼミは現在も続いているんですよね。
鈴木 はい。やっています。当初は有志による自主ゼミとして始まりましたが、官僚を辞めて慶應大や東大で教えるようになってからは、インカレ、つまり、複数の大学を横断するゼミとなりました。それは今も変えずに28年、続けています。毎年、だいたい70〜80人が所属しています。
田原 ゼミでは具体的にどういうことをするのですか。
鈴木 自分が何をやりたいか、それによってどういう価値をつくりたいか、それを具体的に行うためにはどうしたらいいのか。
こうしたプロジェクト・デザインを徹底的に行い、実際に実行し、プランニングをブラッシュアップする。これをとにかく繰り返します。
自分がやりたいことであれば、テーマは何でもいいんです。ただし、単に金もうけしたいというのはだめで、どういう価値を大事にする社会をつくりたいのか、これを徹底的に言語化します。
「PCCP」という独自のメソッドがありまして、まずはフィロソフィー(Philosophy/哲学)を固め、そのあとに、コンセプト(Concept)、コンテンツ(Contents)、プログラム(Program)をつくる。このフィロソフィーを固めるところが皆、一番、頭を悩ますところです。ゼミ生や先輩、そして私も、そこの言語化について、皆でたたいて詰めていくわけです。
田原 それほど哲学を大事にしているのはなぜでしょうか。
鈴木 人生というのは、「想定外」と「板挟み」の連続ですよね。それでも決断をしないといけない。
そうしたときに、「大切にし続けたい価値」がないと、ブレにブレます。
例えば、コロナ禍の飲食業では、従業員の命は守らなければいけない。一方で、雇用を守らないと従業員は生活できない。レストランを廃業させるわけにはいかない。どれも大事だけど、その大事なものが両立しない。
経営者にしても、学校の校長先生にしても、総理大臣にしても、常に「想定外」と「板挟み」の連続です。
AIは正確な情報を基に「判断」できるが
未正確な情報の中で「決断」するのは人間
東京大学教授、慶應義塾大学特任教授、社会創発塾塾長。 1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省。1995年夏から、通産省勤務の傍ら、大学生などを集めた私塾「すずかんゼミ」を主宰。省内きってのIT政策通であったが官僚の限界を痛感し、霞が関から大学教員に転身する。慶應義塾大学SFC助教授を経て、2001年、参議院議員初当選。文部科学副大臣を2期務める。2012年、社会創発塾を創立。2014年2月より、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に同時就任(慶應義塾大学教授は2023年春まで、その後、特任教授)。2014年10月より文部科学省参与、2015年2月より2018年10月まで、文部科学大臣補佐官を4期務める。日本でいち早く、アクティブ・ラーニング、探究、STEAMの導入を推進。2020年度から始まった学習指導要領の改訂、40年ぶりの大学入学制度改革に尽力。OECD教育2030ビューローメンバー、Teach for ALLグローバルボードメンバー、スポーツ政策推進機理事、日本サッカー協会参与、日本教育再興連盟代表理事、ストリート・ラグビー・アライアンス代表理事、日本レース・ラフティング協会会長、INOCHI未来フォーラム理事、ラグビー・スクール・ジャパン評議会議長、FC今治高校評議会議長、ウエルビーイングン学会副代表理事、三菱みらい育成財団理事なども務める。
田原 人間の特徴は「迷うこと」なんです。
AI(人工知能)と人間はどこが違うか? ChatGPTによって人間がやることが何もなくなるのではないか? こうした議論がよくされていますが、僕はAIと人間はまったく違うじゃないかと思うんですよ。
AIには迷いがないんですよね。でも人間は迷うんです。情報が少ない中で迷い、決断を下さなければならない。
鈴木 そうなんです。板挟みにあって、迷う。まさにそこなんですよ。人間というのは常に迷い続ける。でも決めなければいけない。
私は「判断」と「決断」という言葉を使い分けていまして、「判断」というのは、情報が全部集まってきて、すでに確立した枠組みや判断軸に基づいて行う。これはAIが得意とします。
でも「決断」というのは、情報が十分に集まっていない中で行わなければいけません。私は、東日本大震災のときに文部科学省で副大臣をしていましたが、情報というのは、未確認やフェイクもたくさんあります。でもその中から「決断」をする。これこそが人間の仕事ですし、トップリーダーの仕事です。
私は今、慶應義塾大学で「公共哲学」という授業を行っています。そこでは、私が作った「すずかん問題」を投げかけます。
例えば、「あなたは病院の院長です。コロナ禍となり、多様な患者が押しかけてきます。次のうち、あなたは誰を優先して治療しますか?」といった問いです。「瀕死の重症の人」「治ったら社会に貢献できそうな人」「家族を養わなければいけない人」「抽選で決める」「先着で決める」などの選択肢を用意し、学生たちがそれを基に議論する。すると、皆、答えが違うんです。
答えが違うと、「自分が間違えているのかな」「あの人が間違えているのかな」と悩み始める。でも、君も正しいし、彼も正しい。君の考えは哲学者でいえばベンサムに近いし、彼の考えはカントに近い。それぞれの考えを持った先哲たちがいるのだから、自分の考えも自分の直観もリスペクトすべきだし、自分と答えの違う人もリスペクトしましょう、と。
田原 なるほど。判断と決断。
鈴木 ChatGPTや、Googleが提供するBard、Windowsが提供するBingといった生成AIに、このすずかん問題を投げかけてみると、すべて違う、しかも、聞くたびに違う答えが返ってくるんです。
田原 おもしろいですね。何で違うのでしょうか。