「すべての科学研究は真実である」と考えるのは、あまりに無邪気だ――。
科学の「再現性の危機」をご存じだろうか。心理学、医学、経済学など幅広いジャンルで、過去の研究の再現に失敗する事例が多数報告されているのだ。
鉄壁の事実を報告したはずの「科学」が、一体なぜミスを犯すのか?
そんな科学の不正・怠慢・バイアス・誇張が生じるしくみを多数の実例とともに解説しているのが、話題の新刊『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』だ。
単なる科学批判ではなく、「科学の原則に沿って軌道修正する」ことを提唱する本書。
イギリスで発刊された本書の中から、今回は、かつて「STAP細胞」で日本中を騒然とさせた小保方晴子氏に関する本書の記述の一部を抜粋・編集して紹介する。
小保方氏は「目を引く証拠を大量に集めていた」
2014年、日本の理化学研究所(理研)の研究チームが、人工多能性幹細胞(iPS細胞)に関連して新たな成果を報告する2つの論文を『ネイチャー』に発表した。
幹細胞と違って、iPS細胞は成熟した大人の細胞から作製できるため、胚由来の細胞を使う必要が少なくなる。
この種類の幹細胞を作製する標準的なプロセスを発見した科学者は2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞しているが、問題は、手間がかかって効率が悪く、数週間を要して多くの無駄が出ることだ。
理研の研究グループは、STAP(刺激惹起性多能性獲得)と呼ばれる別の方法で幹細胞を作製することに成功したと発表した。
成熟した細胞を弱酸性の溶液に浸す(あるいは、物理的な圧力など軽度のストレスを与える)だけで、面倒な手順をかけずに多能性幹細胞に変わるとされた。
研究リーダーの小保方晴子は、顕微鏡写真、グラフ、成熟細胞がリプログラミングされて多能性を獲得したことを示すDNAのブロッティング※画像など、目を引く証拠を大量に集めていた。
世界の研究者が気づき始めた「画像の矛盾」
これは画期的な成果で、小保方は日本で一躍、脚光を浴びた。
彼女個人と風変わりな研究環境(ペットの亀を飼っている、研究室をムーミンのキャラクターで飾る、白衣の代わりに祖母からもらった割烹着を着る)に関する記事が日本中にあふれ、めずらしい女性研究者の輝かしい例として持ち上げられた。
ただし、長くは続かなかった。論文の発表から数日後には、ほかの研究者が画像の矛盾に気がつき始めた。
特にDNAブロッティングの4本の「レーン」は、同じブロッティングのものとされていたが、よく見ると1本だけ背景がほかのものより濃くて、端が不自然にとがっていた。検証の結果、この1本は別のブロッティングの写真から切り貼りして、別のレーンに合うように微妙にサイズを変えていることが判明した。
論文の本文にそのような説明はなく、透明性を重視する科学者の行動とは到底、思えなかった。